第34話 ブラックダイヤモンド
次の日、マインガザルのギルドハウスに向かった。今回はラームも一緒だ。
「ま、疑う訳じゃないけど。約束を違えないかあたしもついていく」
ラームは、俺がまた鉱山に行かないかを懸念しているようだ。
「もしブラックダイヤだったら、絶対、また採掘に行きそう」
手に入れた場所が鉱脈に近いわけだから、たしかに、同じ場所を掘りたくなる気持ちが芽生えるかもしれない。
そんな風に気が変わってしまうのを防止する気だ。
ラームにとってマインガザルの生活は、心底うんざりするものだったのだろう。
マインガザルのギルドはロンモールより質素だ。扉はないし、風が吹き抜けて受付カウンターに砂粒が落ちている。キャンプ場にある共同炊事場を思い起こした。
「これを鑑定してほしいんだが」
受付係は肌が真っ黒に焼けた、鷲のような鼻の男だ。カウンターに石を置くと、ためつすがめつ眺める。
「ん、なんだこれは。ああ……石英ガラスだろ」
「かもしれんが、ちゃんと鑑定したいんだ」
「鑑定料は高いぜ、もったいないと思うけどなぁ」
鷲鼻は眉をつり上げて、俺の石を小馬鹿にした。
大きなお世話だ。
ハズレのたびに毎回嫌みを言われるのかと思うと、この受付係の世話になりたくないな。
一瞬、メリコンの顔が浮かんだ。ギルドの受付係っていうのは、なんでこんな変わった奴ばかりなんだ?
「さっさと鑑定してくれ」
「はぁ、分かったぜ」と、鷲鼻が石を手にもったとき、表情が固まった。「ちょっとまて、これ……もしかして、ダイヤじゃないか?!」
握ったまま固まり、声を大にして叫んだので、周りのギルドメンバーがぎょっとする。
「い、いや、鑑定しないと分からないだろ?」
俺は鷲鼻をなだめた。
「いやいやいや……この熱の伝わりかた、間違いない。ガラスはひんやりするもんだが、こいつは触った途端に熱を持っている!!」
鷲鼻は丁寧にもう片方の手のひらにのせた。
俺ははやる気持ちを抑えて、何でもないふりを装うが、心臓がバクバクいっている。
「まあまあ、ただのガラスかもしれないし。こんな大きいダイヤなんてあるか?」と今度は俺が逆に石を小馬鹿にする。
「この結晶の透明度。重さ。ダイヤだな、しかも、中心部はブラックダイヤになってやがる。まさに百年に一度の大物だ!」
鷲鼻が囃し立てるので、俺はごくりと喉を鳴らす。
マジかよ。それぜんぶダイヤ?
ヤバイやつだな……!
『宝石使い』だからか? 『宝石使い』だから、すごいのが手に入っちゃうのかな?
ヒャッホーー!!
「と、とりあえず、鑑定を早くしてくれ」
「わ、分かった!」
鷲鼻は慎重に鑑定室へ運んでいった。
――そうして、一時間が経った。
あいつは鑑定室に入ったまま戻って来ていない。
「持って逃げられたんじゃ?」
ラームの言葉に焦ったが、部屋をカウンター越しに覗いてみると、あいつの顔が見えた。
かなり深刻そうで、眉間に皺を寄せている。
まさかあれだけ騒いでおいて、ダイヤじゃなかったとか……。
そのとき、鑑定室のドアが開いた。
鷲鼻はお盆のようなものを持っていた。背筋を伸ばしてゆっくりと、まるで結婚式の指輪みたいに俺の石を持ってくる。
盆の上には、小さな四角い座布団があり、そのうえに石が置かれている。
俺は確信した。
ブラックダイヤだ……。
置き方ひとつで見え方はこうも変わるのか。葛餅なんかに見えていたが、いまは神々しいオーラさえ見える。
「お待たせしました……間違いなく、ダイヤモンドです。そして、中心部はブラックダイヤになっています」
人格が変わってしまった鷲鼻のアナウンスを聞いて、「おおーっ!!」と、なぜかギルドメンバーから歓声があがった。
石はカットしてもらい、ダイヤとブラックダイヤに分けてもらう。
ついでにギルドのクエストも完了させて、俺はランクAに昇格した。あとひとつ上がれば、アルケインと同じ最高ランクのSとなる。しかし目的は宝石集めなので、これ以上上げるつもりはない。
俺は掘り当てたダイヤを使って、ランドレー学園に戻った。
「すっごい異才だね……超便利」
校庭まで一瞬で移動したラームは驚いていた。
「こいつをちょっと試してみたいんだが」
俺はさきほどカットしてもらったブラックダイヤを取り出す。
マインガザルでは、多くの宝石店があったが初めてみるような宝石はなかった。おそらく、これが宝石と言われる類のもので、最後の宝石になるだろう。
初めて新しい宝石を使う時は、何もない広い場所で投げるようにしている。
ジャージルがいつも暗器の練習で使っている、人の大きさの人形をグラウンドの中央に設置した。
「うへーっ。樫の木材なのに、使い込んでるね」
人形には深い傷もあり、ジャージルの技の強さが窺える。
「ジャージルが愛用している稽古台だからな」
俺はそれに向けてブラックダイヤを投げた。
音もなく、真っ黒な墨を垂らしたような黒い空間ができた。
人形は黒い空間に漂っているが、特に壊れたりはしない。
じっと見ていても、何も起こらず、ラームと一緒に首を傾げる。
「何も起きないな……」
「なんか投げてみようよ」
ラームはグラウンドの小石を人形に投げると、石は黒い球状の境界線の手前で弾かれた。
「もしかして……」
俺はルビーを取り出すと、紅蓮の炎を発射する。
人形に炎は届かず、焦げ跡ひとつ付かない。
近づいて人形に触れようとしても、強固なガラスに覆われているかのように、触れることができなかった。
「これは、亜空間みたいなものだな……。一切の攻撃を受け付けない。バリアみたいなものか」
「でも、これ、どうやったら人形をもどせるの?」
俺はダイヤモンドを使ったときのように、なんとなくイメージしてみる。亜空間が閉じて人形が現れるイメージだ。
すると、黒い空間が閉じて、人形ごと消えてしまった。
失敗だな……。
ブラックダイヤは希少だからな、実戦に近い形で使ってみたいな。
「地味だけど、守りの宝石は初めてだ。これはかなり使えるから練習したい。ちょっとラームそこに立ってくれないか」
「嫌だ!」
ラームは食堂に行ってしまったので、俺は人間以外の生き物を探すことにした。
消えた人形のことは、あとでジャージルに謝っておこう。
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