第17話 ジャージルの才能

 パーティー決めをする会場の中二階。

 テラスに生い茂る植物の隙間にジャージルを見つけた。


 俺が近づけば姿を消す可能性があるので、ここに来いとジャージルに合図した。

 ジャージルは忍のように姿を消して俺を見張っていることが多く、会話をしようとすれば邪魔になるとでも思っているのか距離をとるのだ。


 俺を見るとジャージルは目を丸くして後ろを振り返る。

 いや……お前しかいないだろ。

 そんな秘密基地みたいな場所にこもっている奴はお前しかいない。


「どうされましたか? なんなりとお申し付けください」

「分かった。俺とパーティーを組め」

「……は?」


 ジャージルはどういう意味か考えているようだった。


「『魔術師』枠に入り、俺とパーティー戦で一位をとるぞ」

「……」


 やっと俺の言っていることを理解したようだ。


「だっ! それはっ! いや、しかし……! むむむ……」


 意味不明な言葉を発して動揺する。


「なんだ。ダメなのか? リドーの許可が必要なら説得するぞ」

「むむむ……。私は、裏で汚い仕事をする役ですので……そんな表舞台に立っていいのか……」

「別に誰が決めたわけではないだろ。お前の生き方を変えるチャンスだ……」


 ジャージルは俺の命令を受けて、多くの生徒を脅したり、ボコボコにしたりして、従順にさせる役割を与えられていたらしい。

 すぐにやめさせて、今度はセインをいじめる連中から逆にセインを守るように指示した。


 セインをいじめる連中、つまりは在校生なわけだが、ジャージルはほとんどを一人で撃退していたらしい。セインをいじめていた時は仲間を呼んでいたが、それはセインを侮っていない点でよく観察していると言える。


 町の辺境での戦いでもそうだが、こいつは自分の力を過小評価しているんじゃないかと思った。

 魔術の詠唱速度、状況に応じた魔術を選定するセンス……。

 決して馬鹿強くはないが、多くの生徒をボコってきた経験から、いい意味で汚い戦い方ができる。


「ガイム様の命令とあれば、もちろん引き受けます!」

「よかった。じゃあ、頼むよジャージル」

「……はっ」

「ところで……俺とフェリシアって、過去に何かあったか?」

「さきほどフェリシア様が言われていた、約束の件ですか?」

「そうだ。いや、しかしよく聞こえていたな」

「私は少々、読唇術が使えますので」


 本当に忍者みたいな奴っているんだな。

 リドーはジャージルを一体どこから引き抜いてきたんだ……。


「ガイム様はフェリシア様と二年ほど前に約束されています。試験で戦った際にフェリシア様が勝てば、ガイム様は理事長の座をフェリシア様に譲ると」

「ええっ? そんな大それた約束をなぜ!?」

「どうやら、ガイム様がフェリシア様にちょっかいを出されたようで……」

「え、どんな……」

「……後ろからフェリシア様の、その、む、胸を揉んだことがきっかけで……」


 なにをやっているんだ俺!

 くっそー! うらやましい……。いや、その代償として、理事長の座はデカすぎだな。


「ただ……もしフェリシア様が負けたら……。約束を交わされたときは、フェリシア様は絶対にありえないと何度も補足していましたが……。ガイム様のめかけになってもよいと」


 妾……つまり愛人みたいな意味か。昔の俺は最悪だが、こういうところは抜け目がないというか……昔の俺、ありがとう!


「ジャージルも、ありがとう!」

「へっ?! いえ……これが私の仕事ですので」


 ジャージルは姿を消すと、俺の頭の中にはセイン云々よりもフェリシアのことしかなかった。



「あのう、ちょっとガイム様よろしいでしょうか……」


 俺が部屋に戻るとき、パームが声を掛けて来た。


「さきほど国の警備隊が来られたのですが」

「ああ、やっときたか。あいつらにはロークラス周辺を警備してもらうように言ってある」

「それが……派遣費用が予定の二倍ほどで、きめられていた額を大きく超えそうなのですが……」


 学園は国に対してかなりの税を納めている。それ以外にも警備隊を雇ったり、教師を派遣してもらったりと、なにかと金のかかる相手だ。

 先日の襲撃を受けて、リドーと俺は国に警備隊の派遣を要請した。もちろん有料で。


「分かった。念のため国と取り決めた金額に違いがないか書簡を送ろう」

「警備隊の方たちはどうされますか? お金を払わないと、働かないと言われていますが」

「一旦は既定の金額だけ支払おう。俺が直接警備隊と話をする」

「す、すみません……」

「いや、俺もちょっと言いたいことがあるからな」

 

 国は金をもらっている割にどの場面でも横柄だ。

 有り余る人員があるはずなのに、町や学園に対して人を割かない。学園から輩出する勇者は、国からの命令を受けるが支援金は学園が出している。


 昔からの慣習というか、当たり前だと思える構図に従わなければいけないことが、俺を苛立たせていた。

 魔王と違った別の生き物と別の次元の戦いではあるが、校長や理事長の仕事も結構大変だ。


 俺は別の建屋にある警備控室に入った。


「遠くから来ていただいて助かる。エルピス学園の理事長、ガイム・ランドレーだ」


 警備員は部屋に十名おり、全員と握手をする。この部屋だけではなく、他の部屋にも警備が待機している。

 そのなかの隊長が口を開いた。


「どうやら、手違いがあったようで、予定していた警備費の半分しかもらえないようであれば、城にもどろうかと」


 ニヤニヤしながら俺に遠慮のない視線を浴びせる。


「これは、失礼した。もちろん予定の警備費を払うようにいま手続きしているところだ。ちょっとすぐには用意できないと思うが……」


 もちろん馬鹿正直に支払うつもりはない。裏で国と交渉して、正規の費用を合意するつもりだ。こいつらとどれだけ金の話をしても意味はない。


「いやしかし……。いまいただけないと……」

「なぜ? 何か入用か。武器、防具なら学園のものを貸す」

「……」


 隊長と思しき者は他の隊員と目を合わせる。

 こいつらはもともと学園の警備はせず、理由をつけて国の城に戻ろうと考えていたようだ。


「この学園は、『勇者』を育成する機関だ。魔王討伐の最期の光。警備隊の方々……何のために警備隊に入ったのか。今、思い起こしてほしい」


 俺は隊長の背に語り掛けると、振り返ったときには、さきほどよりマシになった渋い顔になる。


「勇者の卵たちを守ることは、勇者が生まれそして、勇者が守るであろう多くの人々を守ることと同じだ。たしかに四天王は恐ろしい魔物だ。だが、今こそ警備隊に入ったときの信念を貫き通せるチャンスなんじゃないか?」


 俺が話し終える頃には、警備隊らしい厳つい表情に変わっていた。


「さきほどの金の話は忘れてください。……大変、失礼した。明日から警備を行う」

「よろしく頼みます」


 俺は頭を下げて部屋を出る。その少しあと、建屋から気合の入った掛け声が聞こえた。

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