第19話 中間試験と……
中間試験は個人戦とパーティー戦の二つで評価される。
個人戦で俺は全勝した。全勝したのは俺とセインの二人だけだった。
運よくセインとは当たらなかったが、パーティー戦ではセインと戦うことが決まっている。
フェリシアとの戦いの前に俺は『銭投げ』から新たな段階にスキルアップしていた。
『宝石使い』――宝石を投げたりすることで、宝石の種類によって強力な魔術が展開される。サファイアであれば氷結、ルビーであれば炎といった具合に。
ただし使った宝石は消えてしまう。ガイムという金持ちに許された異才だろう。
個人戦が始まるほんの数分前にスキルアップしたので、実戦で試すしかなかった。
もちあわせの宝石をかき集めてから挑んだ戦いで、なんとなくこの『宝石使い』の感覚を磨いていく。
しかしフェリシア戦では彼女の強力な魔術に圧倒されて、つい力の加減を見誤ってしまった。
重傷を負わせてしまったせいで、次に控えているパーティー戦で彼女はリタイアすることになる。ところが彼女は額に玉のような汗を作りながら笑顔を向けた。
「あなたの健闘をお祈りしています」
口元に張り付いたような微笑ではなく、本当の女神のような笑みだった。
*
翌日、パーティー戦――学園の裏山で試験は開催される。場所は直前で公表された。先に罠などを張らないようにするためだ。
裏山といっても木々が鬱蒼と生い茂り、スタートから相手を視認することはできない。実戦さながらのフィールドでパーティー戦は行われる。
セインはパーティーを組まず一人だった。
なんという馬鹿なヒーローだ。まあ、これこそ主人公というか、吐き気がするほどテンプレの正義漢だ。ライバルとして、人ひとりの力がどれほど小さいものか、分からせてやる必要がある。
といっても、俺も『尋問官』については封印していた。
これはチート級の異才。本当のピンチまで温存しておくつもりだ。
セインを馬鹿にしておいて、俺も相当の馬鹿だな。
戦い慣れしていくうちに、どこか俺はスリルを求めるようになっていた。悪役のガイム・ランドレーの影響なのか、圧倒する戦闘に物足りなさを感じ始めていた。
「ジャージル。セインがどこにいるか分かるか?」
開幕の煙が上がると同時に、魔術の準備をしたジャージルに尋ねる。
「はい、
影から情報を得られる闇魔術を使い、すぐに場所を特定した。ジャージルは俺の監視で影見の魔術を多用していたらしい。
事前に互いの能力について共有はしていた。セインの脅威となる技についても。
「セインは真正面から戦いたがるだろう。おそらく障害物が少ない山の頂上部を目指しているに違いない」
ジャージルは頷くと、二人で頂上を目指した。先に行って有利な地形や罠を張るためだ。
頂上は背の低い雑草が点々としていて、見晴らしがよく学園の校舎や大塔が見える。
「影見魔術ではセインを見つけることができません」
それが意味することは一つ。
セインはすでに――。
考えるよりも先に、陽の光を何かが遮った。
「早……っ!」
風に乗り空中で身を翻すセイン。
短刀がショートソードの刃先を阻むと、僅かに軌道を変えて俺の肩を斬った。
「ぐっ……!」
じわりと肩に血が広がる。
『俊足』に加えて空中での身のこなし方、そしてジャージルの短刀の間隙を縫って攻撃する剣技の凄さ。
これが、『勇者』なのか。
まるで演目を見ているかのような華麗な剣術だ。
セインは真っ直ぐな視線で俺を捉えると、突きの構えをする。
「ガイム様! 大丈夫ですか!」
「俺は大丈夫だ、それより……」
「問題ありません」
ジャージルは次の手に『夜霧』の魔術を使う。
太陽が陰り、黒い煙が山頂部を覆った。範囲も濃さも申し分なく、セインの『俊足』を完全に潰した。
「……なるほどね」
相手が見えなければ、どれだけ剣を振っても当たることはない。
しかしセインには余裕の表情があった。
「『陣風』――」
急激に周囲が寒くなると、突風が吹いた。まるで開けられたカーテンのように、あっという間に姿が露わになる。
