第28話 ランクアップ

 ギルドではランクが全てだ。ランクを上げるためにギルドメンバーは鍛練を行い、クエストに命を懸ける。

 そしてランクが一つ上がるだけで報酬の桁が一つ増えた。


 メンバーにクエストを紹介する受付係は、初心者にとって頼みの綱になるのだろう。受付係は何千とあるクエストのなかでどれが適切かを見極める。それが不得意なものであれば、メンバーは苦戦するし、最悪は命を落とす。


 メリコンの判断で、次のランクEからはCまで飛び級させてもらうことにした。

 昇格クエストは、癒し効果のある滝の水を汲んでくるというものだった。


 本当に癒し効果があるかはさておき、メリコンいわく、このクエストを受けてからギルドに顔を出さなくなったメンバーは大勢いるらしい。


 滝がある場所は行ったことのない地域だった。そういう場所にダイヤで移動する場合は、一気に行かないようにしている。


 知らない土地はイメージしにくいので、ねらった場所に瞬間移動できないし、何より魔物群れのど真ん中だったら大変だ。

 俺は教えてもらった場所から少し離れた場所に瞬間移動した。


 森というよりはジャングルで、鳥やサルの声が木々の間を行き交い、騒々しい。

 奥に進むと、さらに騒がしくなり、どうやら俺の侵入を警戒しているようだった。


 しかしよく耳を澄ませば、滝の音がかすかに聞こえる。茂みの向こうは開けていて、滝つぼがあった。見上げれば、ブナの樹高ぐらいの、二十メートルほどある滝があった。


 わりと楽に見つけることができたと思ったら、一匹の巨大なサルが俺の横をかすめ通る。


「キャキャキャキャ!」


 アクロバティックな動きで、木の枝をつかみながら、縦横無尽に移動し、隙あれば拳で殴ろうとする。

 あんなデカい拳で殴られたら骨折は免れない。


「『未来視』で浪費を抑えないとな」


 フードを装着して『未来視』モードになると、巨ザルの動きは全て見切ることができた。


 俺は難なく瓶に滝の水を注ぐ。

 途中で巨ザルが瓶を奪おうとしても、ほんの十センチほどタイミングよく動かせば簡単に回避できる。


「オワアァ! オワアァ!」


 サルがイライラして吠えると、二匹のサルがジャングルの奥から現れた。


 サルたちは侵入者に容赦なく突進してくる。

 しかし、奴らがどれだけ殴ろうが、囲い込もうが、俺の行動を止めることはできない。

 予知された残像を見て、軽々と避けていった。


 遠くから見れば、三匹のサルとダンスを踊っているように見えたかもしれない。


 満杯になるまで注ぐと、俺はダイヤでギルドまで戻ることにした。討伐クエストではないので、サルどもの相手をするつもりはない。


 俺は滝の水がたっぷり入った瓶を、ギルドカウンターに置いた。

 ちなみに『未来視』モードは解除している。


「……お、おいっ! まさか……もう、癒しの水を汲んできたのか!!」

「ああ、サルが三匹いたがそいつらは無視した」


 メリコンは瓶を鑑定所にもっていった。ギルドにはアイテムの鑑定ができる部署がある。宝石の価値や、魔力がある物体か、などを調べてくれるのだ。


 しばらくしたら、メリコンが興奮気味に帰って来た。


「こんな短時間で、ランクEを通過した奴は聞いたことねえ!」

「じゃあ、次はランクCだな」

「分かった、ランクCでBに上がれるクエストだな!」


 メリコンは周囲の仲間に俺を指差して、なぜか自慢しながらクエストブックを持ってきた。


「おいらの勘からすると、昇格するなら、このクエストがいいんじゃないかな」


 クエストの内容は、フェニックスの尾羽を一枚以上回収することだった。


 南の孤島に巣を作っているらしく、たまに現れるらしい。フェニックスは触れる者を焼き尽くす。遭遇確率も低く、入手困難なため、尾羽はレアアイテムになっている。


「まあ、今回ばかりは長くて一カ月、早くて一週間かな。フェニックスは警戒心が強いからな」


 メリコンは自信満々にそう言うが、本当に俺に適したクエストを紹介してくれているのか怪しい。

 問い詰めたが、フェニックスのクエストが俺にとって最適だと答えるので、受けることにした。


 とりあえず移動は苦にならないので行ってみることにした。

 海岸まで瞬間移動すると、南の孤島を目視できたので、そこに向けてもう一度瞬間移動する。


 孤島は火山を形成しており、島全体が暖かい。

