第10話 クラス分け

 登校初日、俺は新入生とともに教室に集められる。

 一部の生徒たちは教室内の華美な装飾や、施設の大きさに目を奪われていた。

 エルピス学園は町の建物と違って、合理性よりも贅の趣向が強い。校舎の柱にはコリント式のリーフ調の彫刻があり、廊下には絨毯が敷かれている。食堂の半分はテラスになっていて、貴族が召し抱えるようなシェフが料理を作っていた。


 それらはすべてこの学園に留まりたいと思わせるためだ。

 教室の教壇に熊のような体格のムキムキが立つと、否応なしに生徒たちは緊張した。


「これからクラス分けをする。生徒同士で模擬戦闘を行い、各個人の勝敗によってクラスが決まる」


 クラスはハイクラス、ミドルクラス、ロークラスの三つがあり、各レベルに応じて教師陣のクラス分担が決まる。有能な教師であれば、必然的にハイクラスを教える時間が増えるらしい。

 つまりクラス分けは重要な選抜試験でもある。特に新入生はスタートダッシュで雲泥の差になるため、入学前から入念に選抜試験の準備をしている。


 簡単な説明を受けた後、俺たちはグラウンドに移動した。

 どうやら俺の相手は魔術使いのようだ。セインといきなり戦ったりしなかったので、まずはほっとしている。


 入学式でセインと最悪の初対面をしてしまったことについて、リドーに話したところ驚愕の事実が判明した。


「セインとは、ガイム様が幼少期の頃から、幾度となくケンカしておられましたよ」


 なんでそんな重要なことを言わなかったんだと詰め寄ったが、異才の調査やらを優先していたらしい。それに――


「それに、いまさら仲直りということも難しいかと。このままライバル関係であったほうが、セインも成長しますしガイム様も成長するのでは?」


 たしかに、いまさら仲直りなど不信感しかないし、少なくとも魔王の手下とやらが現れてからでも遅くはなさそうだ。

 セインと敵対しないということは続けていくが、決定的な場面では力を合わせれば、むしろ強い友情が生まれるのではと思った。


「では次の試合! トト・フェーロードとガイム・ランドレー……様」


 ムキムキに呼ばれて、グラウンドの真ん中に描かれた白線に入る。

 トトとかいう魔術師はロッドを何度も持ち替えると、余裕の笑顔を俺に向けた。


「負けてあげてもいいですよ、金貨千枚ほどでどうですか?」


 あえて周囲の生徒に聞こえるように大声を張りあげる。囲む生徒たちが、賄賂、御曹司、成り上がり……と俺の代名詞を口にする。

 道具に制限はないがさすがに金の力はダメなので、教師のムキムキが注意した。だが勝敗のルールは、相手が「まいった」とさえ言えば勝ちになるので、買収も可能なわけだ。あと、相手が気を失うか、白線外の地面に足が着いた場合も勝ちになる。


「正直、心底ほっとしている。……お前をボコボコにしてしまっても後腐れなさそうだから」と俺は思ったことを口にした。

「……はぁ? こう見えても僕は炎の魔術レベル3まで習得していてね、学園で怠惰に暮らしていた坊ちゃんなんて、一瞬で丸焦げになりますよ」


 俺はジャケットの胸ポケットから銀貨を十枚取り出した。


「へぇ、他にどんな魔術が使えるの?」

「そ……それは、氷結魔術がレベル……」

「まぁ、全然興味はないんだけど、だいたい銀貨十枚ぐらいで勘弁してやるよ」


 棒立ちして俺の質問に丁寧に回答してくれているトトとやらに、銀貨十枚をまとめて投げつけた。

 一枚一枚が重なり大きな銀の塊となって、的確にトトのボディにヒットする。

 コインの投げ方だけは猛特訓の末、思ったところにヒットするようになっていた。

 魔術師だからか分からないが、あまり体を鍛えていないようで、コインがかなりメリ込んだ。足が地面を離れて、わずかに浮くと後頭部を打ち付けて、そのまま失神してしまった。


 一瞬のことで周囲は水を打ったように静かになった。


 トトにぶつかるコインを視認できた者は怖れて、一方では銀貨十枚で買収され失神のフリをしているのではと思った奴もいる。疑問が疑問を呼んで、再び騒然となった。


 俺が試合エリアから出たあとに、セインが入る。

 セインは俺より少し背が小さい。凡庸な顔でなんとなく薄汚れた印象がある。しかし入学式のときのように、何かを決意すると恐ろしく頑固そうな表情になる。

 対戦相手は重騎士のようだった。新入生にも関わらず、厚いアーマーを装備して、セインより頭一個分ほど高い大男だ。

 一メートル以上はあるクレイモアを振り上げた大男は、間合いをとって構えた。飛び込んだところに振り下ろすつもりだろう。


「田舎者が! そんな小さい剣でプレートメイルが破れるわけないだろう!」


 たしかに頑強な鎧は、セインのショートソードでは太刀打ちできなさそうだ。

 俺の金貨レベルでもへこませるぐらいしか、衝撃を与えられないかもしれない。


 しかしセインはつま先で地面を蹴ると、姿を消した。

 あっと息を呑んだ瞬間には、重騎士の背後に回り込み襟元の隙間に、ショートソードの刃を通していた。

 冷たい鋼鉄の切っ先を首筋に感じたのか、重騎士はクレイモアを持ったまま固まる。


「……ま、まいった……」


 セインが巻き上げた砂埃を払うように、重騎士はクレイモアをゆっくりと下ろす。セインは新入生のなかで最も早く勝利を手にした。

 俺も順当に勝ち上がり、セインと同じハイクラスに選抜された。

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