第31話 トルネリオの要件

 指定された場所は昼間のバザールの中心部だった。

 色とりどりのテントがあり、生活雑貨が所狭しと並んでいる。細い通路は人の肩が触れ合うほど混雑して、大勢の人が売り買いをしていた。


 そのなかにポツンと立っていると、買い物かごを腕にかけた女性が声をかけてきた。


「今日は何を買いに来たの?」


 見ると、目以外はほとんどを布で包んでいる女性だった。

 しっかりと紫のアイシャドウを塗っていて、目だけしか見えないが、若くて気が強そうに思えた。


「ブラックダイヤを買いに」


 俺は女の質問に答えた。


 たぶんこの女性がトルネリオの使いの者なのだろう。


 女は喧騒のなかを歩きテラスのテーブルについた。俺も遅れて座ると、女がじっと俺を観察する。


「あんたが噂のガイム・ランドレーね」

「ああ、そうだ」

「私はトルネリオの幹部で、サラっていうの」


 サラはすでに注文をしていたのか、テーブルに紅茶が来るとカップを持ち上げた。

 口を隠していた布を下げると、鼻から口までが見える。褐色の肌で、目尻や下唇に宝石をつけている。


「ガイム・ランドレー。スラム街のギャングを倒して、そこに学園を創った男。でも思ってたのより弱そう」

「それは残念だったな」


 サラは本当に残念そうに冷めた目をバザールに向ける。それを尻目に、俺は話を続けた。


「君が採掘の権限をもっているのか?」

「もっているわよ」


 女性は即答する。


 しかしながら……すごい雑踏の中なのに、よく平然と紅茶なんか飲めるな。


 テーブルは壁際ではあるが、すぐ横を人や馬車がひっきりなしに通っていた。


「それで、ブラックダイヤを採掘したいんだが、どうすればその採掘権が手に入るんだ」

「簡単よ。ジャバックのかしらを殺してくれたら手に入る」


 冴え冴えしく冷たい目だ。サラはどこか遠くを見ていた。

 俺はジャバックの頭目が、そもそもこの町にいるのかさえ分からなかった。少し考えただけでも、大変な手間と時間がかかる。


 それに――。


「殺しはできない。そいつには恨みなんてないからな、俺からしたら他人だ」


 サラは紅茶を飲みながら小さく笑った。


「ちょっとした冗談よ。でも、意外にあなた使えそうね」


 無理難題を言ってどんな食いつきかたをするか、試したのだろう。

 狡猾な狐のような笑みを見せて、俺をあざ笑った。


 ジャバックの頭目を殺せなんて、普通の奴からしたらとんでもない話だからな。


「本当にやってほしいのは、ジャバック側の主要坑道三つの破壊。ジャバックが数ヵ月は採掘できないようにしたいの」

「三つと言えば、ジャバックの坑道全てだ」


 酒場で時間を潰した甲斐があった。

 つまり、ジャバック側の鉱山の儲けをほとんどなくしたいということだ。それにより、トルネリオとカムシールは随分と状況がいい方向に向かう。


「あら、そうかしら……」サラはとぼけて、相変わらず澄ました顔をしている。「まあ資金繰りが困るぐらい派手にやってほしいの。やり方はあなたに任せる」


 俺は理事長という立場柄、様々な要職の人物と話し合う。

 今までいくつか失敗しながらも、学んだことは多い。


 学習の中で、俺は手安い依頼というものがいかに危険かを知っている。

 向こうは手安く簡単な依頼だと思っているかもしれないが、実際はとんでもないリスクを背負わされていることがある。


 そういう時には一度、丁寧に分からせてやる必要があるのだ。


「この依頼は、このマインガゼルの情勢が変わるほどの大きな仕事だと俺は考えている。そしてジャバックは、必ず坑道を破壊した奴を総出で探して報復するだろう」

「……なるほどね。確かに、報酬としては安すぎるのかしら」


 サラは眉を上げて満足そうな笑みを浮かべると、周囲に何か目配せをした。

 通りを歩いていた人々は急にいなくなり、バザールの店員たちも男たちに連れていかれる。


 砂だけが舞い、しんと静まったバザールは先ほどまでの騒々しい様子が夢のようだった。

 がらんとしたバザールの隣で、俺はサラとテーブルを挟んでいた。


 サラは顔を包んでいた布を取ると、長い黒髪が腰まで落ちる。


「改めまして、私はサラ・トルネリオ。ランドレー学園の理事長が来てるって聞いて、直接会ってみたくなったの」

「ということは、君がトルネリオのボス?」

「ボス、というか世話係みたいなものかしら。まあヤンチャな子供たちの世話をしている感覚」


 サラはひどく魅力的な人間に思えた。気さくそうで、話し始めればどんな話題でも居心地よく話せるような気がする。

 と同時に底知れない化け物と出会ったような感覚でもあった。測る物差しがないとき、それは怪物のように目に映るのだ。


「ジャバックの報復については、私が目の黒いうちは天地天命にかけて、あんたと、あの占い師に及ばないようにする」

「学園にも」

「もちろん、学園にも」

「もし、約束を違えるようなことがあったら、トルネリオを潰すからな」


 俺は脅しの類はあまり好きではないが、相手が相手なので念押しすると、サラは目を白黒させて顔を強張らせる。


「わ、わかったわよ」


 ――マインガザル、ジャバック領。


 深夜、主坑道から人が全員出た後、俺はダイヤで主坑道に入った。

 あまり役に立つかどうか怪しんでいた宝石を取り出す。

 茶色に輝く琥珀だ。


 琥珀は地属性で地震や地割れを起こす性質があった。戦闘では使いどころがなく、あまり練習していない。


「琥珀だけがランドレー家に沢山余っていたからな……。これだけ使えば、閉鎖に追い込めるだろう」


 俺は琥珀を握りこぶしいっぱいに掴んでばら撒く。


 ――ゴ、ゴゴゴゴ……。


 天井を支えていた支柱が折れると、坑道に沿って大きな地割れが走る。

 瞬く間に天井が崩れ、ジャバック領の鉱山が地滑りを起こす。

 俺は慌てて瞬間移動で脱出した。

 

 山で琥珀を試したことがなかったので、少し量を間違ってしまった気がする。平地で琥珀を使うのと山で使うのとでは、威力が格段に違っていた。


 外から鉱山を見ると、第一坑道はおろか、第二、第三まで形は無くなり、真っ白な砂埃が山全体を覆いている。

 もはやジャバック領の鉱山は再起不能のように思えた。

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