夢で買ったものが家に届く話

金澤流都

1 金のガネーシャ像

 俺は学校近くのホテルのカフェで、美少女にしか見えない男の同級生と向き合っていた。

 こいつは犬飼夏希といい、名前も女っぽいので同じ大学でも結構な人数が女子だと思っている。しかし俺は去年の登山部の夏合宿で、堂々とブラブラさせながら男湯に入っている夏希を見ているので、変なロマンは抱いていない。


「で、変な夢を見た次の日に、この悪趣味なキンキラキンが送られてきたってわけ?」


 声変わりしきっていないような可愛い声で夏希が言う。俺は手元の、悪趣味の塊としか思えない、小さな金のガネーシャ像を夏希のほうに押しやった。

 もちろん金のガネーシャ像なんて俺の趣味じゃない。ふつうならこんなものは買わないし、だいいちこんな悪趣味なものはインドの大富豪だって買わないだろう。


「ああ……本当に変な夢だったんだよ。テレビ通販のスタジオのサクラになって、『やすーい!』とか『すごーい!』とか叫ぶ夢なんだけど」


「それだけならわりと普通じゃない? あ、言っておくけどボクの専門範囲はタロットで、夢占いはやらないからね」


「占いもちょっと期待したけど、占ってもらえなくてもお前ならこいつの価値が分かるかと思って」


 夏希の家はクソでかい豪邸である。父親は道楽で骨董や絵画を買い集め、母親はビスクドールや市松人形を集めるのが趣味だという。


「ボカぁ教養ある金持ちだからこういう無意味にキンキラキンのものに興味はないんだけど……思ったより重いな。刻印もある……24金じゃん」


「24金って18金より純度の高いやつだっけ」


「そうだよ。案外値打ちがあるのかも。よくよくみれば目にハマっているのもガラス玉じゃなさそうだ。こういうところで大っぴらに見るのはよくない。しまって。春臣の部屋に行こう」


 夏希は立ち上がった。ブラウス一枚二万円の、高級なロリータファッションのブランド服を着ている。超まな板の女の子だと思えば特に違和感はない。


 俺はガネーシャ像をカバンにいれて、コーヒー一杯千円はキツいんだよなあ……と考えたが、夏希は当たり前みたいに自腹で俺のコーヒー代も払ってくれた。スネ夫みたいなやつだ。

 しょうがなく、俺はアパートの自分の部屋に夏希を連れていった。


「おおーこれがふつうの大学生のアパート」


 どちらかというと貧しい大学生のアパートだと思う。四畳半のせまい部屋に、ローテーブルと万年床。台所もトイレも風呂もボロボロの、端的に言ってボロアパートというやつだ。


「で、問題の偶像は」

 神々の彫刻を偶像の一言で片付けるやつ初めて見た。


 とにかくカバンからガネーシャ像を取り出す。夏希はガネーシャ像を眺めまわして、

「やっぱり24金だよ。売ればいいお金になると思う」

 と言ってきた。

 そう言われても売って大丈夫なんだろうか。夢の中で買ったものなのに。


 その夢を見たのは二日前のことである。

 俺はなぜか夢の中で、「ドリーム通販」というテレビ通販番組のスタジオにいて、いわゆるサクラをしていた。「すごーい!」とか「やすーい!」とか叫ぶアレだ。

 そのサクラの仕事が終わって、さて帰るかと夢の中で立ち上がったところに、番組の司会者が近づいてきて、

「売れ行きがよろしくないってコールセンターから連絡が来たから、ちょっと買ってよ」

 と声をかけられたのである。財布を開いたところ、単位が「ピョン」という見たことのないお札がたくさん入っていて、そこから八百ピョン払って買った。そこで目が覚めた。


 そしてきのう、これが届いた。それを夏希に説明した。

「ピョンかあ……確かにどこの国のお金かわかんないな。子供のころ海外のコイン集めとかしてたんだけど」


 やっぱり夏希はスネ夫みたいなやつだと思った。きっとジオラマも作るに違いない。


「ピョンでいいから金が欲しいなあー!!!!」


「そんなに切実なのかい春臣」


「切実だよ! アルバイト薄給なんだぞ?! まあまかないで命をつないでいるから文句は言えないが……」


 俺のアルバイト先は小さな個人経営の居酒屋だ。しかしまかないがものすごい量なので、タッパーウェアを持っていって詰めて帰ってきて、翌朝食べる……みたいなことをしている。


