第20話 戦いの末に
夜、目が覚めた。
知らない天井があった。長い悪夢を見ていたようだ。もとの世界に戻ったのか?
体を横にすると肩に鋭い痛みが走る。セインにつけられた切り傷があった。俺は包帯だけで、上下何も着ていない。
「起きましたか」
すぐ横にフェリシアが寝ていた。
「はぇ……?!」
「はい」と「へっ?」が混ざって変な声を出してしまった。
「ここは私の屋敷です。安心して寝てください」
「俺は……」
「今は何も考えないで……」
俺は顔を上げると、窓から射し込む月の光がフェリシアの体を照す。
人形のような美しい顔だ。
フェリシアは起き上がり、顔を上げた俺を制して見下ろす。顔が近づいて、見つめ合うと自然と唇を重ねた。
初めはよく分からなかった。しかし、もう一度唇を重ねたとき、理性は吹き飛び本能のままに激しく舌を絡める。
フェリシアは上着を脱いだ。胸の下着を外すと、シルクのような豊満な胸が俺を圧倒する。俺はフェリシアの下半身の下着を脱がした。
フェリシアは俺の股間を跨ぐと腹部に手を当てて騎乗する。
ゆっくりと腰を沈めた。
「ううっ……」
想像以上の痛みだったのか、耐えられず声を出しながら腰をおる。俺の胸にすがり、苦しげに声を抑えた。
俺が本能のままに動くと、それに応えるかのように小さく声をあげる。
何度も繰り返すうちに、俺の包帯がほどけた。
フェリシアは俺の肩の傷を舐める。代わりに俺はフェリシアの腕を巻く包帯に口づけした。
キスをするたびにフェリシアは淫らになり、そして互いに他の場所も舐めあった。
まるで獣のように体を確認し合いながら、ひとつになった。
*
朝、目の覚めるような赤の髪が俺の胸にあった。フェリシアが俺の胸の上で寝ている。
起こさないようにゆっくりとベッドから降りた。
衣装棚に俺の服が掛けられていた。綺麗に洗われているが、肩は破れていた。
見事な一撃だ。
美しい断絶は触って確かめないと、切られているのかさえ分からない。
少しずつセインとの戦いと、魔王との戦いが甦る。
フェリシアが目を覚まし、バスローブを羽織った。
「ポケットから何か出てきたのですが、私には修復できそうになかったので、あちらに置いてます」
テーブルには画面がへこんだスマホがあった。おそらく魔王の一撃が俺にまで届いたのだ。
それを見て、俺はフェリシアに全てを話した。
俺はガイム・ランドレーでないこと。スマホを使って様々な情報を得ていたこと。
勇者のセインが魔王を倒すストーリーになっていたこと。
「俺は取り返しのつかない過ちをしてしまった……! 俺が余計なことをしたせいで、この世界が魔王に支配されるかもしれないっ……!」
フェリシアは俺の手をとると、頬に当てた。
「あったかい……。ガイムはあなただけでしょ、ほら。私が愛しているのは、今のあなたですよ」
朝日を浴びて微笑んだフェリシアは本当に美しかった。
「どうなるかなんて、誰にも分からない。私だって、絶対にあなたに負けるわけないと思っていました……もし、こうなると最初から決まっているのならば、それは夢幻です」
一言一言が俺を癒してくれた。
心とは強いものだな。
もうだめだと思っていたのに、誰かの一言でこんなに救われるのか。
「これから、どうすれば……」
考えただけで、考えることが膨大で、考えられなかった。
「あの奇妙な道具が記したように、あなたが魔王の奴隷にならなかったことが、私にとって救いです。少しずつ歩き出しましょう。まずは、私にご褒美をください」
フェリシアは唇をつきだすと目を閉じる。
俺は笑いながら口づけした。
*
フェリシアはあの日学園には行っておらず、屋敷で療養していた。
学園と町は崩壊し、魔物で溢れている、とジャージルから報告を受けたらしい。しかしまだ、これといった情報が集まっていない状況だった。
守備隊の片割れが、錯綜する情報を集めていた。
「ガイム様! 大丈夫ですか!?」
庭に出ると先にジャージルが俺を見つけた。
「大丈夫だ。他の生徒……学園はどうなった?」
「学園から逃げた者は規定通り避難所に向かいました。しかし……そこも魔物から襲撃されて、みな散り散りに。フェリシア様が異変を察知して、避難所に近いこの屋敷に案内してくれました」
避難所は魔物の襲撃を想定して秘密にしてある。
魔王が『尋問官』を使ったのだろうか。アルケインの顔が浮かんだ。
「リドーはどうなった? パームやラームたちは?」
「……分かりません」
ジャージルは顔を横にふる。
あれから三日が経っていた。俺は魔王の幻術をくらい、もう目が覚めないものと思われていたらしい。
すでに学園は魔王の魔窟に堕ちている。いまさら学園に戻っても助かる命はない。
「ならば、国の城下町に行こう。もしリドー達がいるのなら、そこしかない」
俺たちは守備隊と一緒に城下町へ向かうことにした。
ロンモールの城下町――学園が属するロンモール地方で最も栄える町。ロンモール城が高台にあり、その周囲にできた家や施設は、長く大きな城壁により守られている。
フェリシア、ジャージル、そして守備隊の兵たちを引き連れて、半日ほどで城下町に着いた。
城壁内部の治安は悪くない。
商業施設が並び、子供たちが道を駆けていた。
時折馬車が街道を走り、学園の襲撃が遥か遠い出来事のように感じる。
エルピス学園周辺の町とは比較にならないほどの活気があった。
だが城下町内部に入れるのはほんの一握りの特権階級のみである。俺やフェリシアは自由に入れるが、領地を持たないものは付き人でなければ入れない。
城壁のすぐ外は、詐欺、強盗、誘拐、殺人が蔓延るスラム街が形成されていた。そしてさらに外側は、人を食う魔物がうようよしている。
中央の道を通り、ロンモール城の通用門に差し掛かる。門番が二人いた。
「俺たちはエルピス学園の生き残りだ。魔王の襲撃から難を逃れてここを訪ねた」
門兵は顔を見合わせると、すぐに俺たちを城内に通した。
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