第3話 教師、選び放題

「ガイム様。我々エルピス学園の有能な教師を揃えました。まずはどの教科から鍛えますか?」


 リドーは五名の教師を並べて振り返った。

 若くてムキムキの教師もいれば、老齢の分厚い眼鏡をかけた教師もいる。


 できれば全部を鍛えたいのが本音だが、なんとしても体力1という、蚊に刺されたら死にそうな数値は真っ先に上げておきたかった。


「とにかく体力をつけたいんだが」

「体力ですか、ふむふむ。それであれば、『レスリング』から始めてみては」


 ムキムキの体育教師に施設へ案内された。


「基礎トレーニングは、懸垂、スクワット、綱のぼり、それから階段を上がり下がりするのもいいですね」


 施設には鉄棒や平均台など、あらゆる器具が置いてあったが、階段はどこにもない。


「階段はあちらをご覧ください」とムキムキが指さす先には大塔がそびえていた。

「ほほう、なるほどな」

「基礎トレーニングをまず数日かけてやっていただき、そのあと少しずつ実践形式のトレーニングを織り交ぜていきましょう。トレーニング中は私も付き添いしますので、いつでも声を掛けてください」

「ありがとう。しかし、俺に付き添っている暇はあるのか?」


 横にいたリドーが咳ばらいをする。


「入学までの間は、空いている教師がいますので私のほうでやり繰りします。それに、彼ら五名には特別手当を支給しておりますので、心置きなく特訓されてください」

「そういうことか」


 俺がムキムキに目を向けると、ニカッと笑顔になった。




「おりゃりゃりゃーーー!!」


 俺は咆哮を上げながら訓練をする。

 汗をほとばしらせながら懸垂をしたあと、平均台でスクワットをして、十メートルほど垂れ下がる綱を昇る。上半身、下半身を絞り込み、疲労が蓄積した。


 しかしなんと細い腕と脚なんだ。

 まるで女性のような体に容赦なく鞭を入れる。


 こんな体ではだめだ。俺は魔王と対峙することが決まっているのだ。世界の平和は、俺が守る!

 俺の生きる目的と、学園の平和が運命のように結びつく。使命感が後押しして、体の奥から熱いものが込み上げてくる。俺は燃えていた。


 酸欠状態になりながらステータス画面を確認する。一向にレベルアップしない。

 まだまだ追い込みが足りていないのだろう。


「……はぁはぁはぁ……。じゃあ、つ、次は天空の塔だな」


 もはや満身創痍の体ではあるが、ラスボスみたいな巨塔を目指す。


「お、俺は勇者の仲間になる男だ……、これしきのことで……ぐふぅ」


 前のめりになり、塔に入る前で視界が暗くなる。体中から力が抜け意識が飛んだ。




 目を開けると治療室のベッドにいた。

 ちょっと調子に乗って、失神してしまったらしい。

 なんか途中から気分が高揚しすぎて、だいぶん鍛錬の方向性を見失っていたような……。


「おおっ! お目覚めですか!」


 横に座るリドーが安堵の表情を見せた。


「専門の教師が付いていながら、ガイム様を失神させるなどとは、あのムキムキはクビにしました」


 ム、ムキムキ? ああ、あの体育教師か。やっぱりムキムキっていうのか。


「リドー、俺は他の生徒と比べてどうだ? どれぐらい劣っている」

「ガイム様……」リドーは俺の真面目な顔を見ると、正面に座った。「分かりました。正直に申し上げて、エルピス学園に入れるレベルではございません」

「……やはりそうか。おそらくあのムキムキもこれほどレベルが低いと思っていなかったのだろう。しかし俺はどうしても体力つけたい」

「分かりました。ムキムキは呼び戻しましょう」

「時間が惜しい、片っ端から教師に特訓してもらおう」


 その後、三つの特訓を受けたが、レベルアップすることはなかった。

 そして最後の魔術の特訓でもステータスに変動は見られず、俺は半ば諦めていた。


「……ガイム様、魔術とは関係ないことなのですが……」と分厚い眼鏡をした魔術教師が瞑想中に話しかけてきた。

「? どうしたんだ」

「長年教師をしていると、会って話せばおおよその適性というものが分かるようになるものです」

「ほほう。なるほど。ぜひ俺の適性を知りたい」

「ガイム様は肉体面、精神面どちらも随分劣っており、これといった一般的な適性はないですね……」


 悪役で暗殺者を送り込むゴミ屑野郎だから、適性なんてないのでは。と薄々は感じていた。もしかすると、レベルアップすらせず、固定のままなんじゃないか。


「無礼な! ガイム様は当学園の理事ですぞ!」


 理事……かぁ。もういっそのこと、権力とお金を正しく使う道もアリなんじゃないか。基礎ステータスを今さら上げても、セインのサポート役が俺でまかなえるとは思えないし、とうてい魔王と張り合える気がしない。時間の無駄とさえ思える。

 それより、権力とお金を増すことに力を入れれば、セインの力になれるだろう。もしセインが俺のやり方を拒んでも、本人に悟られないようにサポートすればいいんじゃないか。


「た、大変失礼しました!」と魔術教師が俺とリドーに頭を下げた。「ただ……その……誤解しないでいただきたいのは、一般的な適性がないだけで、特殊な適性が高いと思うのです」

「特殊な適性とはなんだ?」

「いわゆる、特殊技能、異才、才覚、スキル……。その方面について詳しい者を知っております」


 俺はリドーと視線をあわせた。


「では、その者を紹介しなさい」


 リドーは翌日に新しい教師としてその者を迎え入れた。

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