2 セルフ将棋

「きょうも始まりました、ドリーム通販! 本日も目玉商品満載でお送りいたします!」


 ――なんだ? またあの夢か? 俺は自動的に拍手する。


「本日のトップバッターは、猫型ロボット漫画のひみつ道具図鑑でおなじみ、『セルフ将棋』です!」


 黒子がステージに台車を運んできた。上にのっかっているのは、将棋盤にコンピュータとマジックハンドのついた、猫型ロボット漫画のひみつ道具図鑑に載っていたのに本編に出てこなくて、小学生のころ大いにがっかりした「セルフ将棋」であった。

「なんとこれ、AIが強さを自動で測定して、ちょうどいい対局相手になってくれるんです!」

 自動的に「すごーい!」と声を上げる。


「こちらがパチリと指しますと、ほら自動でマジックハンドが動きまして、パチリと指してくれます! 強さは初級からトッププロまで調節可能です!」


「すごーい!」


「でもお高いんでしょう?」と、助手の女性が言う。


「いえいえなんと、いまならたったの798ピョン!」


「やすーい!」

 そんな塩梅で、一晩に見る夢としてはけっこう長尺な通販番組の夢を見た。遠くでスマホのアラームを聞きながら、俺は司会者に、セルフ将棋を買わないかと持ち掛けられていた。そして、財布を開くとピョン札がいっぱい入っていたので、よく考えもせずセルフ将棋を買った。


 むくっと起きてスマホのアラームを止める。夏希はだらしない寝顔で寝ている。こいつも男だから朝はヒゲが生えるんだな……。


 とりあえず白飯と味噌汁を用意して、一人ぶんの食器しかないことを思い出して、登山部の合宿で使った紙皿ののこりに白飯と味噌汁を盛って夏希に出した。


「もっと充実したものがたべたーい」


「居候だろ、贅沢言うな。……あっ」


「どうしたの小林製薬」


「また通販の夢を見た。確かセルフ将棋を買ってた」


「セルフ将棋って、ドラえもんの本編に登場しないあれ? いまならスマホアプリとかで強さを調節できるAIいっぱいあるのに」


 その通りなのであった。高度経済成長期の人間の想像ではああいう大げさな機械になるが、令和のいまだとスマホ一台で自分のレベルに合わせた将棋が指せる。


 そもそも俺は将棋に全く興味がない。そんなの買っても邪魔なだけだ。


 スマホが鳴った。ぜんぜん使っていないキャリアメールに、なにかメールが来ている。迷惑メールだろうかと見てみると、

「本日の夕方六時ごろにご注文の商品をお届けします ドリーム通販」

 というメールが来ていた。


「おい夏希、こんなメールが来たぞ」


「え? ……まじで?」

 夏希の口調が男に戻る。夏希は、

「時間が分かってるならこれは好機だ。配達員が来たら追いかけてみよう」

 と、そう提案した。俺は泣く泣くバイト先に休ませてくださいと連絡を入れた。きょうのカロリーが遠ざかっていく。


 というわけで講義が終わって真っ直ぐアパートに帰ってきた。すでに夏希がいて、ぐうたらと横になってポテチをポリポリ食べつつテレビの通販番組を観ている。


「なにが面白くてこんなの観るんだ?」


「だってさあ、こんな信憑性の薄いものをさあ、面白がって買うとかさあ、マジ頭おかしいよね」


 テレビではどんなシミでも間違いなく落とす洋服用の洗剤を紹介している。ヘアカラーのシミまでとれる! と言っているが、実証映像はどうも噓くさい。


 そんなことをしているうちに玄関チャイムが鳴った。時計はびしりと六時を指している。

「きた!」

 と、夏希が体を起こして玄関のドアを開けた。


「田島春臣さんのお宅でよろしいでしょうか?」

 と、見たことのない制服の配達員が言う。

「はいそうです」


「ドリーム通販さまからお届けものです」と、馬鹿でかい段ボール箱が渡される。

 俺がサインを書き、段ボールを室内において、配達員は出ていった。


「いそげ!」

 夏希が可愛い靴でなくクロックスをつっかけて部屋を出る。俺も便所サンダルをひっかけて部屋を出た。配達員はアパートの階段を下りているところだ。追いかける。


 配達員は階段を下りると、道路を歩き出した。どこかに車を止めているのだろうか。追いかけていくも車に乗る気配はない。営業所がすぐ近くにあるかもしれないと思ったが、その割にはけっこう歩いている。


 派手なデザインで目立つ制服なのに、誰も配達員のことを見ていない。配達員は路地でくいっと曲がった。追いかけたら、配達員は行き止まりの小路で、忽然と消えていた。


「……きさらぎ駅だ」

 夏希が震え声で言う。早川書房の百合SFで履修したやつだ。


「いや駅ではないな」


「そりゃそうだけども」


 というわけでアパートに戻る。届いた荷物の送り状を見てみなくてはならない。

 送り状の、送り主の名前や住所、電話番号は、読解不能だった。俺の名前と住所は読めるのだが。夏希に、

「これ何語だ?」と聞いたら、

「うーん、アラビア語ではなさそうだし、タイ語でもないし……ちょっと待って」

 夏希は最新鋭のピカピカのスマホを取り出して、カメラからの翻訳を試してみた。


「ダメだね、文字として認識しない。ホンモノのきさらぎ駅だ」

 文字として認識しない。俺はため息をついた。


 たとえばアニメのポケモンの文字みたいな感じだろうか。あれは文字ではないが文字の代わりに店などに書かれている。そう言うと、

「ボクんちアニポケは禁止だったから。アニメが始まったころに観ていた子供が気絶する事件があったらしくて。あれってポリゴンじゃなくてピカチュウがやらかしたんだよね」

 と、いつ時代の話だ、というようなことを言った。


「夏希、そろそろ帰ったらどうだ?」


「嫌だね。父から謝ってくるまで帰らない。あ、通販で寝具とか食器とかポチっておいたから」


「はぁ?! 誰の金で?!」


「もちろんボクのポケットマネーで。食器と寝具が届く前にセルフ将棋開けてみようよ」


 というわけで、セルフ将棋開封の儀が始まった。でっかい段ボールを開けると、まさに猫型ロボット漫画のひみつ道具図鑑に載っていたやつが出てきた。しかもけっこう邪魔だ。


「じゃあさっそく一番指してみよう。よろしくお願いします」

 夏希が勝手に将棋を始めた。俺はそれを見ることにした。


 夏希はしばらくセルフ将棋と将棋を指して、

「ひたすらと金攻めしてくるだけだ。大昔のAIだね」

 と、難しいことを言った。


「と金?」


「歩とか、金と玉以外の駒が上から三段目に入ると成れるっていって裏返しにできるんだけど、歩が成るとと金っていって金とおなじ動きの駒になるのさ。それをひたすら作るだけ」


 将棋、やっぱりルールがややこしそうだ。


「そうだ、きたメールに返信してみたら? なにかリアクションがあるかもよ」


「でも通販のメールってだいたい返信できないようになってるだろ」


「普通の通販とは明らかに違うから、もしかしたらなにかあるかもしれないじゃん」

 そうかねえ……と思ったがとりあえず試してみる。

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