第13話 朝会の提言

 朝の会議に俺は必ず参加するようにしていた。

 学園を運営する重役と、町の長が毎朝顔を合わせて議論を行っている。


 しかし今日も運営費の金の使い道と町へ納める税金の話ばかりだ。


「ロークラスの食費はもっと削っていいのでは?」

「前々から言っているが、町への納税額をもっと増やしてほしい。治安は魔物のせいで悪くなる一方だ」

「貴族からの寄附金が少なくなっている。学園の生徒から貴族向けの警備隊を月額契約で貸し出しては?」


 言いたいことを言い合って、互いにそれほどのメリットがなければ、論調は落ち着いてくる。

 不思議なものだ。要は、それほど大した議題はないわけだ。


 そしてリドーが締めくくりの挨拶をしようとしたとき、俺は挙手した。


「ガ、ガイム様? ど、どうぞ……!」


 驚くリドーを尻目に俺は立ち上がった。


「一つ検討をお願いしたい。と言っても、これは学園理事長である俺の意見であるということ肝に銘じておいてくれ。我が学園は『勇者』を生み出すための専門機関であることは重々承知している。しかし、最大の目的は何か――それは『魔王』を倒すことだ」


 俺の三倍以上、年をとっている大人や老人がそわそわし始めた。俺はあえて、眉間に皺をよせ、御曹司と揶揄される金持ちの声色を使う。

 王のような、独裁者のような。腹に力を入れ、普段より一つ高い音で高貴さを演出する。


「これからは『勇者』のみならず、それを支える『魔術師』『戦士』の枠を設けたい」


 どういうことだ、と小声が聞こえる。

 リドーも顎に手を当てて考え込んだ。


「それは……つまり、勇者として卒業せずとも、『魔術師』『戦士』として卒業できるチャンスがあるということですな」

「その通り。『勇者』だけではなくパーティー戦を主体とした評価もしたい。単独で強くなるという考え方を否定するつもりはないが、どんなに強くとも弱点というものがある」


 これはつい先日の魔犬との戦いで感じたものだった。

 どれほど強力な異才を持っていても、向き不向きというものがある。


 理事長の権力を使って出した案だったが、周囲の反応は悪い。


「しかし……そんな新たな枠を設けるとなると、制度改正や教員の資金をどこから出すのか……」


 下あごに贅肉を垂らした男が、脂汗を浮かべて口を開いた。

 俺は鋭く睨むと、男は大量の汗を吹き出してハンカチで拭う。


「一つ目は、俺たちの給与を減らす。二つ目は、歴代の勇者たちの支援金を減らす。ハッキリ言って、ここを出た勇者たちがさっさと魔王を倒していないのが悪い」


 会議室に参加していた者は俺を見上げ、悉くうなずき同調し始めた。


「ブラボォー! ブラボォー!」


 リドーは急に立ち上がると直立して拍手した。

 目から滝のように涙を流して、俺をつま先から頭のてっぺんまで見上げる。成長を喜ぶ曾祖父みたいだ。


「ガイム理事長のおっしゃるとおりです! これはエルピス学園の新たな1ページとなるでしょう。さっそく草案に取り掛かりましょう!」


 パチパチパチ……。参加者全員が立ち上がり、俺の考えはすぐに実行された。


 しかしこの変革が、魔王軍のエルピス襲撃を加速させることになるとは、まだ誰も気づいていなかった。



 会議を終えて自室に戻ろうとすると、俺の部屋の扉に立方体の石がぶら下がっていた。

 赤い紐がドアの取っ手に掛かり、灰色のブロックがぶらぶらしているという異様な光景。


 こ、これは……。どういうことだ……。


 ギュッと深紅の絹糸で固く強く結ばれていて、包装箱なのか、糸がめり込んで形が変形している。絞首刑で晒されている罪人に見えなくもない。


 しかも、まだ揺れているということは……。


 俺は後ろを振り返ると、一瞬パームの赤目と視線がかち合った気がした。


 気のせいだろう……気のせい、気のせい。


 よくみると、ヒモの間に『ガイム様へ』と書かれたカードが挟んである。裏返すと一瞬模様かと思えるほどの文字の羅列があった。


『先日のネックレスをいつもつけてくださっているようで、とてもうれしいです!今度はブレスレットを作ってみました。本当は直接お渡ししたかったのですが、あまり気持ちが重いと思われるのも嫌だなと思いまして、気軽につけてもらえたら嬉しいです! パームより PS.本当は少し前の会議の後にプレゼントしようかなと思っていたのですが、ガイム様もお忙しいので……でもブレスレットがちょっと痛み始めたこともあり、今日決心した次第であります』


 重ッ……。


 俺は包装箱の蓋を開けた。

 フェルト製のブレスレットが一つある。肌色のブレスレットで、ちょうど俺の手首に入る大きさだ。どういう仕組みが分からないが、伸縮性があって手の甲がすっと入る。


「ヒッ!」


 着けてみてよく見ると、ブレスレットに小さな手が描かれている。小さな手が、もう一つの小さな手の手首を握り、その手がさらに隣の手首を……。

 褪せていてよく分からなかったが、手首が連なり、連なった手首たちが俺の手首を締めつける。まとわりついて、ほのかな温かささえ感じる。あたかもパームが俺の手首を掴んでいるかのようだ。


「すごい呪いを感じる……! 付術なんて全然知らんが、素人の俺でも分かる呪いの強さ! ちゃんと外せるのかな……」


 ブレスレットを取ろうと、ぎゅーんと小さな手首たちを伸ばす。


「キャァァァッ……」

「えっ! 今のは……」


 小さな音がした。金属を曲げたときのような、古い蝶番が開いたときのような、人の声に近い音だ。

 ブレスレットのなかにバネとか入っているのか?


「キャァァァッ……」


 ブレスレットを取ろうとして引っ張ると、たしかに小さな女性の悲鳴とも思える声が聞こえる。


『パームの手作りブレスレット

強力な呪いがかけられたブレスレット。これを外した者は純愛のもう一つの顔を知るだろう』


 ……よし。ブレスレットは外さないでおこう。


『ガイム・ランドレー

レベル:1

体力:21(+20)

魔力:0(-40)→0

力量:1(+20)→21

賢さ:3

敏捷:2

スキル:銭投げ、尋問官

※()内は付術効果』

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