第7話 異才の使い方

 夜、俺は寝室に一人突っ立っていた。

 片手にはスマホがあり、じっと画面を眺めている。


『ラーム:魔王軍のボス。魔物を育成する』


 俺は悩んでいた。

 ラームを今後どう扱うか。

 ステータス画面に表示されている内容は、俺が悪役だった場合の肩書き、のはず。なぜならストーリーの内容は相変わらず魔王に吸収されて死ぬことが予言されているからだ。


 しかし――もし、ストーリーが必然だったとき、つまり俺がどうあがこうが、セインと敵対して魔王の手下になるのであれば、ラームも魔王軍の仲間になるということになる。


「どっちにしろ信じて、仲間にするしかない」


 異才の強化において、ラームの手助けが必須であることは明白な事実だ。しかもただ一緒にいるだけで強化されていくという、低コスト高リターンな異才持ち。なんとしても仲間に引き込みたい。


 俺は机から硬貨を取り出した。

 何気に軽く投げてみると、硬貨は部屋を横断して、扉の横の支柱に突き刺さった。

 硬い材木に硬貨の半分ほどがめり込んでいる。


 魔術の基礎もない俺にとって、唯一の武器になるだろう。しかも、ラームの話ではさらに上がる可能性がある。 

 そしてもう一つの『尋問官』。これは俺の問いに対して問われた側の意思に関係なく、答えを引き出すことができる異才と思われる。


 この世界でどれほど通用するものなのかは分からない。まだまだ勉強途中だが、2つともかなり優位な異才だと思っている。

 俺は入学前にどうしても実戦を経験しておきたかった。というのも、学園内ではどうしても手加減をされるからだ。


 学園外で鍛えられた勇者の卵たちに、実戦という大きな経験で差をつけられれば、俺の出番はないだろうし、仲間になれるなんてないかもしれない。

 まして、魔王やその手下と命を懸けた戦いができるのか……。


 俺は黒のローブを纏って、学園から抜け出した。

 何人かの使用人に見つかったが、適当な言い訳を言えば誰も止めることはしない。

 町は学園から離れれば離れるほど荒れていく。


 初めは石畳が街道に綺麗に並べられていたが、少し離れれば石畳は剥がれて、土くれになった。民家もあっというまに傾き始めて、街灯も少なくなる。

 町全体が学園を中心に成り立っているように思えた。


 酒場の前を通りかかったとき、野太い声が聞こえた。


「オイッ! お前、高級そうなローブを持ってんな!」


 酒に酔った勢いで声を掛けてきてんのか。と、俺は無視して通り過ぎると、バタバタと俺のまえに壁を作った。


「なに、無視してんだよ! この野郎、ここがどこか分かってんのか!?」


 その声に反応するかのように、酒場からぞろぞろと男たちが出てきて道を塞いだ。

 全部で六人ほどになると、間を詰めて俺を取り囲む。

 鎖帷子を着こんで、鉄臭さがこちらにまで漂ってくる。

 腰には短剣をさして、ニヤニヤと不気味に笑っていた。


「俺たちはダルドム盗賊団だ、お前の持ちもの全部ここに置いていけ、そうしたら見逃してやる」


 もう一人がそういうと、さっそく短剣を抜いて俺の前でクルクルと回転させた。


 もとの世界ではありえないぐらい治安が悪い……。まだ町も出ておらず、近くの魔物でも倒せたらと思っていたが。

 学園と町中でこれほどの差があるのが驚きだ。


「ち、ちょっとまて、こいつ、学園のガイムじゃないか……」と、一番後ろの男が俺を指さす。「いや、間違いない。オレはあの学園にいたんだ。いつも壇上で偉そうにしてやがるこいつの顔、覚えているぜ。虫を見るような目で、いっつも見てやがるんだ」

