第24話 オルディネス
騎士団の日課を終えて、ロンモール城の指令室に入る。
いつもながら、上級士官は気だるそうな顔に見える。酒を飲んでいるのか、赤い顔で俺に次の任務の説明をした。
直属の部下たちも同席しているってのに、なんで眠そうで死んだ目をしているんだ……。
この部署ではもっぱらこの上級士官ではなく、中級士官の俺を頼って質問してくる騎士が多い。
不安になる気持ちはよくわかる。
今回の任務はランドレー学園の土地調査を行うことらしい。
ランドレー……どこかで聞いた気がするが、思い出せない。
とりあえず、ガイム・ランドレーという奴が作っている学園の建造物が、国の基準に違反しているとのことだ。
違反している場合は即刻打ち壊しにしろと。
「オルディネス、ちょっと待て! こっちに来い!」
「ハッ!」
指令室から出ようしたところを上級士官が引き留めた。
「……分かっているだろうが、あの『ランドレー学園』を議長らは嫌っている。なんでもいい……徹底的に厳しく取り締まって、強制退去させろ」
「強制退去ですか?!」
「ばか、声が大きい! だいたい分かるだろ? 土地を購入してからたったの一カ月しか経っていないのに、国の土地調査が入るなんて」
「確かにそうですね」
そして、なんで俺たち騎士団が土地調査なんかに行かないといけないのか。
それは……力仕事、つまり強制退去させろということだろう。
「議会のやりたいことを察するようになれ。お前もずっと中級士官のままじゃ嫌だろ?」
「……ハッ!」
俺は騎士を十名連れて、ロンモールの城門を通過した。真っ黒い雲が近づきつつある。どんよりした嫌な天気だ。
ぶっちゃけ、中級士官とか上級士官とかどうでもいい。
昇格すればお偉いがたの機嫌取りをしなくちゃいけないし、そんな役は恥ずかしくてできない。
いまの上級士官のありさまをみていれば、騎士のプライドを捨ててゴマすっていることが、どれだけ精神的に苦痛かよくわかる。
城壁の外に出ると最初の景色はましだが、だんだんスラム街が目立ってくる。茶色一辺倒で、子供さえも茶色に染まってやがる。
あまり見たくない光景だ。こんなところに本当に学園があるのか……。
さらに道なりに行くと、雑草が生えて獣道になる。
すると、ぽっかり空いた野原に、木製の高い塔が見えた。
「あれが『ランドレー学園』か」
ギャングが支配するエリアと道を挟んで、広大な敷地が地平線の森林地帯まで続いている。森林地帯には柵と見張り台が立ち並び、微かに人影も見えた。
「なんだか、閑散としているな……。まあ、まだ一カ月しか経ってないしな」
よくこんなギャングの縄張りに学園なんか作ったな。とんだアホな学園長だぜ。
誰もこんな物騒なところまで来れるわけがないだろ……。
いや……そういえば、このエリアのギャングは、先月捕まったって聞いたな……。
俺たちは学園に入って馬を降りると、一番手前の建物に入った。
「おおーい! 誰かいるか?」
奥から現れたのは、真っ黒な服に奇抜なネックレスを着けたぶっとんだ奴だ。
「んん? どうして騎士が……」
そいつの顔を見たとき、ある出来事を思い出した。
俺がまだ騎士に成りたてのころだった。ロンモール城内で違法なギャンブルを取り締まったとき、こいつを捕まえたのだ。
「ガイム・ランドレー……!!」
思い出した。
こいつは捕まったあとに、俺を買収しようとした金持ちのクソ野郎だ。もちろん断って、牢屋にぶちこんでやった。
「ああ、俺が学園の理事だが、何の用だ?」
どうやらこいつは俺のことを忘れているらしい。
どんだけ悪事を働いてるんだ……!
いつも賄賂を渡しているから、誰も彼も分からんのだろう。こんな奴の学園なんて、悪の巣窟に決まってる。徹底的にぶっ潰してやる!
