10話 こげ茶は地面と草の色
私の疑問に茜ちゃんは答えず、押し黙ったまま目線を合わせてくれない。
「あ、あの。たまたま空き教室に行ったら事情を聞いてさ」
「じゃあなんで一瞬黙ったの」
サプライズのために隠してはいたけど、色が抜けておまけに私までいなくなった緊急事態になったら、灰原先輩なら今までの事情を話してくれるはず。そうでなかったら、最初から知っていたんじゃ。
再び茜ちゃんが押し黙っていると、上から三年生の陸上部の男の子が応援ボードを上に掲げながら降りてきた。
「島波先輩。あの、なんか急にボードの色が戻って……あっ」
私が茜ちゃんと一緒にいると見るや、男の子の顔がばつが悪いものになった。
「ごめん。ポスターのことは私の方から言ってた。でもみうの絵を見たら、納得してくれるだろうと思って。それに灰原先輩にも頼りっきりにしなようにとお願いして」
「ひどいよ。部長にも応援されて私がんばっていたのに、お芝居だったなんて。バカみたいだよ」
「で、でも。みんな本当にみうのことを」
「もういいよ。うそつき!」
っは。思わず口に出てしまった時には、もう遅かった。
「……っ分からず屋! もう明日来なくていいよ」
そのまま階段を下りていき、振り返ることもなく茜ちゃんは昇降口の出口へと消えてしまった。
そのまま残された私の前には、陸上部の男の子まだ描きかけのボードを持ったままがどうすればいいかとまどっていた。
「白居先輩。これ、色が戻ったのですが。残りは何をぬったら」
「そこのラインは青系の色が見栄え良くなるかな。他にまだ途中の人はいる」
「あとはぼくのと、一つだけ。誰が描いたかわからないのが」
「それは私のだから捨てていいよ。灰原先輩に体調が悪くなったからお先に失礼しますって伝えてくれる」
「は、はい」
ごめんなさい灰原先輩。でも今戻ったら、茜ちゃんのお願いで今まで付き添ってくれたのかと思ってみんなの顔をちゃんと見れなくなる。
リーダーとかみんなを指導とかみんなの期待に答えられるか毎日悩んでいた。でも陸上部のみんないい人で、私も楽しくなっていた。そのやさしさに裏側があるって知ったら、もう元に戻れない。
そんな余計なことをしないで、くれたら。ずっと誰かの手伝いをするだけで済んだのに。
今までの陸上部のみんなとの作品作りをしていた日々が勝手に頭の中に映し出され、目が熱くはれだした。
「白居さん。白居さん。これ使って」
目の前に差し出された青のハンカチ。出してくれたのは色部先輩だった。
「だい、大丈夫。わ、わたし」
「よくない。泣いている人を素通りできない」
ハンカチが押し付けるように私の手のひらの上に押し込められた。涙でぼやける視界に見える青はよく見るときれいな空色。こんなきれいなの汚しちゃ、でも顔がハンカチに吸い寄せられる。
空色のハンカチが涙でくすんでしまっても、色部先輩は「どうしたの」と聞いてくることもなくただ私の隣に立っていた。
「けんかしちゃった」
「うん。そっちの公園で話してくれる」
「うん」
学校のすぐ隣にある公園のベンチに座り、さっきのけんかのいきさつ話した。
「自分が頼られているって思っていたのに、一生けん命やっていたのが、嘘をつかれたみたいで」
「それまで部活の人とはいじわるとか悪口とか言われた?」
「ううん。みんな優しかった。忙しくても、私に負担をかけてないように先輩が指示でも茜ちゃんと口裏合わせていて」
「その子は白居さんをだまそうとしたとは違うと思う」
なんで? 本当は知っているのに、秘密だから教えないように口裏合わせしていたのが何が違うの。
「白居さんの役に立とうと思ってやったんじゃないかな」
「役に立つため?」
「それまで白居さんの作品、人前に出ることはなかっただろ。それが初めて展示された。もっと友達の実力を広めたい気持ちが出てしまったのかもしれない」
「でも私はそんなことお願いしてない」
「大事な友達だからと思う。そこに悪意とかはないはずだよ」
「どうしてそうだと分かるんですか」
私がそう質問すると、先輩は少し困り顔になって頭をかいた。
「おれも色を教えてくれたお姉さんに出会った時も似たようなことをしたから、初めて描いてもらったぬりえを母親に自慢したんだ。色博士が教えてくれたってね。自分がしたわけじゃないのに、こんな人がいるんだっていると思うと知ってもらいたい気持ちがわいたんだ」
昔の話をしていると、先輩はだんだんと気恥ずかしそうに口元がにやけていた。実直な先輩がこんなほころぶ姿始めてだ。先輩をこんな顔にさせるお姉さん、どんな人なのだろう。
茜ちゃんもそうだったのかも。
もっと自分のために描いてほしい。
茜ちゃんも先輩のように、私の絵のことを広めたかったのかも。
なんであんなこと言っちゃったんだろ。茜ちゃんがそんないじわるするはずないのに、陸上部の人たちにも勝手に帰ってしまったことを謝らないと。
ベンチから立ち上がり、急いで学校に戻ろうとかけ足で公園から出る。
キーンコーンカーンコーン。
まずい、完全下校のチャイムだ。校門が閉まる前にと足を上げようとするも、やはり体力のなさには勝てず公園から出るときには息が上がってしまっていた。校門が私を待ってはくれず、ガチャンと重たい音を立てて閉じてしまった。
「間に合わなかった」
「困ったな。明日は学校休みだし、その子とは学校以外で会える?」
明日、たしか明日は……
でも謝れる機会はその日しかない。常盤虹マラソン大会に行こう。
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