第40話 ロンモール賢老議会

 五年に一度行われるロンモール賢老議会選は、ロンモール城下町に住むすべての人々が議員に立候補した者に投票できる。

 上位三名だけが議員になれるが、三名のうちもっとも票を得ることができた議員は議長になることができた。


 俺はその議員選に立候補した。

 十名の立候補者がいたが、実際の戦いは、前議長のドローラ、前議員のタシケン、同じく前議員のヤーヌス、そして俺の四人で三つの席を争う。


 俺の主な支援者は、騎士団、そして学園を支持する城下町の住人だ。


 ドローラは長年の議長の手腕が認められ、ロンモールの民衆からも評価が高い。圧倒的多数で票を獲得することが予想された。


 タシケンはよく分からない人物だ。


 どこかの商会がバックにいるというわけでもないのに、一部の貴族へ絶大な影響力を持っていた。

 様々な噂があったが、滅んだロンモール王の血筋なのではないか、という裏の情報が一番納得できた。


 そしてヤーヌスは……選挙戦中に行方不明になった。

 唯一最大の支援者であるアンカシエル商会が、日を追うごとに取引の規模を小さくし、さらに騎士団が違法な商取引や他の商会への暴力行為を検挙して、取り締まりを強めた。

 三月も経たないうちに、アンカシエル商会はロンモール城下町から姿を消す。と同時にヤーヌスも消えたのだ。



 選挙を終えて、ロンモール城の会議室の入口で俺はオルディネスと握手をした。


「ガイム理事、いやガイム議員。とうとうここまで来ましたね」

「オルディネスのお陰だ。これからも支援を頼む」


 俺は肩をつかむと、とうとう政治家になったと実感する。


「しかし、大変なのはこれからだ……!」

「ええ……ぜひ、我々騎士団に革命をもたらせてください」

「ああっ……!」


 会議室の大きな扉を押し開くと、中央の円卓が目に入った。

 そしてドーム状の高い屋根から降り注ぐ光。

 細微な彫刻が施された柱と壁画に囲まれ、燦燦とステンドグラスで色づいた日の光が大理石の床を彩る。


 椅子に座ると、タシケンに続いてドローラが円卓に着いた。


「初めまして、俺はガイム・ランドレー、ランドレー学園の……」

「自己紹介は結構。お互い戦った同士なんだから、名前なんて知ってて当たり前でしょ。それに……あなたとは初対面ではありませんよ」


 ドローラは深い皺をひとつも崩さず、白髪を手で梳いた。


「これは……失礼した」


 俺は大人しく口を噤んだ。


「そんなことよりも、こんな馬鹿みたいな法改正を提出した、貴方の言い訳を早く聞いてみたいわ。この書類の中身に目を通してから、ずっと頭が痛いの」


 法改正は議員の特権だった。

 大きな法改正でなければ、三人の多数決により法改正が施行される。たった三人の意見によりロンモールの未来が決まるわけだが、一人ひとりの後ろには多くの民意がある。


「ロンモールをさらに発展させるための法改正だ」


 俺が掲げた騎士団の革命は、大きく二つある。


 一つは、騎士団を聖騎士団と黒騎士団に分ける。聖騎士団は対外的に活動する。例えば、商人の往来をより安全にすることで、他国との取引を加速させる。

 もともと商業都市であったロンモールは、今でも商人たちの重要な拠点だ。

 聖騎士団はその潤滑油になるに違いない。


 そして黒騎士団によるロンモールの防衛。

 これは今と変わらないが、聖騎士団と競わせることで、騎士団をより活性化させる目的がある。


「騎士団については、わたくしはあまり興味がないので……まあ、百歩譲ってよいとします」


 ドローラは確かに書類へ目を通しているようだった。


 聖騎士団による護衛により、他国の商人からの利益は莫大だからな……。本当に欲深な婆さんだ。


「問題は『スラム街住民の生活改善』です。まったくもって、不利益しか生み出さない。ロンモールの人々は拒絶し、私たちは賢老議会を追い出されるでしょう……!」


 ぎろりとドローラの瞳が動いて、俺を睨む。


 まあ正確には追い出されるのは『私たち』ではなくて『私』だけなんだろうが……。

 ロンモール城下町に住む人々は、貴族が多い。彼らはスラム街の現状に見て見ぬふりをしてきた。そして貴族の支持がドローラ最大の地盤になっている。


「この点については、騎士団の人員を割くのではなく、学園の有志による護衛と防壁の建設なので、ロンモールの防衛力が低くなるといったことはない」


 ドローラは俺の言葉に眉を上げて、口端を上げた。


「問題なのは現実的なやり繰りではなく、議会がスラム街に目を向け始めたということです。何のために? まさかロンモールの住民として迎え入れるのか? それはスラム街でヒーロー気取りの、気まぐれな学園の理事長の株を上げるだけなのではないか? そういう憶測ができます」


 さすがにロンモールの議長を張っているだけのことはある。隙を見せない頭の回転と、支持層を守る徹底的な排除。


 やはり一筋縄ではいかない。

 外堀から埋めていって――。


「そうかな? 私はそうは思わない」と、突然タシケンが割り込んだ。


「んっ?」


 ドローラはタシケンを見やるが、一瞬だけ円卓に置かれていた指先が震える。


 こけた頬に、幾重にも重ねられた皺が動く。石像のように無感情だったが、声には芯があった。


「私はガイム殿の二つの法改正に賛成する。理由はひとつだけだ。エルピスの惨劇以降、ロンモール内でも魔王打倒の気運が高まりつつある。ガイム殿が遺族への弔問を続けた結果、魔王退治への賛同者が増えているからだ。この法改正は、その火付けとなるだろう」


 タシケンの言葉に、ドローラは驚きを隠せない。

 おそらくタシケンはドローラに付き従うだけの存在だったのかもしれない。しかし、ここにいる三人は平等に権力が与えられている。議長と議員の役割は少し違うものの、権力は同じなのだ。


「タシケン……あなたいったい、何を言っているの……?」

「未来の話をしている、ドローラ議長。今ここはロンモールの分水嶺なのだよ」


 ドローラの頭のなかで当たり前だと思っていたことが、ひっくり返ったのだろう。彼女は狼狽して、終いには乱れた頭を抱え込んだ。


 不思議なことにタシケンという議員の支持を得て、俺の法改正は二つとも議会に承認された。

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