第30話 ラームとの邂逅
ラームは俺に気付くと、水晶にかざしていた手を下ろした。
「ガイム様!?」
黒いベールの奥の目が丸くなり立ち上がる。
ラームは気を取り直して周囲の客に目をやった。
「今日はここまで。みんな帰って! ごめんね~」
ラームが人払いをすると、客たちは悪態をつきながらも店から出ていく。
「あんたたちも今日は帰って」
暗がりで気付かなかったが、ラームの後ろのカーテンに二人の用心棒がいた。
ラームの言葉に従って、彼らも天幕から出ていく。
「用心棒をつけていたんだな」
「そうなのよ。以前、暴漢に襲われそうになって」
ベール付きの帽子を脱ぐと、銀色のショートヘアと青い瞳のラームがいた。
少し日焼けをして褐色になっているが、変わりないようだ。
「相変わらずだな」
「ガイム様……!」
ラームは改まった様子でぎこちない笑顔を見せた。
「どうしてこんなところに?」
「……エルピスで色々あったあと、ロンモールに行こうとはしたんだけど」
「なぜ……」
「その……」とラームは少し迷ってはいたが、やがて覚悟を決めたかのように頷く。「じつはあたし……魔物と人間のハイブリットなんだよね」
「え……?」
エルピスで無惨に人の命を奪う魔物を思い出した。
「まさか、人を食ったりするのか?」
「違う違う! あたしは人を食べたりなんかしないし、食べたこともないよ! 魔物が嫌でしょうがなくて森に逃げてたの。人間と同じように生活したかったの」
学園生活の中でラームは付き人だったし、人を傷つけるようなことはしなかった。
「そうだよな……」
「いつか言おうとは思ってたんだけどさ。もう、いまハッキリ言わないとね……」
ラームは着ている服を脱ぎ始める。
小麦色の肌と対照的に、白い肌があらわになり、着ていた服がすとんと足元に落ちた。少し恥じらいながらも、俺に体の隅々を見せる。
「な、何を?!」
「人間との違いは、ココとココ」
両腕と両太ももには赤い紋様が浮き出ていた。明らかに刺青ではない、ラームの呼吸に呼応して発光する生体めいた不思議な紋様だ。
「あと、コレかな」
ラームはお尻を向けると、尾骨には真っ黒な尻尾がついている。先端は矢尻のように尖っていた。
俺にしっかりみてもらうように、くねくね動かした。
「サキュバスなのか?」
「いやーあたしもよく分からないんだよね。親の顔を見てみたいわ」
「しかし、ほとんど人と変わらないな」
「まあ、そうなんだけど……」
ラームは服を着ながらトーンダウンする。
「魔物側の奴だって思われて、捕まったり、酷いことされないかなって思うと、怖くて……」
俺は以前に、ラームが魔王軍のボスであるということをスマホで知っていた。
まさか人間と魔物の混血だとは思っていなかったが……。
俺はラームと注意深く接してきて、どうしても魔物側とは思えなかった。人と同じように人のことが好きだし、人の命を奪う魔物を憎んでいた。
「俺はラームの言うことを信じる」
「ありがとう……」
ラームはポロポロと涙をこぼして、ニッコリと笑った。
「じつは最近、新しく学園を創ったんだ。ラームは学園の教師に戻りたいか?」
「できれば……戻りたいな」
「よし、すぐには戻れないかもしれない。俺がみんなを説得してみるよ」
「ありがとー! さすがガイム様! 尻尾、人に見せたの初めてだから緊張したー」
そのとき、三人の男が天幕に雪崩れ込んだ。
「動くな!」
クロスボウを構えて、ラームと俺に照準を合わせる。
いったい何だこいつら……。
そこらへんのゴロツキじゃないな。身のこなしかた、クロスポウも手入れがしっかりされている。
さっぱり意味が分からなかったが、俺は反射的にダイヤを手にしていた。
しかしラームとの距離があり、自分だけ瞬間移動して、ラームを置いていくわけにもいかない。
「占い師はお前だな?」
男の質問にラームは頷くと、もうひとり、軽装の防護服を着た男が入ってくる。
「俺はトルネリオの者だが、あんたのせいでうちの労働者がどんどん減っててね。悪いが、ここで占いは辞めてくれないか」
「あ、辞めます。はい。マインガザルで商売はしません」
ラームは即答した。
あまりに早い回答だったので、格好つけて入ってきた男は少し拍子抜けしたみたいだ。わざわざ用心棒二人が帰ったのを見計らって、突入してきたのだろう。
「もし嘘だったら、そのときは覚悟してくれや」
「いえ、本当に辞めます」
ラームの歯切れのよさに、リーダー格の男は小さく頷いて納得した。
「ここに用はない。帰るぞ」
手下に命令すると、男たちはクロスボウを下ろして、背を向ける。
「ちょっと待て」
俺は出ていこうとする男を呼び止めた。
「ああっ?」
「ここでブラックダイヤを採掘したいんだが、何か情報はないか?」
顔をひしゃげた男は、少し考えた。
成り行き上とはいえ、ラームは店を潰したんだ、少しぐらいネタをくれてもいいだろ。
「うちの採掘場からたまに出るよ。でも、あんたなんかにブラックダイヤは買える値段じゃねえよ」
「タダで掘らしてもらうことはできないのか?」
「はははっ、冗談だろ。まあ個人的な採掘場はあるが、許可された奴だけだ」
「許可をもらうにはどうしたらいい?」
俺が質問を続けると、男は近づいてきて顔をぬっと突き出す。
「あんた、これ以上うちらに関わるつもりか?」
酒場の噂話でもブラックダイヤはトルネリオ領のほうが採れるということだった。
定期的に鉱物を得るためには、三つの豪族のうちどこかと繋がりをもつことになる。
そうなるとトルネリオ領のほうが他の二つよりましに思えた。
「ああ、俺はガイム・ランドレーっていうんだ。あんたが言っている個人的な採掘場に興味がある」
「肝の据わった奴だな。いいぜ……」
男は俺が泊まる宿屋に使いを寄こすといった。
どうやら個人的な採掘場について許可云々の権限を男はもっておらず、アジトに帰ってから上に話を通すらしい。
その日は俺たちはマインガゼルで一泊した。
翌朝、起きてドアの取っ手に手を置いた時、一枚の紙が床にあった。夜のうちにドアの隙間から投げ入れられていたようだ。
簡潔に話し合いの場所と時間だけが書かれている。
俺は一人でその場所に向かった。
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