第29話 鉱山都市マインガザル

 ――マインガザル、カムシール領地。


 鉱山が集中してできた巨大な鉱山地帯はこの世界で最大の広さだ。しかもダイヤモンドから有色鉱物まで様々な宝石が採れる。

 それを囲むように、三つの町があり、それぞれの町から主要な坑道に入るための入口が設けられていた。

 俺はそのうちの一つの町に瞬間移動していた。


 町の街道はどこも砂が飛んで霞んでいる。雨が降らず、鉱山が採掘の土埃を年中出し続けているからだ。

 宝石商が軒を連ね、坑道から帰ってきた者たちから買い取った宝石を売っていた。

 しかし労働者から宝石を直接買い取る行為は、違法とされていた。


 労働者たちは、町を牛耳る豪族の息のかかった監督者の目を盗んで、採掘中に宝石を体のどこかにしまう。

 主要坑道の出入り口では、労働者たちは監督者に頭からつま先まで調べられ、すべての宝石を没収されるからだ。

 上手く隠し持ち出せても、宝石商に売るときに捕まる労働者も多い。

 捕まった者たちはクビにされるか、殺される。


 そうして血と汗を吸った宝石が、道に並んでいるというわけだ。


 町はどこか殺気立っていて、道行く人の表情は険しい。

 その理由は宝石商だけではなく、奴隷商の異様な雰囲気のせいだろう。

 道の角には首輪をつけられた奴隷がいた。

 それに乗じて、ロンモールでは禁止されている幻覚薬を白昼堂々と売っている奴もいる。


 街道は縦横無尽に作られ、まったく管理がされていないようだった。

 小道に差し掛かったので引き返そうとすると、後ろから三人の男がやってきた。


「なんか、いいニオイがするなぁ。あんたもしかして金、持ってる?」

「おれたち金のニオイは分かるんだよね」

「ここじゃ危ないから、俺たちが預かっといてやる」


 ポケットに手を突っ込んだ男たちが来た道を塞いだ。


 土地勘がないので、ちょうどいいところにチンピラがいて助かった。

 俺は後ろに下がって日陰に誘導すると、男たちはニヤニヤしながら俺についてきた。


「大丈夫だって、服までは取りやしないから」


 チンピラを人目のつかない場所まで連れて来ると、俺はフードを被った。

 三人の男どもは同時に眉をしかめる。


 まあ、そうなるか。

 すげぇ恥ずかしい……。


「お前たちにやる金はない。さっさといつものゴミ屑漁りにでも行け」


 俺は挑発すると、男どもは表情を崩して一斉に飛び掛かってきた。

 ジャングルの巨ザルやフェニックスの比にならない遅さ。


 俺は三人の腹とあごに一発ずついれて、地面に転がした。

 労働者なのか、体だけは頑強だった。


「うぐぐぐっっ……」


 一番最初に飛び掛かってきた奴の頭を掴むと、顔を上げさせる。


「この辺りで情報を集めるならどこがいい?」

「てめぇ、俺たちカムシールに手を出しやがって、あとで殺されるぞ……」


 カムシールは鉱山を支配する三大豪族の一つだ。カムシール、ジャバック、トルネリオこの三つの豪族が鉱山を支配している。


「お前たちから手を出してきたんだろ。それに、カムシールとか名乗って大丈夫なのか? お前ら本物に半殺しにされるぞ」


 こんな小物がカムシールに属しているはずはないので、完全なハッタリだ。

 男はギクリとして仲間と顔を見合わせた。


「わ、分かった。いまのはナシだ。酒場にいけ、大抵の奴らは水のみに酒場に集まる」


 俺は酒場に向かった。


 酒場は昼間なのに大勢の客で賑わっていた。酒場の規模も大きいので、まるでロンモールの議事堂にいるみたいだ。


 水の価格がロンモールの十倍以上している。

 瞬間移動を駆使して大量の水を運べば儲けられそうかと思ったが、ダイヤの消費量を考えると利益を出すのは難しそうだ。


――なんでも、ロンモールに楽園ができたらしい。

――楽園? 金持ちどもの楽園だろ?

――いや、スラムの住民が楽園だと言っていた。


 ランドレー学園の話だろうか。

 だいぶん捻じ曲げられて、ここマインガザルまで噂が広がっている。


 様々な噂話が飛び交い、ここで適当に時間を潰すだけでも十分な情報を得られた。もちろん信ぴょう性は低いが、何もないよりはマシだ。


――くそっ、全然宝石がみつからねぇ……。

――そういえば、トルネリオ側に占い師が居るらしいぜ。

――なんだそれ。


 カムシール、ジャバック、トルネリオの三つの豪族のうち、一番マシなのはトルネリオだと聞いたことがある。ここカムシールとジャバックはほぼ無法地帯に近い。


――百発百中で占い師の言う通りに掘れば、宝石が見つかるらしい。

――マジかそれ、どこにいるんだ。

――トルネリオ側の酒場の裏道だよ。

――なんだ、お前。行ったのか。

――ああ、でも宝石の話じゃなくて、牧草地帯で羊を飼えって言われたんだよ。

――はあ? なんだそれ。

――『羊飼い』の才能が俺にあるらしい。あると思うか?

――あるわけねぇだろ。バカだな、金の無駄遣いするなら俺におごれよ。

――いや、後払いなんだ。一発当てて金ができてからでいいって。

――え? マインガザルで後払いとかありえねーだろ。じゃあ……俺も行こうかな。

――やめといたほうがいい。時間の無駄だ。だって……占いに関係ないボードゲームとか、トランプとかやり始めるんだぜ……。


 ん……?

 ボードゲーム、トランプ?


 何となく聞き耳を立てていたら、奇妙なキーワードが耳に残った。


「おいっ! その話本当か?」


 俺は噂話をしている二人の男の間に割ってはいった。


「なんだテメェ!」

「俺らとやり合うのか!?」


 男たちは厳つい顔を上げて睨んだ。


「ああ、すまん。ちょっと君たちの話が聞こえてしまって。その占い師のことをもっと教えてくれないか?」


 俺はテーブルの上に金貨を十枚置いた。

 男たちは手のひらを返したように穏やかになり、占い師のことについて詳細に教えてくれた。


 ――マインガザル、トルネリオ領地。


 酒場の裏手から出て日陰の小道を行くと、石垣の途中が崩れて途絶えていた。

 その壁に『占い屋』の看板が立てかけてある。


 崩れた石を飛び越えると、小さな区画が石垣で切り取られたようになっている。

 中心に天幕があり、香の匂いが漂っていた。


 垂れ下がる布を上げて中に入ると、厚い布のせいか中はひんやりしていて暗い。

 中央で水晶に手を当てる人がいた。

 黒いレースを頭に被り、口を布で覆っている。

 目と指先だけが少しだけ見えて、おそらく女性であることが分かった。


 数名の人が占い待ちで円を描くように並んでいたので、俺もその列に並ぶ。


「カウムティアさんは、採掘よりも武器を作った方がいいですね」

「は、はぁ?」


 水晶を挟んで対面して座っていた客は、よほど見当違いの答えを占い師から聞いたのか、口をあんぐりと開けた。


「西に行きなさい。西にあるロンモールで武器を作りそれを売りなさい。あなたには『武器づくり』の才能があります」


 その占い師の声は、間違いなくラームだった。

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