第14話 セインとの共闘

 学園はハイ、ミドル、ローのクラスに分けられるが、それぞれのクラスはさらに在校生と新入生で分けられる。

 分けられると言っても目に見える形ではないが、なんとなく在校生はランキングの中で上位を占めていた。学園に長くいるだけあって、あらゆる知識と豊富な戦闘経験があるからだ。


 そんな中、セインと俺は上位に食い込んでいた。新入生のなかで異例の優等生。特にセインは上位から五番目に入っている。俺は七番目。

 もちろん在校生はいい顔しない。

 俺は理事長という特権中の特権があるので、からまれたりはしないが、セインは違った。ほぼ毎日のように校舎裏に呼ばれると、いじめられる。

 授業では始まったばかりだというのに、セインだけ汚れた格好をしていることがよくあった。


 ミドルクラスやロークラスの奴らは、セインをみて「可哀想」だと噂するが、そんな噂が耳に入るたび、俺はイライラする。

 ハッキリ言って、セインが本気になればいじめられることなんてなくなるわけで、その被害者ぶった態度が鼻につく。


「セイン、なぜ殴り返さないんだ」とある日教室で初めて、セインに声を掛けた。


 その日は特にひどくて、顎に痣ができていた。たぶん腹にもあるだろう。


「殴り返すと、退学になるからだよ。君と違って、僕は貧しい町から来ているから、退学となるともう入学金は払えない」


 お前も知っているだろ? とセインの目が語っているように思えた。

 ここで誤解を解いておこうかと一瞬思ったが、すぐにやめた。

 次の試験でセインと戦って真っ向から完膚なきまでに倒したい衝動が生まれたからだ。

 それはセインの真っ直ぐなまなざしがそうさせたのだ。

 不条理だと思うが、俺は俺自身のガイムという悪役の気持ちが少しわかった気がした。


「ならばお前をいじめている在校生を、俺が片っ端から消してやる。お前はいじめられている場合じゃない、今よりもっと強くなった方がいい。じゃないと、次の試験で俺がお前を消すからだ」


 セインは目を丸くした後、次の瞬間には微笑んでいた。


「分かったよ、ガイム。次の試験が楽しみだ……!」


 正式なセインのライバルとなってしまったとき、ロークラスの廊下から破裂音が聞こえた。

 最初は授業で、誰かが魔術をミスしたのかと思った。

 しかし悲鳴が聞こえると、セインと俺は廊下に出た。


 魔物がゆっくりと廊下を歩いてミドルクラスの教室にさしかかっていた。

 異形の魔物だ。

 色白のマネキンのような物体が、屹立してこちらに向かってくる。大きなナメクジのような足を廊下の表面に貼り付けていた。目や鼻はないが、口だけが大きく赤く開き、なかから触手のようなヘビの頭が伸びていた。


 人ではない何か。

 見たこともない生き物だが、本能が警鐘を鳴らす。

 進んできた跡は赤く染められ、血の痕跡が続いている。ロークラスの教室の前には血だらけの生徒の頭が転がっていた。


 魔物は廊下の窓から、ミドルクラスの教室に顔を向けた。


「儂は、ギャメロットという。ガイムはどこだ?」


 脳に直接語りかける念話だ。左右の耳の付け根がキリキリと痛んだ。

 ミドルクラスの教室から顔を出した女子生徒は、驚きのあまり固まる。


「知らぬか? ならば脳をいただく」


 ひゅっと口の触手が伸びると、女子生徒の額めがけて針のようなものが刺さった。

 魔物は何のためらいもなかった。


「ヤバいっ……!」俺がそう言って金貨を取り出した時、セインが俊足で触手を断ち切った。


「ぐああっ!」


 切られた触手がホースのように暴れて、血が天井や壁に飛び散った。

 すぐにミドルクラスの教師が出てくる。ギャメロットとかいう魔物に向けて、魔術を発射した。しかしギャメロットを中心に見えない壁が展開され、魔術は緩衝されて消える。

 セインが切り返してショートソードを振るが、バリアに阻まれ攻撃が無効になってしまった。


 ギャメロットはみなが固まって攻め手を考える間、舌を再生させると、鞭のように教師の頭を狙った。かわしたように見えたが、不規則な鞭の動きで針が頭に的中する。刺さった針が大きく膨らむと、脳を吸われる。教師の顔がミイラのように萎れた。

 ギャメロットが舌をもう一度振るうと、針先が首根をかいて頭が飛んだ。


「ああ、おぬしがガイムか。言われた通り、魔王様の四天王のうち、このギャメロットが来てやったぞ」


 たしかに鳥の化け物を倒した時に、もっと強い奴をよこせと言ったことを思いだした。


「怖くて震えているのか……?」とギャメロットが長い舌を波打たせて、笑っているようだった。「儂がきたことを後悔させてやろう。そうじゃな……おぬしの脳をいただいて、おぬしが一番心寄せる者の脳をいただこう」


 俺は初めて魔王やその手下どもに怒りを感じていた。

 人間の悪とは根本的に違う、生まれながらにしての悪が魔物だと分かった。授業でも知識としては知っていたが、やはり救いようがないということがはっきりした。


「ギャメロット、お前は四天王のうちで、何番目に強い?」

「う……っ、……これは、異才かっ!」


 ギャメロットは体を激しく揺らして俺の『尋問官』に抗う。


 まさか……異才が通用しないのか?


 だが完全に効かないというわけでもなさそうだった。問いに対する答えを、全身で抑え込もうとしている。


「魔王の住処はどこだ?」

「まさか、こんな異才が……。ぐっ……言わぬ……」

「魔王の得意な魔術は?」


 ギャメロットは急に何も喋らなくなると、ボロボロと崩れ始めた。


「まさか、自滅している……?!」セインが俊足で一太刀いれると、簡単に分裂する。まるで粘土を切っているかのようだ。


「いや、逃げようとしている。足元をよくみろ」といつの間にかラームが俺の後ろから声を掛けた。


 ギャメロットの足波から小さな芋虫のような生き物が廊下に広がり始めた。


「おぞましい生き物だな……」


 俺は銅貨で的確にすべての虫を刺してとどめを刺す。

 力量が増えた分、銅貨の力は木を抉るほどの威力になっていた。


 『尋問官』で魔王の能力や四天王の秘密がバレることを恐れたのだろう。自滅するとは魔王への忠誠心は高いようだ。

 呆気ない幕切れではあったが、学園内での被害は甚大だ。ロークラスでは十名の学生が殺され、ミドルクラスの教師が一人死んだ。


 一方で、魔物の強さを目の当たりにした生徒たちの一部が、俺を慕うようになり始めた。教師も一撃でやられて、セインも攻めあぐねていた相手が、俺の一言で敵を窮地に追いつめる様は、たしかに底知れないものを感じたに違いなかった。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る