第2話 泪あふれる会議
会議室に入った瞬間、ガタガタと十数人の大人たちが椅子から立ち上がった。俺よりもずっと上の年配者もいる。みなの目には畏れの色があった。
「ガイム様、もしや会議に参加されるのですか?」
一番奥の隅の方に、白い口ヒゲを蓄えた上品そうな老紳士がこちらに目を向けた。
「ああ……理事長だからな。これからはちゃんと会議に出席するつもりだ」
「おおっ!」と周囲から歓声が沸く。
しかしその面々には戸惑いとぎこちない笑顔がある。
いきなり180度のキャラ変化は、素直に受け入れられるとは俺も思っていない。
一番奥の席に案内されて座ると、出席者全員が兵士のように棒立ちになっていた。
「ああ、そうか……。みんな座ってくれ、俺に構わず会議を続けてくれ」
その言葉を合図に、出席者たちはたどたどしくも会話を始めた。
議題は一カ月後に行われる入学の話。おそらく主人公セインも参加して、俺と出会う設定なのだろう。
しかし――この重役たちが話す内容は、予算や生徒の入学費の使い道だけだな……。
ここで口を挟むのも多くの疑念が生まれそうだし、ここは場の流れに委ねるか。
「それでは、一ヶ月後に開催される入学式について。例年通りで問題ありませんな?」
隅に座る紳士がみなに尋ねる。今までの会議の様子から、たぶん白ヒゲが一番偉い気がする。こっそりと机の下でスマホを弄ると、ステータス一覧に多くの人物が追加されていた。俺が出会った人物はすべてステータス一覧に記録されていくらしい。
『リドー:エルピス学園の校長兼ランドレー家の執事』
画面の端に白ヒゲの顔写真がある。
なるほど、校長なのか。どおりで一目置かれているわけだ。
「入学式か。それは俺も参加するやつだよな?」
たしかストーリーに入学初日でセインと対立するはずた。
「参加していただけるのですか?」
「ああ、もちろん。だって、入学するんでしょ?」
急に会議室が騒然となる。
え? 何か俺、変なこと言ったかな?
「それは、たしかに入学される年齢ですが……入学せずとも、卒業することは可能ですよ」
「いや、それではだめだ。俺はいまよりも多くの経験を積みたいと思っている。それに理事長として、一般の学生と共に学園生活を送ることで、この学園がより良くなるヒントが得られるかもしれない」
リドーは開いた口を自分の手で覆った。
会議室はさらにガヤガヤし始めて、大の大人が狼狽え始めた。
「リドー校長! どうされるんですか、まさか理事を入学させるなんて……」
「もし怪我でもしたら、どうするんですか。こればかりは、反対されたほうが……」
「低俗な学生もいるのですよ、理事に悪影響がでるのでは……」
みな俺が入学するのを避けたいようだ。しかし俺としては、セインとのつながりもできるし、今後魔王の手下どもと対決するために、自分を鍛えることもできて一石二鳥なのだ。まあ、学園をよくするとか、そういう気持ちは嘘ではないんだけどね。
「おだまりなさい!!」
急にリドーが大声を出したので、俺は椅子から転げ落ちそうになる。
会議室の壁がビリビリと振動して、みな口をつぐんだ。
「理事長の考えは素晴らしいものです。なぜそれを止めようとするのか! 私は感動したのですよ……ううっ」
嗚咽で漏れた声をリドーは手で塞いだ。
俺はリドーを落ち着かせようと手で制する。
「ま、まあ、落ち着いて。みんな、俺は今までがダメダメだったから、これからは真っ当に生きる以上のことをしないといけない、そう今日から決めたんだ。たくさんの後悔を、いつまでも後悔しても意味はないからね。前に進むのみだよ」
「な、なんと立派になられて……」
とうとうリドーは涙を流して、「おおぇっ……」と吐きそうなぐらい号泣する。おかげで白ヒゲが、線香花火みたいに散って張り付いているじゃないか。
パチパチパチ……周囲も涙を流しながら、誰かが拍手し始めると、それがきっかけになって大きな拍手になった。
「はははは……ありがとう、ありがとうございます。今後ともガイムをよろしくお願いします」と言いながら立ち上がってお辞儀した。
まるで選挙みたいだな。まあ理事ってこんな感じの仕事してんのかな?
会議が終わり部屋を出る頃、俺はリドーに声を掛けた。
「ところで、校長。入学式まで一カ月あるって言ってましたよね」
「ガイム理事、私に丁寧語、尊敬語、謙譲語は不要です。私はランドレー家の執事でもあるのですから」
ランドレー家?
ああ、俺の一族の名称か。執事ということは、結構昔から仕えていて俺とは幼少期から交流があるのか。たしかに、あまり丁寧に接すると不自然だな。
「ああ、つい、公での言葉遣いが出てしまった。……リドー、入学までに俺を鍛えてくれる人物をつけてくれないか」
「なるほど、入学までにほかの学生とのレベルまで、ご自身のレベルも引き上げたいとおっしゃられているのですな……さすがです……ううっ、おおぇっ……」
リドーはさっとハンカチで涙を拭うと、襟を正した。
「では、学園で有能な教師の方々に特訓を依頼いたします」
「うん、頼んだよ」
おそらくセインとは性格上、金持ちや権威に物怖じせず、実力を見定めてくるだろう。友達になるために、少なくともレベル1の状態じゃ相手にされない。
俺はこの日から、教師の特別訓練を受けることになった。
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