第32話 採掘開始

 翌日の昼下がり、俺は同じバザールの同じ席に座っていた。


 俺がやったことについて、すでにトルネリオ領まで噂が広がっていた。

 ジャバックの鉱山は閉山となり、おそらく半年近くは再開の見込みが立たないらしい。労働者や労働者を客とする人々は、すでにトルネリオ領への移動を開始していた。


 いまジャバックに残っているのは、ジャバックの一味とその取り巻きだけだ。

 もともと犯罪が多く、ジャバック一味も治世を怠っていたので、離れる善良な民は多い。

 そしてマインガゼルを取り囲む三つの豪族のうち、まだマシなトルネリオ領で働きたいと思うものは多かった。


「お見事」


 黒髪に褐色のサラ・トルネリオが、いつの間にか俺の前に座ると、乾いた拍手をして見せる。


「まさに理想的。誰一人殺さず、半年間も鉱山からの資金源を断った。しかもたった一日で」

「……要件は果たした。今度はそちらの番だ」


 サラは蛇腹のポーチを開いた。ポーチは各仕切り毎に、手形などが几帳面に納められていたが、そのなかで一番端にある懐中時計のようなものを取り出した。

 銀板が両面に貼ってあり、針は動いていなかった。円盤の端にボタンが一つだけついていた。


「これが鉱山の通行許可証」


 テーブルに置かれたそれを手に取ると、裏側に鉱山の名前が彫られていた。


 『トルネリオ領 ファライドロック』


「ファライドロックはそんなに大きな鉱山じゃないんだけど、地下に掘れば結構いい宝石が採れるんじゃないかしら」

「一山くれるってことなのか?」

「そう。その山でブラックダイヤが採れたのは半年前。ああ……労働者とかは奴隷商人から買うなりして、自分で用意してよ」

「奴隷は買わない」

「まあ、持ち主が化石にならないように注意してね」

「このスイッチみたいなものは?」

「スイッチを押したら周りの空気中の酸素を測るの。でもあまり期待しないで骨董品だから」

「なるほど」

「鉱山を横に掘り過ぎて、ほかの鉱山を間違えて掘らないようにね。それと、空気の穴は開けるように。すぐに窒息死するからね」

「分かった」

「ああ、それと、鉱脈を見つけたらなるべく上に掘った方がいいわよ。下に掘ると、酸欠になって死ぬかもしれないから」

「……かなり丁寧に説明するんだな」

「だって、学園の理事長がうちの鉱山で生き埋めになったら評判が落ちるじゃない」


 昨日とは打って変わって、サラは俺をじっと見て興味津々だ。

 豪族っていうのは本当に分かりやすいぐらい、欲求に一直線だな。


「あなたの学園って魔王を倒すためにあるんでしょ? 魔王が居なくなってくれたら、わたしも魔物退治に費やすお金が抑えられる。だから、応援はしているわ」


 サラはサンダルを脱ぐと、俺の脹脛に足裏を這わせた。ゆっくりと股間をめがけて太ももを上がっていく。


「仕事は終わった」


 俺は立ち上がって、サラの誘惑を払った。


 正直なところ、豪族の女主人を相手にするなんて、あとが面倒過ぎる。それにフェリシアの冷ややかな笑顔が脳裏をよぎった。


「あら……もしよければ、ディナーでも一緒にしない? 祝いたい気分なの」

「ご厚意はありがたいが、ツレがいるんでね」


 ポケットに通行許可証をしまうと、テーブルを離れた。

 しかしふと、サラがなぜこれほど自分に好意を抱いているのか不思議に思う。


「サラ・トルネリオ。マインガゼルを支配しても、魔物が存在する限り、人は自由になれないぞ」


 俺はサラを見下ろす。

 サラは魔王や魔物に何かしらの因縁があるように思えた。俺に興味を抱くのもきっと魔物への恨みが原因なのではないか。


「もし、魔王を倒したいと思うのなら、学園に来てくれ」


 サラはどこか一点をみて、俺とは目を合わせなかった。サラの口からは何も出ず、俺はサラを置いて、宿屋に戻った。



 翌朝、ファライドロックの坑道入口を前に、俺は少なからず興奮していた。


 小さい山? いやいや……。

 山の高さは八百メートルほどあり、坑道もかなり大きい。

 これは、いきなりブラックダイヤがでるかも。


 ブラックダイヤはこの世界ではかなり希少で価値が高い。

 値は同じ品質のダイヤと比べると、十倍はする。

 それに『宝石使い』として、どんな能力がブラックダイヤにあるのかも気になるところだ。


 昨日のうちにそろえた採掘用具を装備して、俺は坑道の中に進んだ。


 途中で許可証のスイッチを押すとメーターがぐるりと回り、緑の色に光った。


「問題なさそうだな……たぶん」


 一応、すぐに脱出できるようにダイヤは携帯している。採掘は初めてなので、道具屋で色々聞いて、安全面に配慮しているつもりだ。


 奥まで進むと木製のエレベーターがあった。

 もちろんエレベーターとは似て非なるもので、滑車がいっぱいついた手動式のエレベーターだ。


「くっ……固い……」


 湿気のせいもあるのか、汗がダラダラと腕を伝う。

 滑車が錆びていて、なかなか重かったが、やっとのことで床が上がり上層にたどり着く。


 壁に光をあてるとキラキラと何かが光った。


「水晶か?」


 小さな鉱物が乱反射しているようだった。土の色も褐色になり、期待が高まる。


 メーターのスイッチを押すと、オレンジ色に点滅した。

 たぶんこれ以上は進まない方がいいかもしれない。


 俺は横に向けて穴を掘ることにした。

 つるはしを振りかぶって、壁に突き立てる。

 ボロボロと脆く、壁が崩れた。


 ガラスのようなものが白く見えるが、光源が弱いのでもどかしい。


「フェリシアがいてくれたらな」


 『暁光の女神』が発する光で、これが何なのか分かるのだが。


 ただ非常に小さいので一旦スルーして、もう少し掘り進めてみることにした。


 二十メートルほど進むと、不意に上から土が降ってきて崩れたので進むのをやめた。ここから掘り進めても天井が落ちてきそうなので、天盤を張って坑木で支えないと危なそうだ。


 集中力が切れて、ふとメーターのスイッチを押すと赤に点滅した。


「やばい!!」


 確かに呼吸の回数が増えて、酸素が薄い気がする。

 鉱物が含まれていそうな、有望な土くれを袋に貯めておいたので、それを担ぐとダイヤを飛ばした。


 一瞬でファライドロックを脱出する。

 外で息をすると、肺が喜んで、血が全身を駆け巡った。


 酸素うめぇー!


 どれだけ薄い酸素の中にいたか思い知った。

 俺はとりあえず、運んできた戦利品の土袋を洗い場に持って行った。

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