 夏希はガネーシャ像をしばらく眺めてから、

「なにで届いた?」

 と聞いてきた。


「ふつうに、アマゾンとか楽天みたいな段ボールで」


「じゃあ配達員も来たということだし、送り状もあるということだよね」

 ……忘れていた。


「置き配?」


「いや……普通に配達員さんにサインを求められた」


「どこの運送屋だった?」


「……ヤマトでも佐川でもなかったな。それしか覚えてない」


「春臣って頭にケシカスでも詰まってるの?」

 あんまりである。


「送り状ある?」


「……きのう段ボールもろとも古紙回収ボックスに入れた」


「やっぱり春臣の頭にはケシカスが詰まってるんだね」

 こいつ可愛い見た目なのに猛毒だぞ。クラゲかよ……知ってたけど。


「まあ値打ちのありそうなものだから、特に気に入っているわけでなければ貴金属買い取りにドンチャッチャしちゃったほうがいいと思うよ」


「そうか……ドンチャッチャってなんだ。意味は分かったけど」


「ただのオノマトペで特に意味はない。でもよかったじゃん、お金欲しかったんでしょ?」


「うむ……慎ましく暮らしてるけど実際のところ読みたい本が多すぎて」


「本なんて分厚いハードカバーでないかぎり、そんな高いものじゃないでしょ」


「しかしライトノベルをレーベルひと月買いしたりするとあっという間に金がなくなるんだ」


「それは春臣のお金の使い方がおかしいだけ。そこに積んである文庫本ケース、あれぜんぶライトノベル?」

 俺は頷く。

「これでもイマイチだったやつは実家に送ってるんだが」


「いやそれは新刊のうちに古本屋に持ってくべきだよ」

 話が脱線してしまった。


「でもこれ売って大丈夫なのかね。呪われないかな」


「呪いなんて存在しないよ。それはまぎれもない純金なんだし、純金ってことはつまりただの金属の塊。占いをするボクが言うことじゃないけど」


「まあ……マジでやばくなったときのためにとっとくか」


「こんな悪趣味の塊を?!」


 夏希はそううめいて、かわいいハンドバッグをとると、

「用が済んだなら帰るけど」と言った。俺は「おう帰れ帰れ」と夏希を追い出した。


 その日、アルバイトを終えた深夜、ふらふらと帰宅すると、アパートのドアの前にだれか座り込んでいた。


 さすがに暗いのでよくわからないが、女の子のように見える。うん女の子だ、薄いジャケットに白いレースとフリルたっぷりのブラウスにえんじ色のジャンパースカート。そこまで見て、夏希であることが分かった。


 げっそりしながら、

「どうした夏希」と声をかける。

「父と喧嘩して追い出された」


 まあ理由は聞かないとして、アパートに入れてやる。バイト先でタッパーウェアに詰めてきたまかないの豚生姜焼きと白いメシを、夕飯を食べていないらしい夏希に食べさせる。


「うま……」

 夏希は幸せそうな顔をしている。


「とりあえずソファみたいな気の利いたものはないし、寝具も一人分しかないから、そうだな……」


「一緒におやすむ?」


「おやすまない」

 不毛なやりとりののち、夏希には座布団を枕にしてもらって、夏の薄い毛布をかけて寝てもらうことにした。秋田県民からしたら東京の冬なぞ冬ではない。東京都民の夏希は寒い寒いとぶーぶー言っていたが、まあ解決策はそれしかなかった。

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