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チューリップでは、粒ぞろいのホステスをそろえていたし、彼女たちへの下世話なことも多少は許していた。加えてに駅からすぐという立地によって、毎夜、商談や宴会に来るサラリーマンたちで繁盛していた。

だが、奥のカウンター席に一人、珍しい客が座っていた。黒のパンツスーツにパンプスといういでたちは、夜の街のクラブには場違いだった。そんな彼女はホステスもつけず、独り素面で二時間近く粘っていた。


「うちは作業するお客さんをお断りしているんですけどね」


私はその女の側でコップを拭きながら、ギリギリ聞こえる声量でそう漏らした。女は耳ざとく聞きつけて、私をキリッとにらむ。


「あんた、私が一体この店に何円いくら貢献してきたか知っていてのことだろうね?」

「と言ったってね、阪本さん。あんた焼きそばとオレンジジュースで二時間だよ。ヒラでももっと払ってくよ」

「お役所の目をくぐって、おたくがのうのうと店を開けているのは誰のおかげかしらね?」


 彼女は私に箸を突き付ける。はいはい、と私は観念したように言う。別に本心ではなかった。彼女に恩があることは重々承知していた。

 彼女の首の生電端子からはケーブルが伸びていた。仕事で虚層へ接続しているのだろう。彼女はよく、ここで仕事を済ませていた。ここなら多様な企業のサラリーマンが集まっているため、不正な接続がバレても、企業も踏み込むのに躊躇すると踏んでいるのだろう。


「最近、景気はどうなのよ?」


 彼女がテーブルの空白を睨みながら聞いてきた。口以外では、虚層での作業に集中しているのだろう。


「うーん、バイオ系が活況だよ。新機軸ができたとかで」

「奇遇ね。今の依頼人もそっち方面よ」


奥のテーブルで、中年おやじの喧しい笑い声がする。あのテーブルの一群もバイテク関係の企業だったが、そこまでは言わなかった。彼女も依頼についてそれ以上触れなかった。

店の外が少し騒がしいのが気がかりだった。

 しばらくしてボーイの一人がホールに駆け込んでくる。


「店長、入り口でトラブルが……」


 彼は私に耳打ちした。だがその瞬間、店員の制止を振り切ってガラの悪い二人組が入ってきた。風貌からして、その筋のものだということはすぐわかった。こういう場合は出しゃばらず、すきを見て通報したほうがいい。私は二人組が席を一つ一つ周っていくのを見届けていた。だが、片方が客の顔を見分している間、もう片方が周りを見渡す。通報する隙はなかなか訪れなかった。

 様子を見守っているうちに、片方が拳銃を取り出した。突然の銃声。私は反射的に屈んだ。誰かが悲鳴を上げる。一人ではなかった。西部劇のようにカウンターの裏にショットガンが隠されているわけでもない。私はカウンターの裏で、ことが終わるのを静かに待ち続けた。


 ホールで騒ぎがおさまったかと思うと、真里瑠が喚き声をあげだした。その声には抵抗に加えて、混乱の色が混じっていた。乱暴されているわけではないらしい。私はカウンターの奥で隠れたままやりすごした。

しばらくしてガラの悪い声と、怯えた声が通り過ぎていくのが聞こえた。ドアが閉まる音がした。恐る恐る立ち上がって店を見回す。押し入ってきた二人組は去っていた。

私は真理瑠がいたテーブルの方へ駆け寄る。真理瑠も江梨子も服は乱れていなかった。だが真理瑠は血濡れた手を眺めながら茫然とし、江梨子は泡を吹いて倒れていた。


「おい、誰か警察呼べ」「救急車もだ」


客やスタッフが口々に言う。助けを求めようとカウンターを見るが、そこに阪本さんはいなかった。彼女の座っていた席には、空になった皿とコップ、そして代金がピッタリ残されていた。

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