第21話 理事長として
城の客間に通されると見知った顔があった。
「ガイム様?!」
パームの声が回廊にまで響いた。
真っ赤な瞳の下に隈をつくり、ずっと俺を探していたようだ。
「よかった! 無事にここまで逃げれたんだな!」
俺は抱き寄せるとパームが胸の中で泣く。
「よかったですぅ~。ほんどうに、よがっだー!!!」
顔を離すと鼻水が出ていたので、ハンカチで拭いてやる。
まぶたを真っ赤にしたパームが、黒い箱を取り出した。
「リドー校長がぁ、もしもの時にと、預けていまじだ」
パームから受け取った箱には、書類が入っている。俺は最初の数ページに目を通した。
ランドレー家と学園の資産に関するものだった。他には、学園の権限など全部をガイム・ランドレーに移管する書類もある。
「リドーは?」
「わがりばぜん……。だれも校長が逃げるのをみだ人はいないみだいでず」
「危険を省みることなく、最期まで生徒のためにいたのかもな……」
最高の執事だ。
どこまでも生徒とランドレー家のことを考え尽くしている。
書類には学園の資産について事細かに記載されている。学生たちが支払った学費は、国に納められるが、ランドレー家がつぎ込んだものについては、資産を完全に分離してある。
丁寧で細かい作業だ。
そこには国に対するリドーの怒りさえも感じた。学園経営で得られる利益はない。権力を誇示するための趣味のようなものだ。むしろ出費のほうが多い。
国は学園から税金といって金を取り立てて、守備隊を送るぐらいしかしない。しかも守備隊を送り込む本当の理由は、学園の生徒を国の守備兵に引き抜くためだ。
ランドレー家が富豪でいられるのは、領地の収入や投資の利益があるからだった。
「ガイム・ランドレーか?」
横から青い服の文官が割り込んだきた。
俺は返事をすると、どこかを指差す。ついて来いという意味らしい。
俺たちはその文官を追うと両開きの扉の前で待たされた。
「いったい何の用だ? どこに連れていくつもりだ?」
勝手な文官にイライラした。
こういうときに『尋問官』があればな……。
「議会だよ。さあ中に入れ」
開いた瞬間、息をのんだ。
高い壇上の真正面に白髪の女がひとり、そしてその両隣を固めるように老人が二人座っている。
国の紋章が刺繍された格式高い儀式服――それは国の最高位を表す。分厚いまぶたの奥に、狡猾そうな瞳がギラギラしていた。
しかしそれよりも驚いたのは、すり鉢状の真ん中に椅子が一つポツリとあり、それを囲むように沢山の人がいたことだ。
賢老議会――ロンモールは三人の民衆の代表により重要な事案を決定する。議会は城下町にいるものであれば誰でも傍聴できた。開かれた議会をアピールするためだ。
真ん中に居るのが議事長で、その両端は議事長補佐になっている。
くそっ……何も準備させないで、騙し討ちするつもりか。
後ろを振り返ると、扉が締まり、俺ひとりが椅子に座らされた。
「魔物の襲撃により、エルピス学園は多数の犠牲者を出しました。本当に痛ましいことです」
真ん中の女が高い声を上げる。
「私たちは、魔物が急にエルピス学園を襲ったのは、あなたが新しい取り組みを行ったことが原因だと考えています。つまり引き金を引いたのはあなた」
三人の老人が俺を刺すように見下ろした。
俺は朝の会議で重役の意見を無視して、自分の意見を押し通したことを思いだした。
たしかに、もっと気をつけておくべきだった。失われた命はもどらないが……。
「どうですか? 責任を認めますか?」
声高に女は迫る。
あおられるように傍聴席から野次が飛んだ。
「なんでそんなことをしたんだ!」
「学園にいて気づかなかったのか!」
「どうやって責任をとる!」
傍聴者たちは俺を責め立てる。
そのとき、傍聴席から誰かが下りると、俺の椅子の横に並んだ。
「学園は何のためにあるのか? それは勇者を育て、魔王を倒すためだ」
知り合って間もないはずなのに、懐かしく感じた。
「アルケイン! 生きていたのか……!」
「なんとか……。しかし、逃げるので精一杯でした」
あの『尋問官』からどうやって……。