風の魔術だ。セインは敏捷に加えて風の魔術も習得していた。
「やるな……剣のみではなく、魔術も。さすが勇者を目指すだけある」
俺はトパーズの宝石を取り出した。
瞬間的な雷の魔術を飛来させるトパーズは、風の属性をもつセインに大きな一撃になるはずだ。
「奥の手があるんだったら、早くしないと終わっちゃうよ」
セインは少し口元が緩む。
なんだ、こいつも俺と同じじゃないか。戦いを心の底から楽しんでやがる。
「ガイム様……私はもう魔力が尽きそうです……!」
「大丈夫だ、俺が……」
そのとき、山頂が揺れた。
地震ではない、ある一定のリズムで木々が揺れ、大地が唸る。
激しい重低音が、土砂崩れをあちこちで起こした。
「な、なにがっ……何が起きているんだ?!」
ジャージルは改めて『影見』を使うと、学園側を振り返る。さっと血の気が引いたジャージルの横顔に俺は一瞬恐怖を感じた。
学園側の斜面に陽炎が昇る。
辺りの木々を燃やしながら、マグマが這い上がってきているかのようだ。
「ああ、ここにいたのか小さきモノたち」
ガラスに爪立てたような不快な声が、耳元で囁くように聞こえる。
全身赤黒い肌をした魔人が、頂上に姿を現した。頭に巨大な角を二本生やし、頭のてっぺんから燃える髪が背中に垂れさがる。背中から血のような液体を流し続け、浮遊する足元に落ちると火が上がる。
「魔王か」
セインはそう言って『俊足』の構えをそいつに向けた。
――魔王?
まさかここで?
気後れしたのは俺だけじゃない、ジャージルも唖然とする。
セインだけは正気のまま、ショートソードでそいつに一撃を入れた。
「ぐわっっ……! ぐぐあっ!」魔王は斬られた首元を押さえたが、腹の底から気味悪く笑う「……ククッ、クハハハハハ!」
「ぐっ!」
喉もとに当たったその剣は、一瞬でドロリと溶解した。黒焦げた柄だけがセインの手元にあった。
強すぎる圧倒的な力の差。それは誰が見ても分かった。
一体何が起きているのか……ストーリーにおいてまだ魔王が出てくるタイミングではないはず……。学園に暗殺者を送り込み、町を蹂躙してから現れるんじゃなかったか……?
まさか……俺のストーリー改変で、より魔王の登場が早まった……?
「ガイム! ジャージル! ぼーっとするな、こいつを倒すぞ!」
セインが俺たちを鼓舞した。
とにかく俺のやるべきは、魔王を倒すこと。
出し惜しみなんかしてる場合じゃない。
「魔王、お前の弱点はなんだ?」
ビリビリと地面が唸った。
「な……なに……どういうことだ」
黒い目が俺を睨んだ。虹彩が金色に妖しく光る。
「これが……ギャメロットを……ぐぅううう、むぐぅぅうう」
『尋問官』は効果テキメンだった。やられたふりではなく、困惑した表情に魔王はもがき苦しむ。回答が得られるまで、『尋問官』の問いは体中を毒のように駆け巡るのだ。
「魔王のプライドとかいうやつか……ふんっ、さあ弱点を言え!」
「ゆ、勇者の……」
紫色に変色した唇がわなわなと震える。いまサファイアで一撃を見舞ってもいいが、魔術反転といった技があることも知っていた。かけた者へ魔術を反転させ、魔術の矛先を変えたりもできる。
ジャージルは魔王が苦しむ隙に、セインに短剣を渡した。即、応戦できるように闇の魔術を唱える準備をする。
「ぐぐぐぬぬぬっ……!!」
耳の付け根がキリキリと痛み、不快な音が響く。
魔王は抵抗しながら、赤く太い腕を振り上げた。
その瞬間、俺の体が浮いた。
心臓の上から黒い粉が飛び出ると、魔王に流れこんだ。
地獄の風景が俺を包む。
マグマが飛び交い、炎の竜のようなプロミネンスがあちこちに湧き上がっていた。褐色の大地はとこどころひび割れて、地平線に無数の魔物がひしめいている。
「ああ、お前の根底には悪があるな」
目と鼻の先に邪悪な魔王の顔が突如として現れる。
幻覚だっ! これはガイム・ランドレーとしての何かが共鳴して、幻をみせられているだけだっ!
