第20話 戦いの末に

 夜、目が覚めた。

 知らない天井があった。長い悪夢を見ていたようだ。もとの世界に戻ったのか?


 体を横にすると肩に鋭い痛みが走る。セインにつけられた切り傷があった。俺は包帯だけで、上下何も着ていない。


「起きましたか」


 すぐ横にフェリシアが寝ていた。


「はぇ……?!」


 「はい」と「へっ?」が混ざって変な声を出してしまった。


「ここは私の屋敷です。安心して寝てください」

「俺は……」

「今は何も考えないで……」


 俺は顔を上げると、窓から射し込む月の光がフェリシアの体を照す。

 人形のような美しい顔だ。

 フェリシアは起き上がり、顔を上げた俺を制して見下ろす。顔が近づいて、見つめ合うと自然と唇を重ねた。

 初めはよく分からなかった。しかし、もう一度唇を重ねたとき、理性は吹き飛び本能のままに激しく舌を絡める。


 フェリシアは上着を脱いだ。胸の下着を外すと、シルクのような豊満な胸が俺を圧倒する。俺はフェリシアの下半身の下着を脱がした。

 フェリシアは俺の股間を跨ぐと腹部に手を当てて騎乗する。


 ゆっくりと腰を沈めた。


「ううっ……」


 想像以上の痛みだったのか、耐えられず声を出しながら腰をおる。俺の胸にすがり、苦しげに声を抑えた。

 俺が本能のままに動くと、それに応えるかのように小さく声をあげる。

 何度も繰り返すうちに、俺の包帯がほどけた。


 フェリシアは俺の肩の傷を舐める。代わりに俺はフェリシアの腕を巻く包帯に口づけした。

 キスをするたびにフェリシアは淫らになり、そして互いに他の場所も舐めあった。


 まるで獣のように体を確認し合いながら、ひとつになった。



 朝、目の覚めるような赤の髪が俺の胸にあった。フェリシアが俺の胸の上で寝ている。

 起こさないようにゆっくりとベッドから降りた。


 衣装棚に俺の服が掛けられていた。綺麗に洗われているが、肩は破れていた。

 見事な一撃だ。

 美しい断絶は触って確かめないと、切られているのかさえ分からない。


 少しずつセインとの戦いと、魔王との戦いが甦る。

 フェリシアが目を覚まし、バスローブを羽織った。


「ポケットから何か出てきたのですが、私には修復できそうになかったので、あちらに置いてます」


 テーブルには画面がへこんだスマホがあった。おそらく魔王の一撃が俺にまで届いたのだ。

 それを見て、俺はフェリシアに全てを話した。


 俺はガイム・ランドレーでないこと。スマホを使って様々な情報を得ていたこと。

 勇者のセインが魔王を倒すストーリーになっていたこと。


「俺は取り返しのつかない過ちをしてしまった……! 俺が余計なことをしたせいで、この世界が魔王に支配されるかもしれないっ……!」


 フェリシアは俺の手をとると、頬に当てた。


「あったかい……。ガイムはあなただけでしょ、ほら。私が愛しているのは、今のあなたですよ」


 朝日を浴びて微笑んだフェリシアは本当に美しかった。


「どうなるかなんて、誰にも分からない。私だって、絶対にあなたに負けるわけないと思っていました……もし、こうなると最初から決まっているのならば、それは夢幻です」


 一言一言が俺を癒してくれた。

 心とは強いものだな。

 もうだめだと思っていたのに、誰かの一言でこんなに救われるのか。


「これから、どうすれば……」


 考えただけで、考えることが膨大で、考えられなかった。


「あの奇妙な道具が記したように、あなたが魔王の奴隷にならなかったことが、私にとって救いです。少しずつ歩き出しましょう。まずは、私にご褒美をください」


 フェリシアは唇をつきだすと目を閉じる。

 俺は笑いながら口づけした。



 フェリシアはあの日学園には行っておらず、屋敷で療養していた。

 学園と町は崩壊し、魔物で溢れている、とジャージルから報告を受けたらしい。しかしまだ、これといった情報が集まっていない状況だった。

 守備隊の片割れが、錯綜する情報を集めていた。


「ガイム様! 大丈夫ですか!?」


 庭に出ると先にジャージルが俺を見つけた。


「大丈夫だ。他の生徒……学園はどうなった?」

「学園から逃げた者は規定通り避難所に向かいました。しかし……そこも魔物から襲撃されて、みな散り散りに。フェリシア様が異変を察知して、避難所に近いこの屋敷に案内してくれました」


 避難所は魔物の襲撃を想定して秘密にしてある。

 魔王が『尋問官』を使ったのだろうか。アルケインの顔が浮かんだ。


「リドーはどうなった? パームやラームたちは?」

「……分かりません」


 ジャージルは顔を横にふる。

 あれから三日が経っていた。俺は魔王の幻術をくらい、もう目が覚めないものと思われていたらしい。


 すでに学園は魔王の魔窟に堕ちている。いまさら学園に戻っても助かる命はない。


「ならば、国の城下町に行こう。もしリドー達がいるのなら、そこしかない」


 俺たちは守備隊と一緒に城下町へ向かうことにした。

 ロンモールの城下町――学園が属するロンモール地方で最も栄える町。ロンモール城が高台にあり、その周囲にできた家や施設は、長く大きな城壁により守られている。


 フェリシア、ジャージル、そして守備隊の兵たちを引き連れて、半日ほどで城下町に着いた。


 城壁内部の治安は悪くない。

 商業施設が並び、子供たちが道を駆けていた。

 時折馬車が街道を走り、学園の襲撃が遥か遠い出来事のように感じる。

 エルピス学園周辺の町とは比較にならないほどの活気があった。


 だが城下町内部に入れるのはほんの一握りの特権階級のみである。俺やフェリシアは自由に入れるが、領地を持たないものは付き人でなければ入れない。

 城壁のすぐ外は、詐欺、強盗、誘拐、殺人が蔓延るスラム街が形成されていた。そしてさらに外側は、人を食う魔物がうようよしている。


 中央の道を通り、ロンモール城の通用門に差し掛かる。門番が二人いた。


「俺たちはエルピス学園の生き残りだ。魔王の襲撃から難を逃れてここを訪ねた」


 門兵は顔を見合わせると、すぐに俺たちを城内に通した。

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