話を聞きたかったが、いまはそれどころじゃない。
アルケインの登場で野次が止まり、みなひそひそと話をする。
「剣聖アルケインだ……!」
「あの魔王と戦った!?」
「やべぇ、めっちゃ強そう」
アルケインは議長らと傍聴席をぐるりと見回した。
「私も学園出身だ。多くの知識と力を学んで魔王と戦った。しかも、昔の話ではない。ほんの数日前だ」
場内がどよめいた。
三人の議事も知らなかったようだ。慌てて手元にある書類に目を通し始めた。
たしかにあの場にいたのは、アルケインを入れた四人だけだ。魔王が現れたということを誰も知らないのかもしれない。
「学園襲撃の首謀者は魔王ということですか?」
「そうだ。私は魔王と戦ったが、前よりも奴は強く、私はまたしても退いてしまった。魔王が直接現れたということは、学園が魔王にとって脅威だったからだ! 理事の判断は間違っていない! そもそも、魔物を恐れていてどうするんだ!!」
傍聴者たちはアルケインの檄に同調し始めた。人間ならば誰もが魔物を葬り去りたい。アルケインの言葉が胸に刺さったのだ。
「衛兵! 審議の邪魔になる!」とさっきまでおとなしく脇に座っていた補佐役が、立ち上がって衛兵に捕えさせた。「エルピスの試みは失敗したではないか! 誰かが責任を取る必要がある! 生徒たちはほとんどが貴族の出だ。どのように、けりをつけるつもりだ」
アルケインは衛兵に連れられながら、議場を出る前に咆哮する。
「貴族こそ、名誉がすべてだ! 臆するなガイム理事、胸を張れ!!」
扉が閉まると、しんと静まり返り、議事長たちは俺の答えを待った。
国は学園から税金を搾り取って、責任だけ俺に背負わせたいのだろう。いいだろう、俺はもともとそのつもりだった。
だが――。
「分かった。責任は俺が負う。すべての遺族に陳謝して解決していくつもりだ」
ほっと、議事長たちが安堵のため息をついた。
「だが、エルピス学園は解体する」
リドーが残した遺産――それは、すべての資産をランドレー家と国とで綺麗に分かつこと。彼は国から独立したかったのだ。もう国は腐りきっていることを知っていた。
俺は椅子から立ち上がると、宣言した。
「俺はあんたたちの手を借りず、新しく独立した学園を再建する」
どよめく議事堂。
女議長は眉間に皺をよせ、俺を睨んだ。
「それはまた突飛な考えですね。国の守備隊もなしに? 城壁内で再建するつもりなら、それ相応の土地代をいただきますよ」
「城壁の外でやる。人は城壁の外でも生きていける」
「ハ? アハハ! 何を言ってるんですか? とんだ世間知らずの坊ちゃまですね。あそこは悪者の吹き溜まり、三日もしないうちに殺されますよ?」
腹をかかえて笑う女議長に心底ムカついた。
こいつらが本気になってスラム街を取り締まっていれば、治安の悪い状況にはならなかった。城壁を新しく建設していれば、魔物に怯えて暮らすこともなかったはずだ。
「俺は悪い学園理事長だったが、ある生徒と出会って変わった。……人には悪い面はあるが、良い面のほうがずっと強い。俺はそれを信じる。学園は周囲の人々の暮らしを魔物から守り、互いに協力し合いながら成長できる」
議事長は鼻を鳴らしたが、傍聴席の者たちは静かに俺の話に耳を傾ける。
「有能な者がいれば無償で入学できるようにする。そして魔物を倒せるよう訓練する。新たな学園の目標は、変わることはない。魔王を討伐する『勇者』を輩出することだ!」
俺の声が議事堂に響くと、傍聴席の奥から男の子が最前列にやってきた。
「僕も入れる? 剣聖アルケインみたいになれる?」
「入学試験に受かれば、だれでも入れる。階級に関係なく、年齢に関係なく」
そう男の子に答えると、何人かの大人たちが声をあげた。
「お、おれも入りたい。魔物を倒したいんだ!」
「親父の仇を討ちたい!」
「家族を守りたいんだ魔術を教えてくれ」
議事会は大荒れとなり、議事長は大声を張りあげると目を白黒させて閉会させた。
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