第12話 内と外
学園の授業や実践をこなし続け、二カ月が過ぎた。
相変わらず俺のレベルは1のままで最弱だった。だが退学に追い込まれることはなかった。
テストなどはなく、あくまで次の中間試験で模擬戦闘を勝ち上がれば問題ないからだ。
筆記やら実践魔術やらをテストしたところで、戦闘で使えなければなんの価値もない、というのがこの学園の考え方だ。
抜きん出た馬鹿力や強力な魔術が使えたとしても、それを活かせなければ模擬戦闘で負ける。
その考え方は俺も納得できる。
教師から与えられた課題をこなして褒められたり、クラスメイトから賞賛される甘い世界ではなく、完全に戦闘だけを想定した評価システム。
『勇者』を育成するという観点で言えば、利にかなっていると思えた。
深夜、俺はたまに学園を出て町を散策した。
ストーリーによると魔王が現れれば、この町が蹂躙されるとある。
つまり町にアンテナを張っておけば、何かしらの異変をすぐに察知できるし、学園内のセインと対決する前に手を打つことも可能だ。
先手を取れるだけで優位になる。
そして以前の目的の通り、実戦で培える経験値を蓄えておきたい。
過去、力試しでトラウマ級の悲惨な思い出があるが、同じ過ちはしないように気を付けて、情報収集に徹していた。
酒場ではフードを被り、ガイムであることを隠した。
常連になるように飲まない酒を頼み、それとなく酒場の親父と仲良くなる。客の話にも耳を傾け、少しずつ町のことに詳しくなった。
――西の森。
その入口は、月の光を拒絶するように真っ黒な低木が鬱蒼と生い茂り、町から伸びる細い道を断絶していた。
魔物の進行があるのならば、ここが人と魔界の境界線になるに違いない。そう踏んだ俺は、桑畑が点々としている人工物の柵に沿って、森を覗き込むように巡回する。すると、微かに人の叫び声が聞こえた。
森とは反対方向から、風に乗ってたなびく声を追う。
遠くに焚火の光が視えた。
松明を持った影がようやく人の形となるころに、その足元には何人かの人が倒れているのが分かった。
「大丈夫かっ!」
俺がそう言った瞬間、横から野犬の息づかいと、葉擦れの音がする。
「た、助けてっ……」
女性が一人、松明を振り回して弧を描く。魔物に囲まれていると思えた。荷物がたくさん置いてあり行商旅団のようだ。
俺は女性の横まで辿り着くと、内ポケットから金貨を取り出す。
地面を蹴る音と枝折れる音が渦巻いて、俺たちを混乱させているようだ。
「……魔物なのか? お前たちはどれぐらい強いんだ?」と俺は闇へ問いを投げかけた。
しかし、魔物たちは喉を鳴らして威嚇するだけだ。
人の言葉を理解できない魔物では、『尋問官』は全くの無意味だ。それは人より知能の低い動物で確認済みだった。
無論、『尋問官』が効かない相手との戦いも、想定はしている。
俺は金貨を一握りして取り出し、もう一方の手でコインを飛ばして牽制する。
一発一発が石を砕くほどの強烈な一撃で、運良く一匹の魔物の脚にヒットすると、呻き声が轟いた。
「す、すごい……!」
女性は俺に背中をあずけて、たき火からもう一つ松明を引き抜くと俺に渡した。
魔物の姿が視認でき格段に戦いやすくなる。
牽制の一撃がヒットしやすくなり、黒い衣を着たような犬の魔物は明らかに焦り始める。
「グウゥゥッ……! ガァアアッ!」
一匹が女性のいる方角から飛び掛かる。俺の背後から捨て身で襲って来た。
「キャアッ……!」
叫び声と共に女性は屈み、俺は振り返るが遅かった。
真っ赤な不揃いの歯が、俺の顔めがけて飛んでくる。片方の手に握られた金貨をばら撒いて、必殺の一撃を繰り出そうとしたが、黒い犬の魔物が一歩早いように思えた。そして女性と交錯して、ショットガンの散弾性の攻撃は、巻き込む危険性もある。
どうする!? 俺の体力で耐えられるか?
そのとき、キラリと稲妻のような光が視界に飛び込む。
ダークと呼ばれる短剣が一直線に魔物の頭を横に押しやる。耳下に的中すると、力を無くした魔物の顎がガードする俺の肘に引っかかった。
「大丈夫ですかっ! ガイム様!」
またキラリと光る頭頂部は、どこかで見覚えがあった。
「おお! 忠実なるスキンヘッド!」
入学式にセインをボコった集団のリーダーだった。
「遅れて申し訳ございません!」とスキンヘッドは跪く。
「そんなことはどうでもいいから、こいつらを一緒に倒すぞ!」
「……は、はっ!」
立ち上がったスキンヘッドは俺と違って余裕があるように思えた。
「どうしたらいい? 何か考えはないか?」
「ございます……。私はある程度、光の魔術が使えますので閃光を放つ間、目を閉じていただき、奴らが眩んでいる隙にガイム様の一撃を」
「分かった!」
スキンヘッドは手のひらを上に向けると、光弾が浮かんだ。
俺は目を閉じる。
真っ赤な光が瞼を貫通して眼球を刺激した。強力な閃光だ。
目を開けたときには、上空に弱い光源が浮かび、それに照らされる魔物たちが露わになる。墨で描いたかのような犬は、頭をしきりに振ったり、のたうち回ったりしていた。
容赦なくその魔物たちに一撃を見舞った。
絶命した魔物たちは黒い灰となって、形を崩す。
女性はそれを見届けると、地面にうつ伏せになって気を失った。俺が来る前から随分と精神をすり減らしていたのだろう。
俺とスキンヘッドは女性を警ら隊に預けると、キャンプ跡地の騒動について説明した。
――長い夜だった。
学園に戻る頃には、空が明るくなり始めていた。
「よく、町の辺境で俺を助けに来れたな」
「常々ガイム様を守るよう見張っておけとリドー様に言われていましたので……。しかしまさか、学園外に出られるとは思っておらず……」
「いや、よく来てくれたよ、助かった」
スキンヘッドは跪いて頭を下げると、忍者のように姿を消した。
俺はスマホを取り出した。
<通知:仲間との共闘! 人という漢字は…>
『ジャージル:リドーの忠実な部下(モブ)』
スキンヘッドはモブかぁ……。
なんとなく、モブかなと思っていたが……俺にとってジャージルのような仲間は必要に思えた。
俺の中で自分に向いていたベクトルが、外に向き始めた瞬間だった。
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