 幾度の噴火により植物が死滅しているのか、点々と雑草しかなかった。


 移動は苦にならないが……暑い。

 火山に近づくほど地熱の温度が上がり、汗が滴り落ちる。


 山頂近くに、木炭のような黒い塊が見えた。綺麗に積み上がって、人ぐらいの高い小山になっている。

 火口が近く、のぞけば溶岩がうっすらと見える。


 これがメリコンのおすすめするクエストなのだろうか。どうも、魔術の使えない俺には不向きなクエストだと思うが……。


 堆い木炭の山はフェニックスの巣だ。しかフェニックス本体はいない。

 少し離れた場所にキャンプをはり、様子を見ることにした。


 火口から離れているとはいえ、天幕のなかは暑い。魔術で氷でも出せたらいいが、魔力ゼロの俺には無理だ。


 そして翌日の朝。

 鴇色の羽と、真っ赤な尾をもつ大きな鳥が山のてっぺんに降りた。

 いくつかの木炭を器用に積み重ねると、その上に飛び乗りオレンジの羽を大きく広げている。


 アホウドリぐらいのデカい羽だ。

 さらに尖った口ばしと大きな爪を持っている。


 見るからに狂暴そうではあるが、美しい羽毛は貴族なんかが欲しくなりそうな、目を奪う豪華さがある。


 俺は背後に回り込むように巣を中心に周回する。

 だが警戒心の強いフェニックスにすぐに見つかってしまった。フェニックスは飛び立ち宙をぐるりと旋回した。

 すでに俺は『未来視』モードに移行しており、フェニックスの残像を追う。

 急降下して俺を攻撃してきたが、空振りさせると大きく羽を広げて空中で急停止する。


 その瞬間、真っ赤な炎が羽から上がり、俺を囲むように炎の魔術が立ち込めた。


 ただでさえ熱い火口付近で、紅蓮の炎があがり、地獄のような風景になる。

 俺は咄嗟に氷結のサファイアと風のエメラルドを握り締めたが、フェニックスの命まで奪うようなことはしたくなかった。


「尾羽を一本欲しいだけなんだ。傷つけるようなことはしたくない」


 もちろんフェニックスは人の言葉を理解するわけじゃないので、独り言に近い。

 しかし、フェニックスは何度か頭をひねると、広げていた羽をたたんだ。


「ん? 言葉が分かるわけ、ないよな……」


 近づいてきたフェニックスは自分の尾羽を一本つついて口に咥えると、俺の前に口ばしを突き出す。

 恐る恐る尾羽をつかむと、フェニックスは尾羽を離して、何もなかったかのように巣に戻っていった。


 何が起きたんだ……。

 よく分からないが、すごく賢いフェニックスだったのだろう。

 どんなときもコミュニケーションはとってみるものだな。


 燃えているかのような深紅の尾羽を俺は握り締めて、ギルドカウンターにそれを置く。


「う、うう、嘘だろ……」


 俺がギルドに入って、目があったときから、メリコンはぶつぶつ言っていた。


「まじかぁーー!! うっそだろっ! 一日でランクBにあがりおったーー!!」


 メリコンの興奮が収まるまで、俺はしばらくじっとしておく。


「じゃあ、ランクAにチャレンジするか!?」

「いや、ランクBのクエストをやりたい」

「そんな、謙遜するなって、おいらがランクAへの昇格クエストを探してやるから」

「いや……」と、俺の意見を無視して奥へ行ってしまった。


 俺の最大の目的はランクBにある鉱石採取クエストだ。

 鉱山地帯に行き、目的の鉱物を持ち帰り納品する。ギルドの許可で鉱山に入れるので、その行程で様々な鉱物も手に入れたかった。


「これなんかどうだ? あんたにぴったりだと思うけど」

「いや……だから」

「鉱石採取クエスト。鉱山都市マインガザルでブラックダイヤモンドを採掘する」

「……それにしよう」


 ――鉱山都市マインガザル。


 ロンモールから東の山脈地帯を越えたすぐにある。

 雨がめったに降らないが、いくつもの鉱山と多くの労働者を抱える都市。


 貧富の差は俺が知っている町のなかで一番だ。

 奴隷制度があり、人と水が取引されると聞く。

 支配権を握っているのは三つの豪族らしい。

 ロンモールは山脈が大きな壁となり助かっているが、他の国さえもマインガザルの貴族たちには関わらないようにしていた。


 俺はギルドの一員として、クエストのためマインガザルの鉱山に入ることを許された。

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