第4話 育成の方針

――コンコン。


 次の日の朝、扉を叩く音で目覚めた。

 スマホを見るともう昼前になっている。体中の筋肉痛で起き上がるのがやっとだった。ステータスを開いてみると、やはり昨日のレベル1のままで変化はない。


 スマホは時計とステータス以外に使い道はない。通話やアプリを試してみたが、通信圏外で利用できなかった。

 ちなみに、スマホの充電についてリドーに相談すると、電撃系の魔術使いが電力を補填できるとのことで、昨日のうちにフルチャージしてもらった。魔術って便利!


 扉を開けるとパームがお辞儀をする。


「ガイム様、リドー校長が体育館でお待ちしているとのことです」

「すまん。昨日の疲れが抜けきれなくてね、すぐに行くよ」


 俺は扉を閉めようとすると、「あのー……」とパームが何かを取り出した。


「これ、もしよろしければ……」

「ん?」


 パームの手のひらにはネックレスと思しきものが握られている。手を開くと、フェルト素材で作られた人間の頭部のぬいぐるみがある。少し赤っぽくて、縫い口から綿が出てきて手作り感がすごい。

 顔の表情も哀しくも苦しいような、眉を八の字にして苦痛を訴えているようだ。


「私、手芸が趣味で……ガイム様はあまりネックレスやブレスレットなど、アクセサリーを付けないタイプでしょう? もしよければなーと思いまして」

「あ、ああ……まあ、学生だから普段は付けれないが……」


 俺はおずおずとそのネックレスを受け取った。パームの手汗でしっとりとしている。

 重い……。

 そんな俺の気持ちと裏腹に、パームは笑顔でお辞儀をして去って行った。


 姿見の前で謎の頭部ネックレスを着けてみる。

 重い……。フェルト製とは思えないほど、首に絹糸がめり込んで、頭部だけもぎ取られそうだ。

 もともと黒っぽい雰囲気に、赤のグロさがプラスされて個性的な悪役が出来上がってしまった。もし漫画に出てきたら、もうたぶん、中盤までは出ずっぱりのキャラであることは一目瞭然だ。

 すると、スマホから通知が来た。


<通知:はじめての装備。守られてるって安心>


『パームの手作りネックレス

半年前に完成したネックレス。ガイムのために作ったが、渡すことができず、付術を繰り返す日々。ついに呪いの域に達していた』


 呪い……?!

 たしかに重みは感じるが、着脱はできるし、何か制限が掛けられているのか?

 俺はステータスを開いてみる。


『ガイム・ランドレー

レベル:1

体力:1(+20)→21

魔力:1(-20)→0

力量:1

賢さ:3

敏捷:2

スキル:お金の力、ことば遊び

※()内は付術効果』


 す、すげぇ……。


 マイナスの幅もでかいが、もともと1しかないから実質ほぼタダで体力の恩恵を授かっている。心なしか、筋肉痛も感じなくなっている。マジですげぇ……。

 というか、装備品でパラメーターを上げる方法もあったな。ただ、毎日鎧着て教室に入るわけにもいかんしな……。

 俺にとって『パームの手作りネックレス』はしばらく手放せない装備品になりそうだ。



 体育館に入るとリドーがやや困った顔で一人突っ立っていた。


「ガイム様、魔術教員の言う通り、西の森で魔女を連れて来たのですが……」

「我が学園で教鞭をとってもらうことになったのだろう?」

「それが……どうやら簡単な魔術もできない、とんだくわせ者だったようで」とリドーが言った途端、壇上の舞台袖からひょこっと女性が顔を出した。

「魔術が使えないからって、魔女じゃないって決めつけんな! 白ヒゲじじい!」


 威勢のいい女性は俺と目が合うと、あっと口を開けた。


「……めっちゃいい男やん! あなたがランドレー家の坊ちゃまね」

「ああ、ガイム・ランドレーだ」

「……いい声ね……」


 リドーはほとほと呆れて、頭を抱えた。


「ガイム様、あんな輩と話すのはおやめください。奇術を使えるというのは大嘘です。魔術の基礎さえも理解していない、ホラ吹きの売女でしょう」

「リドー、俺たちがわざわざ学園に召喚したのだろう。そんな言い草はないんじゃないか」

「……っと、失礼しました」


 女は壇上で二人の警備員に挟まれ縄されていた。

 髪はシルバーのウルフカットで、魔女と言うよりは盗賊のような、身軽な服装と長い革製のブーツを履いている。切れ長の青い目で真っ赤な口紅を塗っていた。

 もとの世界でいうところの、活発で遊びまくっている女子大生というか、ヤンキーっぽいガサツな印象があった。


「名前はなんていうんだ?」

「ラーム・ウィンストレット」

「ラーム、俺の適性を見極められるか? その適性を伸ばすことができるなら、教師として雇ってやってもいい」


 ラームは人差し指で唇を弄び、俺の顔をじっと見た。


「そうだね……才能はほとんどないね。ボンクラ以下」


 リドーは目配せすると、警備員が女を舞台袖の備品庫に押し込もうとする。


「で、でもね、異才があるよ! ち、ちょっと待て! 『お金の力』と『ことば遊び』だよ! ……やめてぇぇーもう森に戻りたくなぁいー!!」

「待て! なんでそれが分かるんだ!」


 俺は手を挙げて、警備員を制した。

 はっとしたラームは、俺のもとに小走りでやってくる。


「あたしはね、魔術や剣術なんかの才能以外に、もっともーっと大切な異才を研究しているの! それでね、異才を強くするやり方も知ってるの。あなたの異才も強くしてあげるからさー!」


 駆けつけた警備員にもう一度取り押さえられるラーム。

 彼女の言っていることは本当だろう。ステータスをみることができる魔術なんかは、この世界にない。それはスマホを見てもらったときにリドーに聞いた。


 このまま才能のない分野を鍛え続けても、一般の学生を超えることはできないだろう。

 俺はリドーに、ラーム専用の講師室を設けるように伝えた。

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