第5話 パーム

 私みたいな下層の人間が、下僕の使用人から秘書にまでなれたのは、本当に幸運なことでした。


 母も病気がちで父はすでに他界。

 奴隷商人に売られても珍しくない生活環境の中で、ランドレー財閥の下僕として雇ってもらえたことがまず幸運でした。


 屋敷内で寝泊まりできて食事も頂けたので、私の分の生活費も浮いて、仕事に専念できました。


 しかし一方で、母はなんとか一人暮らしができてはいましたが、病気が悪化していたようです。

 私は多少仕事が厳しくても、給料を多くもらえないかリドー様に相談しました。

 

 そんな折、ガイム様の秘書の枠が空きました。すぐに埋まるのですが、またいつの間にか人がいなくなってしまう。


 次々に人が辞めていくほど、ガイム様の秘書を勤めるのは大変だと噂が流れました。でも背に腹はかえられません。


 私は無理を言って秘書にしてもらい、随分と給料を上げてもらいました。私は感謝の意を込めて、母から教えてもらったアクセサリー、ガイム様のためにネックレスを作りました。


 しかしガイム様は多忙なお方。常にピリピリされて、使用人に八つ当りする毎日です。とてもアクセサリーを渡せるような雰囲気ではありません。

 とうとう私に対してもクビにするぞと脅されて、あんなことやこんなことをさせられました。


 それでも、またスラム街に戻ることを考えれば、これしきの羞恥心、なんということはありません。


 ある日、ガイム様が「すまない」と唐突におっしゃられました。私は本当にあの冷酷非道なガイム様かと疑いましたが、毎日会っている私に見間違いはありません。

 体調が悪いというわけでもなく、突然今までのことを悔い改めたようでした。


 私はにわかには信じられませんでしたが、次の一言を聞いて、ガイム様は変わられたのだと確信しました。


「変わるのに理由も時間も必要ない。長いホニャララ」


 後半は覚えていませんが、おっしゃるとおりだと得心しました。

 そしてガイム様は自ら行動して立証します。


 それは私が事務室でなんとなくグラウンドに生えている木を数えていたときです。汗だくのガイム様が校舎から出てきて、グラウンドの真ん中で倒れたのです。


「何をやってんだ、あのイカれ御曹子は?」

「たぶん幻覚魔術か薬だろう」

「早く死んでもらって、リドー校長に回してもらいたいな」

「いやすでにリドー校長が回してるだろ。でも死んでもらった方がいいのは間違いない」


 見ていた事務員たちから罵詈雑言が飛び交うのはしょうがないことかもしれません。私は今までなんとなく世間に流されて生きてきたので、ガイム様の肩を持つような反論はできませんでした。

 でも心のなかでは、「ガイム様は変わられたんだよ! もう今までの悪いガイム様じゃないんだよ!」って叫んでいました。


 後で聞いたのですが、自ら入学前に体を鍛えていたそうです。入学することも信じられませんが、まさか事前に特訓までするなんて!


 私はその日から、夢であったアクセサリー屋になるため技術習得を始めます。


 遠い夢に向かって、私も頑張ります! ガイム様も頑張ってください!

 そんな想いを込めてガイム様にネックレスを送りました。


 秘書になってからの様々な想いを込めて付術したネックレスですので、どんな効果があるか不安ですが……。

 毎日欠かすことなく付術したので、きっとそれなりの効果はあるはずです。

 

 もし気に入っていただけたのであれば、また自信作を贈りたいと思っています。

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