第26話 ランドレー学園

 学園の第一期入園試験が始まった。

 とうとう、ランドレー学園が始動する。


 正面の門を開けると多くの入園希望者が列を作っていた。


 子供から老人まで。長い列は学園を囲むようにして一周している。


 ちょっと待て……。


「これは多すぎじゃないか」


 俺は職員棟からぐるりと体を一回転させて列を確認する。

 議会での俺の発言が住民の噂になり、ロンモール城内外から人が集まっていた。


 しかし、これほどとは。


「大丈夫だ理事。いかに希望者が多くとも、試験のクリア基準は厳しい」


 アルケインは初日から行われる体力テストの準備をしていた。


「最終的には百人ぐらいになるだろう」

「なんだか、可哀想な気もするな」


 ランドレー学園に絶対入りたいと言っていた男の子を思い出した。


「学園の最大の目的は……」

「『勇者』の輩出。そのために教師が教えれる限界が百人だからな」


 アルケインは言おうとしていことを全部俺に言われて、小さく笑った。


「ところで理事、その背中にあるものから瘴気が漂っているのだが、背負っているものは?」


 俺はパームの手作りパーカーを、フード部分だけベルトで胴体に固定することにしていた。

 あまりにツノが重くて、ツノ付きフードを後ろに垂らすと首を締め上げからだ。

 ツノを収納するケースをベルトにつなげ、リュックを背負う要領でフードのスムーズな着脱を可能とした。


「ツノだよ。ユニコーンの」

「ウエッ!」


 百戦錬磨のアルケインもさすがに表情を崩して一歩引いた。



 試験は大きく三つに分けられる。

 一次試験は体力、魔術、異才の総合点数で決められる。

 体力試験はアルケイン。

 魔術試験はフェリシア。

 異才試験は俺。それぞれが試験内容と合格ラインを考えた。


 総合点が合格ラインを上回れば、宿舎で寝泊まりできる部屋が割り当てられるのだ。


 この時点でほぼ入園者は確定だ。

 翌日以降に行われる二次試験の面接と、最終試験の対面試合でよほどのことがない限り、そのまま合格となる。


「まずは体力試験」


 アルケインは試験官の厳しい目つきになった。


 ――三時間後。


 職員棟の壁に張り出した生徒個別の成績を眺めるアルケイン。


「まさか、こんなに体力が高いとは……」


 アルケインは成績表をみて愕然としていた。


「みんな凄いな。『絶対、学園に入る!』って叫んでた奴もいたな」


 アルケインが試験官というだけで、希望者は奮起する。

 鼻血を出しながらバーベルを持ち上げていた爺さんもいた。


「あらら、アルケイン先生。聞いていた話と全然違うじゃないですか」


 部屋にいた魔術担当のフェリシアが冷ややかな視線をアルケインに浴びせる。

 アルケインは口を真一文字に結んで何も言い返せない。対照的にフェリシアは静かに微笑み返していた。

 顔は常に笑顔だが内心は困っているようだ。付き合いが長くなると、なんとなくフェリシアの感情が分かるようになる。


「しょうがないですね、私がビシバシ才能の無いものは落とします」


 ――三時間後。


 成績表の前で、笑顔の消えたフェリシアが立ち尽くしていた。


「これはどういうことでしょう……」


 エルピスの授業を参考に合格基準を決めているはずだが……。

 この時点で合格ラインを越えている希望者は百五十名。


 残りの試験は異才だが、これは足切りのためにあるのではなく、異才がある生徒を見つけて脱落者から救済する試験だ。

 つまり、一次試験の合格者は予定より五十名も上回ることになる。


「すみません、なんかみんな凄く頑張ったみたいで……」


 フェリシアは申し訳なさそうに俺を見た。

 俺は知っている。

 フェリシアが試験会場に入った瞬間、希望者たちの目が輝いたことを。


 まあ、俺のフェリシアには髪の毛一本触れさせないが。


「最後は異才か」


 本当は異才の試験官をラームにするつもりだった。


 ラームの行方はエルピスの惨劇以降分からないままだ。

 エルピスの周囲や、ロンモールはもちろん、大規模な捜索を続けていたがなんの手がかりもつかめていない。


 代わりに俺が試験官をやることになっている。ランドレー学園で異才を使えるのは俺しかいないからだ。


