第39話 頭領との死闘

「ん? ジャージル?」


 俺は、壁に寄りかかって立ち上がろうとするジャージルを見て驚いた。


 どうしてこんなところで……。しかも、ピンチのようだ。


「ガイム様!?」


 いつも冷静なジャージルも目を丸くした。


 鼻先をかすめた羽の魔物は、一度くるりと回るように距離をとり、突進してきた。

 俺には目もくれず、ジャージルに向かっていく。


 ダイヤでは間に合わない。


 俺はブラックダイヤを取り出して、ジャージルに投げた。

 黒い球状の亜空間が展開する。


 鳥の化け物は勢いづいた突進を止められず、バリアに激突した。


 ギシイィィ……!


 何かが潰れるような、生々しい音がする。


「グアアァァッ!!」


 鳥の化け物が叫び声をあげた。

 低い声で、馬鹿デカイ音なので思わず耳を塞ぐほどだ。


 声が止み振り返ると、眼球を真っ赤にして、口ばしを押さえている。

 硬い口ばしにはヒビが入り、押さえている鳥の手から紫色の血が落ちる。


「おのれっ!」


 長大な翼を翻すと、一気に十本ほどの羽が飛び出て、俺に向かってくる。


 速い……!


 『未来視』で見える残像の数が少ない。しかもデカイ鳥は左右の翼を交互に開き、羽を投げ続ける。


 焦るな……! よく見極めろ!

 逃げ場がなくならないように、全ての羽を避けた。


「なにっ……!」


 大鳥は驚くと羽を出すのを止めて、翼をたたむ。


「我の刃の雨を避けた人間は初めて見る。名は何という」

「俺はガイム・ランドレーだ」

「なるほど、お前が魔王様と戦ったガイム・ランドレーか。我の名は、ラルバードル。魔王軍四天王のひとりだ」


 以前に戦った鳥の化け物と違って、流暢に言葉を喋り、所作が野蛮ではなかった。


「この硬い殻で覆われた空間……魔術ではないな。お前も異才持ちか」

「……」

「異才は嫌いだ。鍛練せず己の力を過信する」


 ラルバードルは、倒れている男に顔を向ける。


「奴も異才持ちだった。しかし十分に鍛練できていなかったせいで、我の命令に背いた。何万日も繰り返された技の鍛練は、美しい。我が考えた暗殺術を冒涜しおって……」


 本当に悔しそうにラルバードルは翼を大きく広げた。


「言っている意味は分からんが、お前は殺していい糞野郎だということは分かった」


 俺は発生の早い、トパーズを取り出して投げた。

 激しい雷が横殴りに走る。

 しかし、ラルバードルの姿は視界から消えた。


「遅い。そんな緩慢な予備動作に、我が反応しないと?」


 声だけが響き、ラルバードルは『未来視』による残像さえ痕跡なく消える。


 どこだっ……!

 視界から消えたということは――。


 俺は目を上にやると、ふわりと身を浮かべるラルバードルがいた。

 翼から無数の羽が飛び出る。

 慌てて俺はそれを回避した。紙一重に鋭い羽を避ける。羽は短剣のように鋭利で壁に刺さった。


 着地した瞬間に、翼を二度あおぐと、飛んでいた羽が急に乱れる。

 交錯する複数の残像。

 隙間を縫うように、羽根の攻撃を避けるが、一本の羽が腕に突き刺さった。


 うっ! 焼けるような痛みだ。


 やはり羽根の毛の部分は針金のように硬く、鋭利だ。しかも毛虫の針のように、無数の細かい針が皮膚を傷つけ、触れば更に傷が広がる。


 ふと、ラルバードルから目が離れたときに、怒涛の突進が迫ってくる。


 当たれば間違いなく即死する強力な一撃。


 羽の攻撃で気をそらし、致命傷を狙うというわけか。


 俺はダイヤを飛ばして、部屋の角すみに行き距離をとる。


「妙な異才ばかりを使うな! 怠け者がっ!!」


 緑色の羽毛が飛び散ると、ラルバードルはまたもや姿を消す。風の魔術を使って、羽を操作し、実体は死角へ大きくジャンプさせて身を隠す。


 高度な魔術と鍛えられた体術が成せる技だ。

 さらに目もよく、勘もいい。


 何度か躱しきれずに羽の攻撃を受けた。

 致命傷になる突進は確実に避けるが、羽によるダメージも蓄積すれば死に至るだろう。


 空いた空間にダイヤを飛ばして逃げた。

 そのとき、背中から奴の声がした。


「やはりここに逃げたか。待っていたぞ」

「……」


 大きな鉤爪が俺の頭に振り下ろされる。


 俺も待ってたぜ、至近距離の攻撃を。

 背後に向けてトパーズを投げると、激しい光が柱になって落ちた。


「ガアァァーーッ!!」


 攻撃の初速は雷のほうが圧倒的に速い。ラルバードルの振り上げた手を切断した。

 焼けた臭いがして、大鳥の手が地面に転がる。


 振り返ってすぐに、二つの宝石を投げた。

 エメラルドとルビー。風により突風を生み出し敵の自由を奪い、紅蓮の炎で敵を焦がす。

 宝石の大きさ、質を見極めてブレンドした技だ。


 ――炎龍塒えんりゅうのねぐら


 幾重にも炎の羅列が体を巡り、風によりそれを封じ込める。ラルバードルの全身は燃え上がった。


「ウギャアゥァァーー!! た、助けてくれ!! 熱い燃えるうぅ!!」


 地獄の業火に焼かれ、ラルバードルば真っ黒な塊に成り果てた。


 俺はジャージルのバリアを解くと、肩を貸す。


「ガイム様、申し訳ありません……」


 ジャージルは項垂れた。


「きっと、何かわけがあるんだろう……」


 俺はダイヤを飛ばそうとしたが、ジャージルの視線の先を見ると、息絶えた男が地面にある。


「彼は何者だ」

「私の……父です」

「そうか……」


 俺は男の亡骸も一緒に、学園へ移動させた。


 マリアが来てくれて、重症のジャージルを治療してくれた。


「こんな、体中に古傷がある人は初めて見ました……」


 寝ているジャージルの横で治療しながら、マリアは哀しい目をする。


「俺はジャージルの過去を知らない。いつか話してくれると思っていたが……。彼の主としての資格はないな……」


 今回の戦いを経て、ジャージルにどういった心の変化があるのか。それだけが心配だった。

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