第16話 パーティー

 ボス級の魔物による急襲で、学園は大いに荒れた。生徒や教師はもちろんのこと、毎朝の会議もだ。


 会議にはハイクラスの上級教師が呼ばれていた。教師のなかでも特に実力が認められリーダー的な存在――アルケイン。


 彼はもともと流れ者で、国を転々とするうちに剣聖とよばれるまでに剣技を高めた。魔王と戦ったこともあり、その腕を見込んでリドーが教師に引き抜いたのだ。剣技において学園内で彼の右に出るものはいない。


 常に帯刀しており、牛革のコートとズボンを着ている。髪はオールバックで無精髭を生やし、感情を表に出さない。


「君は学園の教師をまとめる立場だろう? 今回の襲撃も君だったら被害をもっと小さくできたんじゃないかね?!」


 重役の肥満体がアルケインを指差した。


「お言葉ですが、魔物はロークラスの弱い生徒を始めから狙っていたのではないかと。それに、私が感知できる範囲を超えています」


 ハイクラスの教師は襲撃時に反対側の校舎にいたので、アルケインの言う通りあまりに遠く、いくら急いでも間に合うはずがなかった。


「それよりも……ボスクラスの魔物をたった数分で倒せたことのほうが、むしろ幸運だったと思えます」


 重役に向けていた視線を俺に向けた。理事だろうがなんだろうが、物怖じしない性格だ。彼の瞳には何も写らない。何を考えているのかまったく読めなかった。


「明日開催予定の食事会はどうされますか?」


 リドーが俺に尋ねた。

 今期から始まるパーティー戦。勇者候補がサポート役を選び、パーティーを作って戦う。

 サポート役になったものは今期の勇者候補から自動的に脱落となる。もちろん、サポート役になる本人が合意すればだ。


 サポート役は『魔術師』『戦士』いずれかの候補となる。そしてパーティーを束ねる勇者候補が次期勇者となれば、一緒に卒業できるという新たな取り組みだ。

 卒業できれば、勇者より劣るが、学園から一生涯の支援が得られる。


 そのパーティー決めをするのが、明日の食事会だ。


「何をいってるんですか校長。もちろんやめるに決まってるでしょ。状況を……」


 ふとっちょが言い終わる前に俺は口を開いた。


「いや、予定どおりにやる」

「承知しました」リドーもそう思っていたのだろう、ちょっと食い気味に返事をする。

「えっ?」と短い首を回してふとっちょが会議室を見渡した。


「たしかに、ここで動揺を見せると魔王の思うつぼ……奴らがここまで思い切った手を打ってきたのは、この学園がパーティー戦を主眼に置いてきたからかと」


 アルケインは淡々と考えを述べる。

 だてに在野にいたわけではなさそうだ。魔王軍がどうして今のタイミングで動いたのか、冷静に分析していた。


「では、なおさら止めるわけにはいかない」


 俺の一言にアルケインとリドーが頷いた。



 食事会といっても集まって食べて喋るだけじゃなかった。


 学園にあるドーム型の温室がこの日のために改修されて、屋外の芝生とのガラス壁を取り払っていた。温室といっても、野球場ぐらいの広さがある。

 半ドーム状になったところに、長いテーブルが並べられ、まるで結婚披露宴のような豪華な立食パーティーになっていた。


 昼過ぎ、いつもとは違う紳士淑女にドレスアップした生徒たちが集う。俺も礼服にネクタイをした。まあ、首飾りと手枷が目立ち過ぎて、あまり変わっていないように見えるが……。

 セインはクリーム色の背広を着て、いかにも光属性っぽい雰囲気を醸し出してる。そして珍しい人物がパーティー会場に顔を出した。


 現在、学園トップのフェリシア・タンドレーが現れたのだ。

 彼女が馬車から降りた瞬間、会場は騒然となった。


 コーラルレッドの赤珊瑚の髪色に、セピアの瞳が目立って、周囲から浮いて見える。腰まで伸びた長い髪を肩から払い落とすと、艶めいた光を散らした。

 白いドレスがより一層彼女の赤を際立たせ、この会場が彼女のために用意されたかのように思えた。そしてそのドレスは胸が菱形に開き、大きな胸の谷間を強調して色気がある。


 一斉に彼女の周りには人垣ができた。なにせ、俺もフェリシアを見たのは最初の選抜試験以来だ。

 『暁光ぎょうこうの女神』――フェリシアにつけられたあだ名だ。彼女は炎と光の天才魔術師と言われ、彼女に近づいたものは太陽に焼かれたかのように死ぬ。


 彼女は学園が提供する授業に興味はない。だから学園に顔を出すことはなく、試験当日だけ現れるのだ。

 彼女が学園に期待しているのは、勇者の称号を得ることだけだ。


 学園側も彼女に期待していた。魔物がほとんど闇属性ということもあり、魔王を倒すきっかけになる人物だと評価していた。


 フェリシアは寄ってくる生徒たちを笑顔でかわし、学園のアイドルと呼ばれるに相応しい品のある歩き方で人の群れを避けた。


「お久しぶりですね」


 突然こっちに来られて俺は固まった。

 真っ白な肌に光が反射して、まるで太陽のような眩しささえ感じる。

 俺はもちろんフェリシアとは話したことさえない。しかし以前の俺――ガイム・ランドレーはフェリシアに会ったみたいだ。


「あ、ああ、久しぶり……」


 俺はとりあえず話を合わせた。俺とフェリシアという、インパクトの強いキャラがプライベートな会話を始めたので、さすがに聞き耳を立てるわけにはいかず生徒たちは霧散した。


「あの日のことを覚えていらっしゃいますか?」

「えっ?」

「まさか、忘れたとは言わせませんよ」

「はははっ……! まさか、忘れてないよ」


 一体何のことかさっぱりだ。

 とりあえずこの場は適当にやり過ごして、リドーやパームに聞いてみることにしょう。


「楽しみですわね、今度の試験」

「ああっ……楽しみだ」

「ところで、何か雰囲気が変わりましたね? まるで別人みたい……」

「俺が別人みたいだって?! はははっ、まさか。人は変わろうと思えばいつでも変われるんだよ!」

「……たしかに。あなたがそう言えば、随分と説得力がありますわね」


 フェリシアは変わらない無機質な笑顔を残して、馬車に戻っていく。

 俺は急いでスマホを取り出した。


『フェリシア・タンドレー:学園トップに君臨する強きヒロイン』


 ヒロイン……やはり、エフェクトかと思えるほどのキラキラは、ヒロイン特有のものなのか……。ゆくゆくはセインと関係をもつ設定になっているということなのだろうが、現時点でセインと面識はないみたいだった。


 フェリシアはサポート役を探すことなく、俺とだけ会話をすると帰っていった。

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