「たしかに、こいつは金持ちそうなツラをしてやがる」

「牢屋に入れて、身代金をもらうか」

「いや、それよりまず、オレにボコらせろ。オレはあの学園から退学させられたんだ! 泣いて謝るまで許さねぇからな!」


 盗賊どもは少しずつ輪を小さくしてきた。

 魔術などを警戒しているのか、たとえ相手が手ぶらであろうと気を抜かないのが盗賊っぽい。威勢のいいことを言うが、こいつらなりに実戦を経て、やり口を練ってきたのだろう。


「この中の一番偉い奴は誰だ?」と俺は目の前に居る男に尋ねた。

「あいつがリーダーです」


 すぐに答えが返ってくる。


「ば、馬鹿! 何を答えてんだ?!」

「え、俺? 何かしたか……?」


 答えた本人は答えたことさえも気づいていない。『尋問官』は回答者の全神経を一時的にマヒさせる力もあるのだ。

 俺は指差されたリーダーに体を向ける。少し怯んだ表情を見せたリーダーだが、すぐに悪党面に戻る。


「ただのガキだ。ちょっと太ももでもナイフで刺せば、おかしなマネはしなくなる。やれ」


 最も近い二人がわっと襲い掛かったとき、俺は懐から金貨を取り出してリーダーに向かって投げつける。

 キラッと弱々しい街灯を反射した金貨は、瞬く間にスピードを上げ、リーダーの腕の付け根へ一直線に向かう。

 空気が金貨の後を追うように流れて、そのあとに大きな音がした。圧縮した空気が真空を埋めるときの音だ。


――ドン!!


「ぐうううぁぁぁあっ!!」


 リーダーの片腕が夜空に舞った。


 散り散りになった鎖帷子のチェーンが、来た道にカラカラと落ちる音が聞こえる。

 襲い掛かろうとしていた二人は何事かと足を止める。


 予想より金貨の力が強すぎて、俺は少し焦っていた。

 木材にめり込むぐらいだったはずだ……。

 人間の腕を貫通してもぎ取るほどの威力はなかったはず……。


 集団は倒れ込むリーダーに何が起きているか、薄暗がりで分からなかったのだろう。半狂乱に近い様相で襲ってくる。


 とにかく、今はこいつらをなんとかしないと。

 学園を出る前に適当に硬貨をいれた袋に手を突っ込む。

 そこには銅貨、銀貨、金貨が沢山あった。

 ――なるほど、俺が木材に放ったのは銅貨。『銭投げ』の異才は、投げるものの価値によって決まるのか。


 俺はとりあえず手当たり次第に硬貨をつかむと、バラバラと振りまく。適当に投げたそれらの硬貨は、あっという間に速度をあげ、まるでショットガンのように男たちにぶつかった。


「ギャアアアアーーー!!」


 道は凄惨な状態になった。


 地面は飛び散った血で黒くなり、その中で男たちが激痛でうめき声を上げる。気を失ったか、死んでいる者もいた。

 悪党とはいえ、さすがにショックはある。


 俺はリーダーを立ち上がらせ、警備隊が常駐する宿舎に向かった。

 リーダーは従順だ。

 散々悪さをしてきただろう傷だらけの顔が、俺と目を合わせると怯えの色を漂わせる。


「どうしたんだこんな深夜に歩き回って」


 ランタンを持った警備隊の一人が、俺たちを遠目でみて声を掛ける。

 あまり近づくと顔もバレるし、何より返り血を浴びて殺人鬼みたいになっていた。


 俺は縛り上げたリーダーに質問する。


「お前の所属と名前を言え。あと、やってきた罪を全部吐け」


 そうしてボロボロ出て来た罪状は警吏たちの目を丸くさせた。


「酒場前の道で、盗賊団が倒れている、早く行ってやってくれ」

「待て、お前は誰だ?! ちょっと事情を聴きたい」


 俺は警吏に捕まる前に、どうでもいい質問をする。


「君の所属はどこだ? 名前はなんていう?」


 警吏は体を固まらせて、俺の問いにだけ集中して答える。

 俺はその間に暗闇に紛れて逃げた。

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