第42話 中間試験の勝者

 俺は来賓に挨拶回りをしたあと、マリアの出場ブロックに足を運んだ。


 マリアは次の戦いに向けて準備を整えて、ブロック戦で既に一勝をあげていた。


「順調だな、マリア」

「理事長! はい、いまのところは問題なさそうです!」


 皮の防具を着たマリアの背中には、大きなブロードソードぐらいの剣が鞘に入っていた。


「しかし、その背中の剣、マリアには大きすぎないか?」

「チッチッチッ、ガイム理事はマリアちゃんが剣を握ったところを見たことないから、そんなアホなことを言うんだよ」


 ラームがしたり顔で背後から近づいてくる。


「誰がアホだ」

「……あの、剣を抜いてみせましょうか?」


 俺が本気でラームに怒ったと思って、マリアが気遣う。


 ラームと違って、マリアちゃんは本当にいい子だな。かなり危険な特訓をしていると聞いて、精神もすり減り性格が変わっていないか心配だった。


「だめだめ! こういうのは試合中にやらないと。ガイム理事の度肝を抜いて差し上げて!」


 ちょうどマリアの次の試合が始まった。

 相手はフェリシアの屋敷に住んでいる魔術師グループの生徒だった。


「おいおい、魔術師相手なんだから、遠隔武器とかがいいんじゃないか。無理に長剣を使わなくても……」

「まあ、旦那。黙ってみてやってください」


 ラームは自信ありげだ。


 大体コイツはいつもこんな感じでよく失敗するからな……不安だ。


 始めの合図で、対戦相手は魔術の準備をする。距離は十メートルほど離れていた。

 マリアは陸上のスプリントスタートのように身を屈めると、前に倒れるように駆け抜ける。


 瞬きのほんの一瞬。

 いつの間にか、剣が対戦相手の首もとにあった。


「なっ! 速い……!」


 体を地面と四十五度に保ち、大きく太ももと腕を振った。

 それは分かったが、あれはまるで――。


「セインの『俊足』だ」


 マリアは兄の技を習得したのだ。しかしあの技は異才だったんじゃないか?


「マリアは異才が増えたのか?」

「んーにゃ。『癒しの手』と『自己修復』のままだよ。あれはマリアちゃんの血と涙の結晶から生まれた、純粋な技だよ」


 月日を経て、セインの姿がマリアと重なった。


 よくここまで成長したものだ。試験会場で出会ったときは、ただ異才がある女の子だったというのに。


「ラーム……マリアを見守っていてくれて、ありがとう」

「えっ……いやぁ、まあ、ガイム理事の……」とラームがうっすら頬を赤めたとき、別ブロックから大声が聞こえた。


「弱い! よえーんだよ、お前らは!」


 マリアとは別ブロックで戦っていたバクラの罵声だ。

 行ってみると、戦闘エリアでは魔剣で肩を叩きながら、バクラがブロックの対戦者たちを挑発している。


「面倒だから、一斉にかかってこい!!」


 ぞろぞろと試合エリアに、堪忍袋の緒が切れた生徒たちがバクラを囲い込む。


「ふざけんじゃねーぞ!」

「いつかボコボコにしてやろうと思ってたぜ!」

「全員で一気に飛び掛かろう!」


 ほぼブロック全員がエリアに入る。三十人ほどいそうだ。みな眉間に皺をよせ、バクラを睨んでいて積年の怨みといった様子だ。


 その場外で、監督官のアルケインが正座をして試合の様子を眺めている。


「と、止めた方がいいのでは?」


 俺は平然としているアルケインに声を掛けるが、「まあ、おもしろそうじゃないですか」と鼻で笑った。


 三十人が思い思いに武器を振り上げてくると、バクラは奇妙なステップで攻撃を躱す。あざ笑うように背後をとり、剣の柄で隙だらけの背中を殴打していった。


 バクラは中央にきて囲まれる形になった。

 後方で詠唱していた魔術師がバクラに向かって、全員で攻撃魔術を放った。


「よえー魔力だぜ!! 屁みてーな魔術だな!!」


 ぐっと剣に力を込めると、刃が漆黒に変わり、闇の魔術を纏う。


「魔剣をくらえっ!」


 バクラが剣を振れば墨のような刃が一直線に魔術に向かって飛んだ。

 火や氷の魔術はかき消され、真っ黒な斬撃が魔術師たちにヒットすると、場外に吹っ飛ばされた。


 接近戦だけではなく、遠距離戦も可能なのか。

 それに剣の扱い方が、アルケインに似ている。隙のない構えといい、アルケインから多くを学んだな。


 バクラは果敢に挑む対戦相手達を次から次に吹っ飛ばして、ただ一人場内に残った。


「はあーっ、まあいい運動になったわ」


 試合を終えると、バクラは肩を回しながらブロック会場を後にする。すると、観客の中から男の子がバクラのもとに走ってきた。


「お兄ちゃん、かっこよかった!」


 男の子は目を輝かせて、バクラに声を掛けた。


「お、おおっ……そうか」とバクラは頬をかく。

「僕もお兄ちゃんぐらいに強くなれるかな?」

「ああ……血い吐くくらい頑張ればな」


 男の子は大きく頷いた。


「いっぱい、ちぃ吐く!」


 一方、別のブロックではアイが戦闘エリアに立つ度に、太鼓のような爆発音がしていた。


 アイは試合開始から一歩も動かず、ただの突風の魔術だけで勝ち進んでいた。

 試合開始と一緒にアイの全面から押し出される突風。威力もさることながら、ほぼ詠唱時間なしのため遠距離攻撃もできない。


 対戦相手は成す術なく、桁違いの魔力に吹き飛ばされていく。

 しかしアイの表情は変わらず、フェリシアだけが楽しそうに拍手していた。


「アイ~、どんどん吹き飛ばせー!」

「……」


 応援を受けてのブロックの最終戦、アイは初めて片手を突き出す。


 ドゴッッ!!


 始めの合図と共に、猛烈な突風がグラウンドを襲い、対戦相手は遥か彼方に飛んでいってしまった。


「アイ~、いい感じ~!」

「……」


 アイなりにフェリシアの応援にこたえたようだった。


 マリア、バクラ、アイはブロックを勝ち上がり、明日決戦で戦うことになった。

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