悪役学園理事長に転生、魔王奴隷ルートを回避するため異才を極めてみる

下昴しん

第1話 おはようございます。素晴らしい朝

 瞼を開けると、視界に見知らぬ天井があった。しかも節目ひとつない綺麗な木材で出来ている。

 もちろん俺の部屋の安っぽい天井じゃない。


「ここは、いったいどこだ……」


 俺は記憶を遡る。

 帰ってきてからめちゃくちゃ疲れていたので、着替えもせずそのままベッドに横になった……。

 そこまでの記憶はある。しかし、この部屋にいる理由を説明付けられる記憶は一切なかった。


 ――コンコン。


「はい」


 扉がノックされたので、なんとなくつい返事をしてしまった。

 すると、おどおどした女性の声が扉の向こうから聞こえてくる。


「ガイム様、会議の時間ですが不参加でよろしいでしょうか?」


 ガイム様? 会議?


 起き上がり周囲を見渡すと、俺の家の三、四倍はある寝室で寝ていたようだ。絨毯やらアンティークな木製家具が、部屋をさらに豪華にしている。

 ゲームなんかでみたような、中世の上流貴族の部屋そのものだ。


 天井についているのはシャンデリアか?

 そんなの普通の家にあるかよ、とツッコミつつ、夢心地でキングサイズのベッドから下りた。


 ふいにブルッとズボンのポケットが震えた。手を入れると、指先が硬いものにぶつかる。


「俺のスマホ……」


 そういえば、服もそのままだし、靴もポケットに入っていたものも全部、こちらに運ばれる前と同じだ。

 頭をひねって考えていると、見知らぬ青年が部屋にいることに気づいた。

 青年の髪形は、ふんわりとした軽いウェーブのかかったショートヘアで、つやのある漆黒。 シュッとした顎に力強い瞳と、しっかりした鼻梁が顔を均等に二分して、俺はイケメンだよと主張していた。

 それが姿見に写った自分だと気づいたのは、着ている服が俺の服だったからだ。なんて野暮ったい服なんだ。


「これが俺? どうなってんだ……」


 しばらく顔を眺めて、これが噂の異世界転生というやつなのではと思い始めた。そしてリアルな質感や冴えた頭が、夢の中ではないと伝えてくる。

 俺はいたって冷静だ。

 ここで慌てふためいても、絶叫しても、もとに戻れるとは思えない。

 それに金持ちで超絶イケメンになってるじゃないか、ラッキー!

 

「ステータスオープン!」


 広い部屋に俺の声が隅々まで響き渡る。

 しばらくして、遥か遠くで鳴る鐘の音が微かに聞こえた。


「うぐっ! なにも起こらないか……!」


 これは……なかなか恥ずかしい。外の女性に聞かれていないだろうか。

 ステータスを開けないということは、お決まりのチート級のスキルなんかはないのか?

 中世の建築物に調度品、西欧人のイケメンキャラ……。そして窓には学園の校舎が望めるというのに?

 

 さっき震えていたスマホを取り出すと、見たことのない通知がきていた。


<実績解除:おはようございます。素晴らしい朝>


 タップすると画面に『実績』というパネルが開かれる。


『おはようございます。素晴らしい朝 の実績を解除しました。ステータスが利用可能です』


「おおっ! ステータスが見れるようなったのか。ステータスオープン!!」


 再びしんとした部屋に俺の声が二度こだまする。


「なんでだよ!」


 どうやら口で言っても意味がないらしい。よく見ればスマホにステータスという項目が増えているじゃないか。


『ガイム・ランドレー:エルピス学園の理事長。主人公セインの学園内のライバル』


 説明文の横にはさっき鏡で見たそのままの顔が。ただし、背景が真っ黒で不敵な笑みを浮かべ、明らかに悪役扱いされている。

 ケーサツにお世話になるときの顔だなコレは……。


 ああ、ステータスを読む限りだと、俺は学園の理事長なのか。なら女性が言う会議にでなければいけない。

 

 俺は扉を開けると、律儀に女性がずっと立っていたようだ。俺と顔を合わせ女性は一歩下がる。


 濃い緑のシンプルなワンピースを着て、長いふわふわの金髪をポニーテールにしている。きっちり襟までボタンをしているせいで、一瞬でわかる豊満な胸が一際その大きさを主張していた。メイド服からひらひらのレースを取ったようなロングスカートで、脚は隠れていたが、ウエストは引き締まり、抜群のプロポーションであることは間違いない。

 それに赤い瞳が服の色と対照的で、かつ伏し目で弱々しい表情とギャップがあって可愛らしい。


「すまない。ずっと待っているとは思ってなくてね」


 女性は驚いて俺の顔をまじまじと見る。


「ど、どどどうされたのですか?! もしかして、体調が優れないのですか?」

「いや? 体調は問題ない。会議には出席するよ」


 俺はそう言うと、ひとつ間を置いて、「えっ!」と素っ頓狂な声が漏れた。

 

「も、もも申し訳ございません! 会議はすでに始まっておりまして……」

「? それじゃ、なんで……」

「いままで一度も出席されたことがなかったので、今回も欠席かと思いましてっ……ああわわわっ……申し訳ございません!」


 女性は何度も頭を下げた。その合間にブルッとスマホが震える。ちなみに、頭を下げる度に揺れる胸に、もう一人の俺が反応したわけじゃない。

 ちらりと目を落としてスマホの画面を覗いた。

 

<実績解除:初めての会話。おしゃべり上手>


 タップするとステータスにジャンプする。


『パーム:理事長の秘書(モブ)』


 モ、モブ……!?