 試験と言っても、異才があるかどうかは自己申告制で、本当に異才があるかどうかを俺は審査するだけだ。体力や魔術のない者は、この異才で可能性を確かめる者もいる。

 ゆえに、試験者は多い。


 ――一人目。


「俺は『神速』の異才が使えるぜ!」


 男が俺の前で体育館を往復する。


「どうあああぁぁぁぁーー」


 ただ頑張って走ってるだけだ。

 セインの俊足の足元にも及ばない。


「全然ダメだ。否認する」


 俺は分からせるためにも冷徹に断言した。


 ――二人目。


「わしは『予言』ができる」

「どうやってそれを証明できる」

「わしには見える。ガイム様が魔王を倒す姿が」

「それは嬉しいことだが、他にもっと直近で起きることは?」

「わしが来年フェリシア様と結婚する」

「……否認する」


 ――三人目。


「俺は『魔剣』が使えるぜ」


 男はサーベルを抜くと闇の魔術を使った。銀色の刀身が漆黒に染まる。


「それは高度な技術だな、異才とは言えない」


 異才は魔術を使わず、魔術と違った世界のルールを利用した技だ。

 俺は男に断言すると、床に唾を吐いた。

 まあスラム街にはそういう奴もいるだろう。性格がねじくれたやつだ。


 名前はバクラ・ランドギアか。

 体力の試験結果は『優秀』で、魔術は『可』になっていた。べつに異才を認めなくても入園できるレベルだ。


「勇者になるのは俺だ。この『魔剣』で四天王を必ず倒す」

「分かった。覚えておくよバクラ」


 ――四人目。


「俺はジャグリングの天才だ! 見とけよ――」

「……否認する」


 ――五人目。


「僕は、犬と喋れるんだよ。うちのチャコはロンモールで一番賢いんだ」

「そうか、友達は大切にするんだぞ」


 ――六人目。


「ガイム様……」

「? どうかされましたか?」

「好きです。……結婚してください」

「すみません、否認します」



 異才持ちなんてそう簡単には見つからない。五十人目を越えたところで、いかに自分が特異な才能なのか思い知る。


 とうとう日が暮れ始めた。


 ――五十六人目。


「よろしくお願いします」


 体育館に入った女性は、頭を下げてきょろきょろと青い目を忙しく動かす。

 茶髪のショートヘアで澄んだ瞳をしていた。低身長のやせ形で、服装は身軽な恰好だ。


「私は『治癒』の異才があります」


 魔術には傷を癒すものがあるが、それは一種の麻酔のようなもので、結局のところ身体の自然治癒に任せるところが大きい。

 純粋に即座に傷を回復させるような魔術はなかった。


 『治癒』と言いながら、麻痺の魔術に近いものを披露する入園希望者は、この時点で何人かいた。


「ま、とりあえず、見せてください」

「分かりました」


 彼女は持ってきた植木鉢の葉っぱを一枚取った。

 手を広げて千切った茎の切り口に念じると、光の粒子が茎の先端に集中して、葉脈を形作り金色に輝く。


 俺は椅子に座り直して、背筋を伸ばした。

 彼女の『治癒』に目を凝らす。


 葉の細胞が再生され、金色の光が消えるころ、元の葉っぱの形と色に戻っていた。


「素晴らしい……!」


 間違いなく異才だ。

 初めて自分以外の異才の者に出会った。いや……もしかするとセインも何かしらの異才があったかもしれないが。


 そのときハッとして、彼女の名前が書いてある成績表に目を落とした。


 ――マリア・ユークリッド

 セインの妹だ。


 長い間探していたのに、まさかマリアの方からこっちに来ていたなんて、考えてもみなかった。


「き、キミは、セインの妹だね?」

「ハイッ! 兄を……兄のことをご存じなんですか?」


 ご存じも何も、彼には命を救われた。

 しかし、今それを言っていいのか分からない。マリアはどこまでセインのことを知っているのだろうか。


「彼とは、ライバルであり仲間だった。そして魔王に立ち向かった、よき友だった」

「兄は……亡くなったんですね」


 マリアは一瞬だけ目を逸らしたが、すぐに俺と視線を交わす。

 セインに似た強い目力だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る