第41話 久しぶりの余暇
思っていたより早く新法案が成立する見通しとなり、俺はフェリシアの屋敷を久しぶりに訪れた。
ずっと働きづめだったので、少し息抜きをするつもりだ。
寝室に通されると、すぐに廊下からフェリシアの走る音が聞こえて、部屋に入ってきた。
「ガイム様!」
赤く長い髪を揺らして駆け寄ると、俺に抱きついてきた。
「もう、放ったらかしにもほどがあります!」
「ああ、なんだ。思っていたより元気そうだな」
「……ガイム様、少し意地悪になりました?」
フェリシアは嬉しそうに顔を近づけた。美しい肌が汗でしっとりとしていて、光を反射して輝く。高揚した顔は少し赤らみ、女性の色香が漂っていた。
俺は赤いバラのような唇に自分の唇に重ねた。
「三日三晩は相手をしてくださいね」
フェリシアは俺の手を引いて、ベッドの上に連れて行った。
*
朝起きると裸のフェリシアがローブを羽織り寝室から出ていく。しばらく待っていると、朝食を運んできた。
「ガイム様、パンに果物。そして好物のタルマロンを持ってきました」
横に並んで添い寝をし、俺の口に朝食を運んでくれる。
時折、キスをしながら甘い朝食を終えた。
ふと、フェリシアの指先が傷ついているのに気付いた。
「どうしたんだ、その指先」
「ああ、これですね……ウフフッ」
何かの記憶をたどると、フェリシアは口端を上げる。
料理にいそしんでいる……わけないよな。
「生徒に面白い子がいて、魔術で力比べをしたらこうなったんです」
「フェリシアの魔術と同等ということか?」
「フフッ、まあ……まだ本気ではないですけれど。ガイム様の次ぐらいに気になっています」
今度はフェリシアが仕返しとばかりに、いたずらっぽく笑う。
いったい誰だ。俺のフェリシアに『気になる』なんて言わせるのは……。
「あっ、いま一人で庭にいるあの子ですよ。たぶん魔術の練習をしているのかしら」
外庭でポツンと棒立ちしている子がいた。青いマントに、真っ黒なショートの髪が乗っかっていて、片目が髪で隠れていた。
女の子……か?
ぼーっとしていて、髪の手入れや化粧もしていないようだ。目鼻口のパーツは整っているのに、女性らしい美しさに興味がなさそうな雰囲気だった。
「幼いな、本当に強いのか?」
「あの子の名前はアイ・シード。魔力の強い血筋です。魔力の強い弱いは、ほぼ血筋で決まりますから」
女の子は庭の池にある樽ほどの岩に向かって魔術を唱えていた。
何度か唱えると、スパッと岩が横に斬れて、ズズッと上半分が落ちる。
「おおっ、すごい! 風の魔術か」
かなり高度な風の魔術だ。あの切れ味の風を出すために、どれぐらいのエメラルドを消費しないといけないのか考えると、魔術を使えるというのは本当にうらやましい。
「ああんっもう、また庭の岩を斬ってる。しょうがない子ね……今度はもっと大きくしなくちゃ」
そう言いながらもフェリシアはファンのような熱烈な視線を送り続けている。
「じつは、アイは体力試験が『不可』だったのですが、私が特別に入学を許可したんですよ」
「たしかに、魔術の才能は飛びぬけているな」
「次の中間試験では、必ずアイが一番になります」
勝ち誇ったようにフェリシアが、うんうんと頷いた。
「それはどうかな。バクラやマリアもいるからな」
「バクラはアルケイン先生のイチ押しの生徒でしょう? マリアとは、いったい誰ですか?」
フェリシアが真顔の表情でぐっと顔を寄せた。
「あ、ああ……俺の屋敷にいる生徒だよ。生徒のなかで唯一の異才持ちでね」
「マリアとは女性ですよね。まさか恋愛感情はない、ですよね?」
「ははっ、まさか! 生徒だぞ」
じっと俺を観察するフェリシアが恐ろしい。
以前、愛人の五、六人はオッケーって言っていたような気が……。あれは罠だったのか?
サラの誘惑を断ってよかった……。
「今度の中間試験、誰が一位をとるのでしょう。楽しみですね……!」
その後、俺は本当に三日三晩フェリシアの相手をして、体を休めるどころか、普通の仕事をした日よりも寝不足になってしまった。
ランドレー学園の中間試験があと一カ月後に迫っていた。
*
ランドレー学園の広大なグラウンドに生徒たちが集まっていた。グラウンドといっても、広大な草原という表現が相応しい。
そこで第一期生の中間試験が開かれた。
なぜかスラム街の住民たちも集まり、まるで運動会のような盛り上がりをみせる。
百五十名ほどの生徒たちをブロックごとに分けて、各ブロックの勝者が決勝で戦うルールだ。
中間試験は個人戦になる。
エルピス学園と違って、パーティー戦は行われない。その理由としては、エルピスほど生徒がいないことと、様々な階級の人々が集まっていることもあり、少し様子を見る必要があった。
中間試験を経た、期末試験ではパーティー戦による競争も視野にいれている。
スラム街の住民に紛れて、オルディネスの姿が見えたので俺は声を掛けた。
「ひっ! ガイム議員、ご、ご無沙汰しております……」
「オルディネス殿、またなんでそんな盗賊みたいな格好で……」
盗賊と言ってみて気づいた。
「もしや、うちの生徒から騎士団へ引き抜こうとしているのか!?」
「す、すみません!! 引き抜きはしないので、どうか試験だけでも拝見させてください……」
「しょうがないな……。まあ騎士団の士官殿だから、無下に断るわけにもいかないですから」
俺はそう言って、隣の来賓席を勧めた。
「ありがとうございます……!」
オルディネスは手元に羽ペンと紙を用意すると、細かな字でメモし始める。
あれ……引き抜きはしないっていったよな。空耳……じゃないよな……。
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