11話 黄色は声援。応援の色
「がんばれ~」
「がんばって」
常盤虹マラソン当日。雲ひとつない青空と常盤虹がさんさんと照りつける快晴の下で大会の参加者たちが走ってる。茜ちゃんが走る小学生の部は先発するフルマラソンの人から遅れて出発する予定だ。スタートラインでは灰原先輩たちが完成した応援ボードを手に声援を送っていた。
その様子を、スタート地点から少し離れたところで見ているのが私です。そして隣には色部先輩が同伴してくれている。
「すみません。せっかくのお休みなのに付き添わせてしまって」
「いや昨日のお礼もしたいし。それに白居さんを一人にさせたくない」
先輩が来てくれなかったら、大会が終わるまで布団の中で隠れたままになっていたかもしれない。けど茜ちゃんに何と言って謝るか頭の中で言葉がまだできていない。
「どこにいるか分かる?」
「もうすぐスタート開始の時間だから、スタートラインのところにいるかも」
人ごみをかき分けて、スタートラインの付近に近づいていくと茜ちゃんの顔が見えた。
「すみません。間もなくスタートですので離れてください」
そんなぁ。
パンっと空砲が鳴る音が響くと、スタート地点がどよめきから黄色い声援にぬり変わる。
「友達の島波さんはどのあたり」
「赤のゼッケンの女の子です」
指さした先にいた茜ちゃんはスタートを決めて、先頭に立っていた。けど楽しく走っていない。前は見ているけど時折首を左右に動かして落とし物でもしたかのように不安定で、おとといのような集中する気配すらない。
もしかして、私を探している。ううん、茜ちゃんがもう来ない方いいって自分から言ったのに、今更来ているか探すなんて虫がいい。
「先回りしてゴールに行こう。ゴールはどのあたり」
「体育館の中です。町内をぐるっと回るコースなので、まっすぐ行くと私たちの方が近いです」
画面に表示された地図を見ながら交通規制で止められている道路を進んでいく。このまま行けばゴールの体育館が見えてくるはず。
「すみません。緊急事態が発生したのでう回してください」
交差点にさしかかったところで、警備員の人に通行止めされてしまった。
「この先は通れないみたいだが、ここが抜けられないと体育館から遠くなるな」
「そんなはずは。この道は交通規制をして自由に移動できるはずなのに。どうしてなんだろう」
何が起きているのか足を伸ばしてチラ見してみると、なぜか複数台物の車が交差点で立ち往生して道を塞いでしまっていた。
「白居さん! よかったあなたも来ていらしたのね」
私の名前が丁寧な言葉づかいで呼ばれた。灰原先輩だ。交差点で足止めされていた人たちの中に、陸上部の人たちもいたみたい。
「昨日はすみません。勝手に帰ってしまって」
「いいの。白居さんが来てくれただけで」
「それでどうしたんですかこの車の列は」
「車が急に侵入してきたんです」
「侵入って、信号機が止めているはずじゃあ」
「そのはずなんですけど」
車がつっこんだ交差点を見ると、濃い青色の帽子をかぶった警備員が誘導灯を大きく振って戻るようにさけんでいた。
「戻ってください。今大会中です。戻って!」
「大会だって? 信号は青だったぞ。赤コーンも置いてなかったし。あんたらの準備ミスだろ」
「そんなはずはない。とにかく戻って、ここはランナーの通過地点だ。もうすぐランナーが来る」
警備員の人はとにかく戻るようにと再三笛を鳴らして車を道路に戻そうとする。
この交差点時間が来たらランナーのために通行止めになるに、車がこんなに何台もいたらランナーのじゃまになる。茜ちゃんが通るルートじゃなくてよかったけど。
しかたなく陸上部の人たちといっしょにう回して体育館を目指そうと色部先輩に話しかけようとする。すると先輩は侵入してきた車の上にある信号機をにらみつけていた。
「先輩?」
「白居さん、青に何を混ぜたら黒になる」
「え? オレンジ色」
「わかった」
先輩がうなずくと手に持っていたパレットにオレンジの絵の具を落として、すばやく絵筆につける。信号機の支柱を握りしめると、ポンっと信号機のライトのところまで飛び上がった。
ええ!? ど、どうなってるの?