普段ない黒い思念が、心臓から口、目そして脳に流れ込んでくる。
「助かったぞ。お前がいてくれて」
魔王の息づかいが聞こえる。
胸を裂かれる強烈な痛みと共に、俺は地面に投げ出された。
目を開けると、そこは山の頂上だった。
やはり幻覚か……!
いったい、何をされたんだ?!
魔王にさきほどまでの苦悶の表情はなかった。
メキメキと手のひらに力を入れると、漆黒の爪が伸びる。
「マズい……っ!」
セインが俺と魔王の間に入る。
「ま、まてっ、俺なんかどうでもいい! お前が魔王を倒さなくてはっ!」
俺は立ち上がろうとしたが、膝が震えて力が入らない。
「セイン、勇者のお前が最も大事なものはなんだ?」と魔王は微笑みながら語り掛けた。
『俊足』の構えをとろうとしたセインが固まった。
型に入る直前の隙だらけの恰好で。
「……な、こ、これは……」セインは抗おうとしたが「俺の最も大事なものは妹のマリアだ」と答える。
「ああ、ならば、キサマのあとはそいつだな」
馬鹿な……『尋問官』が魔王に移った?!
「魔王っ! お前の弱点はなんだ?! 質問に答えろ!」
俺は再び奴を尋問する。しかし――。
魔王が腕を振るうと漆黒の刃が飛んでくる。セインは僅かに遅れて体を動かすと、短剣に光をまとわせて、閃光の刃を放った。
力、速さ、そのどちらも劣っていた。
黒い斬撃がセインのうしろ姿を包む。
ジャージルは俺を背負うと、即座に『夜霧』を使った。もう魔力はほとんどないというのに。
「クククッ、魔王に闇の魔術か」
魔王のその一言で、『夜霧』は一瞬で消える。
「くっ、もういい、お前だけでも逃げろ……!」
俺はジャージルの肩を叩く。
「いえ……これでいいのです。目くらませとしてはこれしかない……」
そのとき、背後から誰かが跳躍すると、魔王に一撃を放った。
セインの一撃とは違う、静かな一撃。
「俺の生徒たちに何をしてくれてんだ! コラァ!!」
レイピアに水を纏わせて、水流のように魔王の腕を貫く。
いつも無感情の剣聖アルケインが額に血管を浮かばせる。
「いけ! 逃げろ! 町から出て避難場所へ」
アルケインは片手で水球を作ると、ジャージルと俺に魔術をかけた。
『透化』――守りの面で秀でた氷結属性の高等魔術だ。
ジャージルは俺を担ぎ直して、山を下りた。
学園の校舎からは苔のような黒緑の煙が窓から漏れ出ていた。大塔では鐘が叩かれた。
生徒たちは逃げ惑い、山のふもとから魔王軍がなだれ込む。
そこは戦場へ変貌していた。
見慣れた風景が黒く汚れていく――。
「こちらへ! 早く!」
『透化』が切れたとき、馬を走らせた守備隊が俺たちを囲む。馬上に引っ張ると、いななきと共に町を出た。
三騎の守備兵に守られながら、俺は逃亡する。
俺は何も考えられなかった。
セインが……魔王を倒すはずだった最後の希望が消えた。
この世界の誰よりも分かっていた俺は、誰よりも絶望した。
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