第37話 潜入
アンカシエル商会は、ロンモール最古の行商人アンカシエルが創設した。
彼は北と東のルートを繋ぎ、ロンモールに商業施設を次々に建てると、商会の仲間を増やし協議会を創った。これがアンカシエル商会の前身である。
そして、協議会は富を貯めこむと同時に、協員を増やし続け、もともとこの地を支配していたロンモール王を失脚させる。
その後、ロンモールは議会制を設けるが、アンカシエル亡き後も商会の存在は色濃く残り、ヤーヌスの親族が、商会の代表を務めている。
俺はその商会の老舗に入った。
「いらっしゃい!」
正面のカウンターから、景気のいい声で男が笑顔をふりまく。
道具屋と思えない広さで、多くの客や店員が、屋内に置かれたワゴンの間を行き来している。
「ギルドの依頼で来たんだが……」
そう言った途端、男の顔から笑みが消えた。
「ああ、あんたうちの仕事をしに来たんだね。正面から入ってくるんじゃねえよ」
あからさまに刺さるような視線を向けると、ついてこいと手をかざす。
俺はギルドランクCのアンカシエル商会の依頼を受けていた。
無論、メリコンを囲い込んで偽名で受けている。
ジャージルがアンカシエル商会について詳しかった。かなり際どい商売――奴隷や幻覚薬なんかも扱っているという黒い噂もあるらしい。
本当かどうかを知るには、自分の目で見た方がいい。まずは敵の内情を敵以上に知ることからだ。
案内された広間には、三名の男がいて、皆それなりの経験がありそうだ。装備品を見てすぐに分かった。
「さて、あんたらに頼みたいのは盗賊の成敗だ。北に住み着いている盗賊を一人残らず殺してほしい」
声をあげたのは商会の服を着ている男だった。
「ん……? 盗賊と言えど、殺すのはいかんだろ」と騎士風の男が反論するが、商会の男は羊皮紙を広げて書面を見せる。
「ロンモール議会も承認済みだ」
たしかに盗賊の抹殺について、執行書に議会議長の署名が記されていた。
「それなら、しょうがないな……」
集められた男たちは戸惑いながらも、何となく目を合わせた。
北の樹海を通るルートにその盗賊たちはいるという。ロンモール城下町から、半日近く馬を走らせて、やっと目的地に着こうとしていた。
商会の人間を先頭にして、請負人の俺たちは後をついていく。
「あいつらだ」
茂みの陰に隠れると、窪地に人がいた。
武装はしているが、盗賊のような野蛮めいた雰囲気はない。
「本当に盗賊なのか?」
騎士風の男は、商会の人間を怪しんだ。
「もちろんだ。間違いない。仕事をしないんだったら、金は払わないぞ」
その言葉に疑問を持ったのか、「俺はおりる」といって騎士風の男は森を出て行ってしまった。
しかし残りの二人はダガーを抜き、下に降りていく。
どう見ても盗賊には思えない。
一人の男は結婚指輪もしているし、少し太った体形で、盗賊の印象とはかけ離れていた。
俺は『未来視』モードに入ると、二人の冒険者を追い抜いて、ターゲットの男の背後を取る。
背中から襟を引っ張ると、ダイヤを飛ばして樹海の外に運んだ。
「へぇっ?」
さきほどまで窪地を歩いていた男は、素っ頓狂な声をあげる。
「お前たちは、盗賊なのか?」
「はあっ? 一体全体なにが……」
「聞け、お前たちはアンカシエル商会に皆殺しにされようとしている。お前たちは何者だ? 正直に答えれば、命の保証はする」
俺の頭から聳え立つ二本のツノを見て、男は腰を抜かした。
「ひいいぃ……! 俺たちは、ただの商人だ! 金なら全部やる!」
男はポケットから有り金全部を原っぱに投げ捨てた。
「やっぱり……盗賊なんかじゃないな」
俺はダイヤで戻ると、他の商人たちを片っ端から樹海の外へ瞬間移動させた。
ほかの冒険者から見れば、俺が彼らを一人ずつ消しているように見えたかもしれない。
「た、たすけてくれっ!」
不意に他の冒険者が、俺から離れたところでターゲットを見つけてしまった。
「ど、どうする……殺すか!」
ぐっとダガーに力を込めて、突こうとしたところを、俺はすんでのところで止めた。
「おい、邪魔をするな……!」と血走った眼で俺を見る。
「まて、ここで殺ると後々面倒だ」
もめていたところに商会の男が茂みから出て来た。
「もういい、だいたい片付いた。そいつは縛り上げろ!」
窪地にはキャンプのテントと山積みの木箱があった。
俺はその木箱を間近にして、証印を見つけた。アンカシエル商会とは別の商会の木箱だった。
商会の人間はキャンプ地に人がいないことを確認すると、木箱を大勢で持ち運ぶ。
「なあ、あんたが殺ったやつらはどこにいったんだ」先導していた男が俺に声を掛ける。
「もちろん『消した』のさ。証拠も残らないぐらいに……」
俺はスマホに載っていたガイム・ランドレーの悪役の顔写真を思い起こし、同じようにニタリと笑う。
「はっ……はははっ……。き、気に入ったぜ……!」
「ほかにも、商品を奪う……おっと、失礼。商品を取り戻す、金になる仕事はないのか?」
「そうだな、あんたみたいなのにやってほしいことは、沢山あるよ」
男は俺を樹海にあるアジトに案内してくれた。
やはり悪役が成せるわざなのか、同じ毛色の人間だと認めてくれたようだ。
奪った木箱が続々と洞穴に運び込まれた。
入口は狭いが、奥は大きな空洞になっていて、坂道を下ると地底湖があった。
「ここの水がロンモール城下町に流れていくらしい。ここで小便するとスッキリするぜ」
男は下卑た笑い声をあげて、洞穴の一部屋に俺を入れると鉄扉に鍵をかけた。
「少しここで待ってろ」
まるで囚人のように独房に置き去りにされる。
「おとなしく待つわけにはいかないな」
足音が遠くになるまで待って、ダイヤを取り出した。
扉を通り越して通路に出ると、アンカシエル商会のアジトを忍び足で歩く。
ランプの光しかない暗い道が好都合で、来た道から奥まで進むことができた。
――と、突然部屋からうめき声が聞こえた。
男の苦しむような声が、くぐもって耳に届く。
微かな音を頼りに部屋を割り出すと、最も奥に位置する鉄扉からだった。
「どこかで、聞いたことがあるような声だ……」
ダイヤを投げて部屋に入った瞬間、深緑の羽が鼻先をかすめた。
「ん? なんだ?」
人間離れした低い音がする。言葉ということは分かるが、聞いたことのない音だった。
俺は一歩さがると、目の前に二本足で立つ大鳥の怪物がいた。
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