先輩は信号機に狙いを定めると、絵筆を十字に切るように降るとオレンジの絵の具が十字の形になって飛び出し信号機に付着する。
イジジ、ジジジ。
セミが木から落ちて死ぬような金切り声が上がると、黒いかたまりがポトリと落ちた。幸いみんな車と警備員のやりとりに夢中になってきづいていなかった。
「先輩これって」
「ああ、色虫だ。成虫ではないけど、サナギになりかけの大きいやつだ。おそらくどこかで青色を吸い取って、信号機に止まっていたから青信号とかんちがいしたんだ。クソッ街中にこんな大きいのがいるなんて」
「……ねえ、赤コーンがなかったってさっき運転手さん言ってたよね。じゃあ赤コーンの色を吸った色虫は」
「どこかにいるはず。きっとマラソン大会の会場に」
たしか色虫は鮮やかな色に引き寄せられる性質があるって、大会の装飾とか応援グッズとか鮮やかな色が一か所に集まるこの大会は、色虫が一番近づく場所だ。
……じゃあ茜ちゃんが走るコースにも。
もう一度地図を開いて茜ちゃんが走るルートを探し出す。今スタートしたばかりだから、今は運動公園の中だ。そこは車が侵入できるほどの広い道がないから大丈夫のはずだけど、ゴールの体育館まではいくつも交差点がある。もしかしたらここも。
「白居さんどこへ」
「公園の出口まで、もしかしたら茜ちゃんが危ないかもしれない」
「公園? 待ってくれ、人ごみがあってすぐに…………すぐ追いついてしまった」
「す、すみません。私、体力、ぜんぜんなくて」
人ごみから抜け出すのに体力を使ってしまい、もうへばってしまった。勇んで走り出したのに、先輩にかっこわるいところ見られちゃったよ。
すると先輩が腰を下ろして、背中に向けて手招きを始めた。
「乗って、急いでその場所に行こう」
お、おんぶ! 先輩の背中に乗るなんて。でもタクシーに乗るお金もないし、体力がない私にはこれしかないよね。遠まわし体力のことを気遣ってくれるのが、自分の情けなさに胸が来てしまう。
おずおずと先輩の背中に乗せてもらう。すると先輩の足が軽快に走り出し、まるで私が乗っていないかのようにスピードが速い。
は、早い! 最近ちょっと体重増えたのに、軽々と。さっきの信号もそうだし、男の子ってこんな力持ちなの!?
***
先輩に乗せられたまま、交差点をう回して体育館手前の交差点に入る。まだランナーが入ってきていないからかここの警備員たちは、さっきのような剣幕にはなっていない。まずは車が入ってきていないか聞いてみないと。
「あ、あの車」
「あん?」
ひげの生えたおじさんの警備員に話しかけようとした、が低い声でじろりと見下ろされてびくりと背中が震え、声が止まってしまった。
「おれが話すよ」と色部先輩が私の代わりに警備員さんに話しかけてくれた。
「すみません。南のスタート地点の方で車の侵入があったらしいんですが、ここは大丈夫ですか」
「ああ、そうらしいな。こっちはそんなことはないから安心してくれ」
「どうしてですか」
「北の方に赤コーンと通行止めの看板が置いてある交差点があるんだ。だから間違って侵入しても気づくさ。南の方は車が通っている車道と接しているから間違って左折して入ってきてもおかしくないしな」
実際は色虫のせいなんだけど、と言っても説明している時間がない。私たちは教えてもらった北にある交差点にへと向かってみることにした。
北の交差点はフルマラソンのコースなんだけど、すでにランナーが通過した後で、もう使う予定がないからか警備員も観戦客も姿がない。誰もいないのは助かった。先輩におぶられている姿を見られたら、しばらく人の顔直接会わせられない。
「あの、ここで降ろしてもらっていいですか。看板とかがどこにあるのか探したいので」
「手分けして探そう。色虫がいたらすぐに呼んで」
地面に下ろしてもらった後、それぞれ色虫を探し始める。コースはビルの間を通る一般道、だけど人通りもなく建物と灰色のアスファルトが広がる殺風景な光景が寒々しかった。けどさっき話していた赤コーンも看板も見当たらない。