 赤目の美少女で、しかもプルップル巨乳の秘書が?

 いったいこの世界の価値観はどうなってやがるんだ。明らかにストーリーに出てくるサブキャラか、ヒロイン級だろ。

 ……よし、パームはドジっ娘妹キャラに昇格しよう。


「どうか、クビにだけはしないでください……!」


 もしかすると過去にもドジってしまって、ガイムから何か仕置きをされのかもしれない。ガイムの理事長の権限というやつだろう。気に入らないことがあれば、解雇をちらつかせて言うことをきかせる。悪役のやりそうなことだ。


「クビにはしない」

「えっ……」

「そもそも、毎回会議にも出席せず、理事長の仕事を放棄している俺が悪いんだ」


 パームは顔をあげて目を見開いた。


「いったい……どうされたんですか……?」


 う、怪しまれていないか……?

 この世界のことにまだ詳しくないのに、ちょっと不用意にキャラ変しすぎたか。


「パーム、俺は変わった。今、この瞬間から改心したんだ」

「そ、そうなんですね。しかし……急にどうして?」


 やはり、今まで悪辣非道な人間が突然に変わりすぎると、不審に思われるな。


「人は誰しも、変わるのに理由も時間も必要ない。長い怠惰のせいで、不可能だと思い込んでいるだけなんだよ」


 ぱっとパームの顔が綻んだ。


「そうですね。そう、きっとそうだと思います! なんてすばらしい言葉なんでしょう」


 目じりから涙が流れ落ちて、パームはハンカチを取り出す。

 どうやらガイムが改心した体で信じてもらえたようで、ほっとする。


「ま……まあ、そういうことで、会議に途中からでも参加しようかな」


 ちょっとパームの反応が大げさ過ぎる気がするが、ま、上手くいったのでよしとしよう。


 俺は会議室に案内するパームの後ろについていった。


 歩きながらスマホに目を落とす。ステータスの項目を色々タップしていると、能力のところで別の画面が開いた。


『ガイム・ランドレー

レベル:1

体力:1

魔力:1

力量:1

賢さ:3

敏捷:2

スキル:お金の力、ことば遊び』


 レベルひっく。


 全体的に低すぎじゃないか……体力1とか生きてられるパラメーターの数値じゃないだろ!

 スキル『お金の力』って、実力がないやつの特技だし……『ことば遊び』とか、子ども向けの教育番組みたいだな。


 そしてストーリーの項目も追加されていたので開いてみる。


『勇者を養成するエルピス学園に主人公セインは入学する。入学初日から学園理事長ガイム・ランドレーの鬼畜の所業を目の当たりにしたセインは、悪辣暴漢のガイムと対立することになる』


 鬼畜の所業……悪辣暴漢って……何をやったらそんな悪評がつくんだ。いや、やったのは俺じゃないんだけど。


『セインは退学に追い込むガイムの魔の手から逃れながら、着実に勇者の道を歩み始めるのだった。そんな学園生活のなか、魔王が勇者の芽を潰すため手下を送り込んできた。ガイムは魔王の奴隷となってセインを暗殺しようとするが、幾度も襲いかかる暗殺者を倒し続けた』


 魔王がラスボスで俺はそのパシリみたいな位置づけかな。

 しかも自分の手を汚さない、マンガで一番ムカつく奴だな俺って。なんか俺、自分のことが嫌いになってきた……。


『ついには魔王自身が現れ学園とその街を蹂躙。魔王はガイムを吸収し最終形態になるが、覚醒した勇者セインの敵ではなかった。かくして、魔王は成敗され世界は平和になった』


 俺は長いため息を吐いた。


 貫徹した悪役だな俺は……。

 いま生きているということは、これからそうなるってことなのか?

 なんとしても魔王に吸収されて死ぬシナリオは、全力で回避しないといけない。


 そのための行動指針として、以下の三つを考えた。


①主人公セインと敵対しないこと

②魔王とも絡まないこと

③そしてできれば、いままでの悪行を払拭するぐらいの善行を重ねること


 まあ③は必須ではないと思う。重ねた悪行のせいで、非協力的になっている人たちもいるだろうし。その点を改善する目的だ。それに何か怨まれてて殺されるのも嫌だしな。


――

あとがき

読んでいただきありがとうございます。

久しぶりに連載はじめてみました。ゆっくり更新する予定です。

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