「俺の名前はオルディネスだ。国の土地調査でここにきた。さっそくだが、入口の見張り台の高さを測らせてもらうぜ」
部下に塔の高さを測らせる。
「ギリギリ、国の基準内ですね……」
「マズイな……」
偶然にも国の上限と一致している。
「上級士官からは、強制退去させるぐらいやれって言われてんだよな」
「またですか……」
法律により非納税者は脱税とみなされ、強制退去させられる。俺たちは一般人より強いので、力ずくで強制退去させるわけだ。そんなクソみたいな仕事ばかりさせられる。
そして段々、脱税に関係のない人々を強制退去させるようになっていった。
部下は馬からハンマーを降ろした。
最悪にクソなのは、俺たちが退去させることに慣れちまってるってことだ。
「おいっ! 何をする気だ!!」
ガイムとか言う奴に耳をかす騎士はいない。
あいつは社会において貴族のゴミ屑野郎だ。貴族というだけでもイラつくのに、それに加えて性格がクズだ。
ドゴォォッッ!!
土台に会心の一撃をあたえるが、びくともしない。
「意外に頑丈だな」
「オノを持ってこい」
俺たちは流れ作業だ。
解体作業には慣れている。何も考えず、ただ目の前のものを破壊するのみ――。
オノを大きく振り上げる。
すると突然男の子が走ってきた。
手を広げ、俺たちにあからさまな敵意を向けた。
「お、おまえら! 僕たちの学園を壊すな!!」
振り上げたオノは頂点で止まった。
「ど、どうします?」
「クソ、どうなってんだ?!」
スラム街からまた子供が来て、入り口の監視塔を囲む。大人たちも走ってきた。
「なんで俺たちの塔を壊してんだ!」
「てめぇら、久しぶりに来たと思ったら、破壊行為してんじゃねえ!」
「ただで帰れると思うなよ」
スラム街の人々が鬼の形相で怒号を飛ばす。俺たちはすっかり囲まれた。
「まあまあ、私たちは国の者です。皆さん、こいつが悪党のガイム・ランドレーだと知っているんですか?」
俺の言葉は完全に無視され、なぜかガイムを守ろうとする声しか聞こえない。
一体なにが起きてんだ……。
ザアァァ――。
黒い雲から、大雨が降り始めた。
体が重く、心が軋む。
俺は一転して、声を張り上げた。
「騎士団の邪魔をする気か? 国の正式な警備隊だぞ! 妨害するものは牢獄行きだ!!」
「くっ……!」
群衆はひるむ。
何度も経験してきたことだ。
教会も宿場も酒場も……。町のシンボルを心酔してあがめる奴らはいるもんだ。
だが、俺の一言で信念は折れる。
ふと、俺の肩に手を置く奴がいた。
肩を叩かれるまで気づかなかった。悲しくてしょうがなかったからだ。
「もうそんな情けないことはやめろよ」
「……!」
ガイムの目は、俺をあわれんでいた。
見透かされているようで、俺の心は荒れた。
「なっ……なにが情けないだ! 国の任務だぞ!」
「騎士がこんなことするなよ。民衆の盾になるのが、騎士だろ?」
クソがっ……。
その通りだよ、お前の言う通りだ。分かってんだが、そうならないのが人生だろ?
お前みたいな陽気な坊っちゃんに何が分かるんだ?
「出てけよ! 俺たちの騎士様はガイム様だ!」
「あんたたちに代わって魔物退治してくれてんだよ!」
「ガイムは強いんだよ! おまえらなんて、一発だからな!」
人垣がガイムを中心に厚くなる。スラム街からまた人が走ってくる。
「どど、どうしますか? ドンドン増えて来ますよ!」
「クソッ……! ……今日は止めとこう」
ほっとしたのはスラムの人間だけではない、部下も肩から力が抜けた。
「雨が降って作業がやりにくいからな」
そうガイムに言い捨てて、俺たちはランドレー学園から出ていった。
帰り道、部下が馬の頭を並べる。
「意味が分からないですね、スラムの住民があんなに熱くなるなんて。あのガイムって奴が新しいギャングのボスですかね?」
「いや……」
あの住民たちの瞳……。
まるで騎士団に入ったばかりの、お前たちの瞳だ。
希望を宿してまぶしく、見返せないほどの真っ直ぐな瞳だった。
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