第36話 異才の進化

「ラーム、彼女がマリアだ」


 俺は一日の授業を終えたマリアと、食堂に入り浸っていたラームを呼び寄せた。


「初めまして、マリア・ユークリッドです」


 ぺこりと頭を下げると、少し腹のでたラームが大仰に手を上げる。


「やあ、あたしが異才の伝道師ラームだよ」

「よろしくお願いします!」


 マリアは再度、丁寧に腰を折る。

 エルピスの特別講師だったということで、ラームのことを凄い人と勘違いしているかもしれない。


 いまのところは、居候している食いしん坊の非常勤講師だ。


「それで、マリアの異才はどうだ?」

「どうだって言われてもな~。もう少し見させてもらわないと~」

「嘘つけ、俺に会ったとき、速攻で見破っただろ?」


 ペロンと舌を出したので、つかんでやろうかと思った。


「『癒しの手』……触れている間、最近受けた傷があれば、傷を修復できる異才」


 俺の愛椅子に座って、神妙な顔つきで告げる。


「さすがだな。出会っただけで分かるとは」


 そこは俺も素直に認める。


「それで、異才は成長しそうか?」

「そうだね。あと二段階はいけるかも」

「すごいな……これからまだ進化するのか?」


 俺の『宝石使い』はすでに最終段階になっていた。ラームからもこれ以上の成長はないと言われている。

 『お金の力』から『銭投げ』を経て、いまの『宝石使い』に至るわけだが、進化の度に圧倒的に使いやすくなる。


「それで、どうやったら……またトランプとか、ボードゲームか」

「えっ?」


 意味が分からないマリアは声を高くする。


「異才を成長させるためには、ラームと一緒にいればいいだけなんだが、適当な遊戯をするとより効果的らしい」


 マリアにそう説明すると、ラームが椅子から立ち上がる。


「いや……そういうわけじゃないよ」


 チッチッとラームは偉そうに指をふった。


「一番は一緒に寝ることだよ。頭の中の想像力を有効活用みたいな……寝ているときに刺激されるんだよ。きっと……」


 確かに、ラームは俺と一緒に寝ようと誘っていた。……変な意味ではなく。

 だが、俺は当時警戒していたので、それを許さなかった。


「マリアは授業や特訓で忙しいからな。どうだ、一緒に寝るか?」


 俺の問いに、マリアは耳を真っ赤にした。


「えっ? ラーム先生と一緒に寝るんですか。ど、どうなんでしょう、兄と両親としか一緒に寝たことないので……寝れるのか、緊張します」

「大丈夫だよ、私はマリアちゃんみたいな、かわいい子は大好きだから」


 その言葉にすっかりマリアは怯えてしまった。


「こら、ラーム。マリアは純真なんだ、変なこというな。ちゃんと仕事だと思ってヤレ、じゃないと野に放つぞ!」

「ひどい!」


 ラームはどこから持ってきたのか、ハンカチの端を噛んでみせた。


 そうして、ラームは学生の中で唯一の異才持ちであるマリアと、影のように一緒に行動した。


 授業のときも、食事のときも、寝るときも。

 ラームはお茶らけた性格なので、マリアとすぐに仲良くなった。二人はよく喋って、マリアも笑顔が増えたように思えた。


 書斎前の庭で、マリアがよく練習をするようになった。


「理事長はいらっしゃるみたいですけど、勝手に使っていいのでしょうか?」

「いいって、どうせ部屋なんて余るほどあるんだから!」


 ラームが相変わらず適当なことを言っているのが聞こえた。

 マリアは真面目すぎるので、丁度いいのかもしれない。



 そうして三日経ったある日、ラームが再び書斎にやってきた。


「マリアちゃん、異才のレベル上がったよ」

「おっ! めちゃくちゃ早いな。それで、どんな異才になったんだ?」


 ラームは少し浮かない顔をしている。

 まさか、弱くなったとかないよな……。


「『自己修復』っていう異才なんだけどさ……。自分が傷ついた場合は、『癒しの手』より格段に早く修復できる力が追加されたんだけど……」

「おお、いいじゃないか」

「あたしゃ心配だよ」


 ラームが力なく俺の愛椅子に座る。


「どういうことだ」

「マリアちゃんて、本当に一直線なんだよね。今はいない、お兄さんの背中を追って」

「知っている。彼女の兄は勇者だった……」

「その兄の背中を追って、これ以上の無理をしたら、精神を病んでしまわないかだよ」


 ラームの言った通り、マリアの特訓は過酷を極めた。

 『自己修復』により格上の相手と戦うことが出来るようになり、マリアは園外の森林地帯に入っては、無謀な挑戦を続けた。


 強力な魔物と戦うことで得られる経験値は大きい。しかし、重症の痛みがゼロになるわけではない。常人なら立ち直ることのできないような痛みも、もろともせず戦い続ける。その一方で、マリアの精神はすり減っていた。


 ――しかし、幸運なことに、ラームは彼女の精神を癒してくれた。

 ときには教師のように、ときには友人のように。

 彼女は『自己修復』を得てから、急成長を遂げ、バクラに迫るほどになっていた。


*


 ロンモール騎士団は正門広場のひとつ奥の区画にあった。

 平行四辺形の建物の角に入り口があり、不思議なことに警備がいなかったので、奥まで入ってみる。


 建物の中央は、中庭になっていた。

 兵士たちが演習を行っていて、オルディネスが兵卒を叱り飛ばしていた。

 叱られた若い男は、激励と受け取ったようで大きく返事をすると隊列に加わって、訓練に戻っていく。


「あの、ここはロンモール騎士団ですが、どちら様ですか?」


 建物のなかでようやく騎士の一人に会った。


「オルディネス殿はいらっしゃるか? ガイム・ランドレーが来たと伝えてもらえないか?」


 オルディネスと聞いて、騎士は機敏な動作になって、彼を呼んだ。

 どうやらオルディネスはかなり顔の広い人物のようだ。


 ランドレー学園で俺の名前を聞いて、分かる生徒はいるのだろうか……。


「やあ! ガイム理事長、こちらへ!」とオルディネスが稽古を切り上げて、部屋に案内する。


「それで、どうですか? 立候補の方は?」


 部屋に入るなり、汗を拭いながらオルディネスは俺に詰め寄った。


「ああ……。考えたんだが、立候補することに決めたよ」


 オルディネスは一歩さがると、頭を下げた。

 俺が議員に立候補すると決めた理由は、ロンモールの政治の退廃にあるが、それだけではなく、リドー校長の無念もあった。

 エルピスの惨劇は、町と学園の防衛という点でロンモール地領である議会の十分な支援があれば、あれほどの死者はでなかった。


 俺は遺族らの弔問を続けるうちに、エルピスの惨劇について何度も事実を見直した。


 ロンモール城の守備とエルピス学園の守備の差は大きく、国から派遣された出兵費用は納めている税金の十分の一にも満たない。

 リドーはそういう事実にいち早く気付き、国との決別に備えていたのかもしれない。


「騎士団の票は任せてほしい。しかし……ヤーヌスには無視できない巨大な支援者がいる。彼らから、どのように票を奪うかにかかっていると思うのだ」


 古くからある行商人の集まりが、ヤーヌスのバックにいることは、ジャージルで調べがついていた。


「ヤーヌスを支援しているのはロンモールにある商会だな」


 オルディネスは頷いた。

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