第11話 侵入者
夜、俺とラームはテーブルを挟んで対面していた。
ラームの真剣な表情を俺はじっと見つめる。手にはトランプのカード。
「本当にそれでいいんだな……?」
差し出された俺のカードに、伸びた指先がピクリと動いて、となりのカードに移った。カード越しにラームの青い瞳が左右に動く。
「これじゃぁあ!」
勢いよく引き抜いたカードをひっくり返して確認すると、ラームはテーブルに額をぶつけた。
「ま、またジョーカー……」
二人でやっているのに、なかなか終わらないババ抜き。もう五回ぐらいジョーカーを引き続けていた。
日々の授業でもキツイのに、昼休みと就寝前には必ず、ラームとボードゲームをすることにしていた。それもこれもセインの俊足のせいだ。
選抜試験でみせたセインの異様なまでに鍛えられた敏捷性。
すべての模擬戦闘をわずか数秒で完勝している。ということは、俺の『尋問官』による質問を聞き終える前に、セインのショートソードが喉に当たることになる。体力21にドーピングしているとはいえ、喉をかき切られたら死ぬのは必然だ。
いまさら魔術やらを習得するには遅すぎるわけで、スキルアップしか道はない。
「さあ、カードを引かせろ……まだ決着はついていない」
俺が手を伸ばすと、ラームは目を閉じたまま仰向けになり椅子の背もたれに寄り掛かった。
「……もう、ムリぃ……。耐久ババ抜き、キツ過ぎ……」
半目になりながら辛うじてカードを立てたので、俺もそこからカードを引く。
また……ジョーカーかっ……。
「ぐうぅぅう……ZZzz」
ラームは天井を仰ぐように眠り、いびきをかき始めた。
「おい、起きろ! ここで寝るな、自分の寝室に行け」
手足を投げ出して、背もたれで寝るラームに近づき見下ろす。両手でほっぺたを挟んで圧迫してやるが、目を閉じたままだ。
「起きているんだろう?」
「ふぁい……起ひぃてまふぅ」
『尋問官』の問いに答えてカッと目を開いたラームは、正気に戻ると小さくため息をついた。
「ハイムさま、たまには女らひぃく扱ってくらぁふぁいよ」
「だめだ、お前は講師であり、付き人なんだからな」
「ふぉんなぁ……」
それ以上に、スマホで見た『魔王軍のボス』というラームのプロフィールが気になる。本人には伝えていないが、魔王軍に取り込まれないようにするため、付き人にしているのだ。
あと……。
俺は、胸がおっきいほうがタイプだ……!
残念なことにラームは凪の湖のごとく平坦静止、ゆえに俺の息子も明鏡止水の沈黙を貫いている。こればかりは個人の趣味趣向を無視することはできないのだ。
「ほら、もうババ抜きはいいから、自分の部屋に行け! でないと顔の全部の皺を羽ペンでなぞる」
「ふぁい」
ラームが背もたれから離れたとき、部屋の窓が一斉に割れた。
「キャーッ!!」
ラームの叫び声と一緒に夜気が部屋に流れ込むと、翼の広げた黒い魔物が入ってきた。羽ばたく風圧でトランプが舞い散り、大きなニワトリのような足が床板を白く傷つける。
「キサマがこの建物の支配者か……?」
人間の声とはほど遠い、声帯を使っていないような、低音が聞こえる。
その魔物はくちばしがあり、目には感情がなく野生の獣そのものだ。手は脚鱗に覆われて、四本しかなかった。
「そうだ。俺はガイム・ランドレーだ」
「魔王様から伝言がある。キサマが育てているガキどもを全てコロせ。命令に従わなければ、キサマの命はない」
「分かった。……ところで、君は魔王軍でどれぐらい偉いんだ?」
「……う、ウッ!」
魔物は少し苦しむと、バタバタさせていた翼を小さくして立ち尽くす。
「下っ端で、下から二番目ぐらいだ」
人間と違って多少時間がかかったが、『尋問官』が効くことは確認できた。
「そうか、じゃあ、魔王と会ったこともない?」
「……ない」
「それは、残念だ……」
せっかく魔王について色々と質問をしたかったのだが、したところで底辺の魔物では虚実混交した答えになるだろう。
大きな口ばしに、鋭利そうな爪をもつボスっぽい見た目ではあるが、翼が大きく重いのか緩慢な動きだ。遠方への伝令係としては適役だな。
俺は内ポケットから金貨を一枚取り出した。町外れでやってしまった失敗を教訓にして、コインの種類別にポケットを分けることにしていた。
外ポケットには取り出しやすく牽制するためにも、銅貨と銀貨を。そして最も価値が高く威力がある金貨を内ポケットに入れていた。焦って金貨を使って、相手の四肢を吹っ飛ばしたくないからな……。
金貨一枚は銀貨百枚分、銅貨にすれば一万枚の威力がある。
「もっと強い奴を寄こせって言っとけ!」
鳥の化け物に向かって、金貨を投げ飛ばす。滑空するコインは羽毛に覆われた胸板を窓の外にまで吹っ飛ばした。
「ごふぅぅうううっ!」
くちばしから血がほとばしると、魔物はそのまま夜闇に紛れる。夜空を羽ばたく翼の音が遠のくと、飛んで逃げていったことが分かった。
「ガイム様ぁ! さすがですぅ、カッコイイー!」
ラームが俺の背中をぎゅっと抱いた。
「怖かったですぅ! あたしぃ一人じゃ寝れない……ガイム様と一緒に寝るぅ」
まな板の胸を寄せ付けてくるが、俺はまったくそそらない。というより、初めての魔物退治を終えたばかりで、気持ちがそっちに切り替わらない。
「一人で寝ろ!」
ラームの額に銅貨を押し当ててめり込ませると、「ぎゃあ!」と言ってラームは部屋を出て行った。
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