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 ミライトが管理する社宅街、通称「タウン」にほど近い陸橋の下の道路で、俺は時間が来るのを待っていた。乗っているのは社長が用意した、福井ナンバーのワンボックスのレンタカー。

 依頼された退職代行は今晩決行の予定だった。既に彼の個人用電脳の記録を書き換えて、架空のよく気が利く高校時代の同級生との会話記録を作り上げてある。

まず社長がミライトの電脳に侵入し、佐伯の外出許可を偽装する。行き先は福井県内の友人宅、理由は気晴らし。俺が車を彼が住むマンションの前に停める。そして俺が架空の友人になりすまし、車が着いただなんだと連絡して、マンションから出てきた彼をピックアップする。そして俺は手塚の工場がある人工島まで佐伯を運ぶ。その間に、ミライト側に届く佐伯の位置情報を富山に向かっているように偽装しつつ、ミライト警備の夜間巡回から俺を遠ざけるのは社長の仕事だった。


 車のそばを、とてつもないスピードを出した少年たちが通り過ぎていく。足元は七色の光が回転していた。塾帰りの彼らは、ミライトではご法度の制御機構を使って電動滑板を乗り回していた。

 運転席の窓からは、同じ形をした幅広のマンションがすました顔で建ち並んでいた。そのすべてがミライトの社宅だった。各棟のエントランスに警備用のバイオマトンが立っており、敷地内には公園が設けてあるという話だった。加えて《タウン》には警察とは別に、ミライトの子飼いの警備会社が監視の目を光らせていた。

 目の前に広がる街が、まるで民営の監獄に見えた。ミライトはゆりかごから墓場まで、福利厚生の名のもとに社員を管理している。将来を嘱望された青年たちは、競い合ってミライトのような大企業に雇用されることを目指していた。

 社宅マンションの窓は大方がすでに電灯を落としていた。次の出勤までの束の間の休息を味わっているのか、中の光が淡く漏れている部屋もいくつかあった。いずれにせよ、静かな夜だった。《タウン》に警備会社の戒厳令が敷かれたわけではなく、囚人が自らの生活に満足を覚えているからなのだろう。

 時間を確かめようとしたところで、端末が鳴動する。見ると、社長からの呼出しだった。


「作戦は中止。ジム、あなたはすぐに帰ってきなさい」


 電話に出るなり社長の声が飛び込んできた。

 俺は返事をする前に車を発進させた。


「了解です。姐さん、時間あります?」

「多少なら」

「何があったんですか?」

「状況が変わったの。詳しくは帰ってから話すわ」


 彼女は一方的に通話を切った。俺はそのまま事務所に向かって車を走らせた。

歓楽街から離れた住宅地、夜の道では寂しげな時間が流れていた。まるで秘境に流れる川を眺めているようだった。だが、穏やかな空気は一変してピリついていた。まるで増水を控えた川の側の不吉な静寂を聞いているようだった。

《タウン》から離れ、事務所の近くでは、サイレンを鳴らす何台かのパトカーや救急車とすれ違った。何かあったことは間違いないようだった。

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