そのまま車が走っている交差点の手前まで歩くと、丸い石が道路の真ん中に落ちていた。
「石? なんでこんなところに、あいてっ。いた」
足がぽこーんと軽い音を立てて何かにぶつかったと思ったら、今度は頭にゴーンと固いものが当たって辺りに響いた。目を凝らさないとわからなかったが、透明なものが地面に転がっていた。それを手で触れてみると、プラスチックのような円柱いや三角
あれ? もしかして。次に私の頭にぶつかったものに触れてみると、ひんやりとした固い感触。これ鉄棒の鉄の冷たさに似ている。でも鉄棒がこんなところにあるはずは……
待って。これって進入禁止の看板に赤コーンじゃない。
「先輩! ここに透明の赤コーンと看板が」
「まずいぞ、ほかの看板も被害にあっているかもしれない」
すぐそばでは車が速度を出して走っている。もし速度を出しながらコースにまで入ったら、色虫のせいで茜ちゃんが事故にあうかもしれない。そんなのいやだよ。茜ちゃんこの日のためにいっぱい走っていたのに。
色虫、いったいどこにいるの! ぐるっと後ろを振り返ると、さっきまであったはずの灰色の石が、どんどん色が抜け落ちていく。代わりに灰色の丸い虫の背中が浮き上がってくる。
「いた!」
私の叫び声に驚いたのか、色虫が背中の羽を大きく羽ばたかせると飛んで逃げていった。体が大きい、障害物の色を吸い込んだ色虫だ。
「待って、後を追おう。色虫は虫の数が少ないと薄い色を吸うようになって、ほかの色虫と合流して目立とうとする習性がある。たぶんそこに今までの色を吸いこんだ色虫たちがいるはず」
「うん、ゆっくり追いかけよう」
先輩のアドバイスに従って、ふわふわ飛んでいく色虫の後を追いかけていく。道路を越えた先の、運動公園手前の橋に灰色の色虫が下りる。橋の下には赤、黄色、緑とカラフルな色をした色虫たちが集まっていた。
あんなにいっぱい。でもここで全部倒せば茜ちゃんが助かるはず。
「ちょっと厳しいかな」
ところが、先輩から弱気な言葉がこぼれた。
「どうしてですか」
「数が多いのもあるが、ランナーの安全を確保するのにすばやく倒さないといけないんだが、黒をぬるだけだと色虫をすぐに倒せない」
そんな、茜ちゃんがこの運動公園から出たら交通事故の危険にさらされるのに。
「何か、何か私にできることはありますか。もうすぐ茜ちゃんが来るんです。私だと色虫に色がぬれないことはわかってる。でも、怪我したりしたら今までのがんばりが壊されてしまう。私だったらこの前みたいにあの色虫の補色を答えれることができます。何かできることがあったら、何でもします!」
「なんでも……じゃあ絶対にひみつを守れるよね」
「もちろんです」
勢いのまま答えてしまった。
先輩が持っていたバッグから三本の絵筆とパレットナイフ、そしてパレットを取り出すと、それら全部を渡した。
「レインボー工房特注の絵筆と無限パレットだ。指定した色を口にするとパレットから無限に絵具が出てくる。色虫の補色を絵筆につけて渡してくれ」
「あ、あの。これ借りてもいいんでしょうか」
「本来は悪用される恐れがあるから一族以外に触れさせてはいけないんだ。けど友達を助けるために白居さんの力が必要なんだ。だからこのことを秘密にしてくれ」
「は、はい」
絵具一式が手の上に乗せられると、ズンと来るような重みがやってきた。
絵をぬることで頼りにされることはいままであった。こんなにぬることが重たいことなのは初めてだ。それにこのパレットから伝わってくる緊張感。先生たちからお願いされるものとはまるで違う。
「絶対にみんなを助けるために使う」
「よしいこう。大会を無事に終わらせるんだ」
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