3

「探したわよ、アンクルサム」


 そう言ったのは、うどんの屋台で会った阪本とかいう女だった。道で寝転ぶ俺をしばらく見下ろしていた阪本は、業を煮やしたのか、ため息をついて窓から首を引っ込める。

 しばらくして、車のドアが俺の上を掠めて開く。


「乗って。話はそれからしましょう」


 運転席の阪本が俺に手を伸ばして言う。錆びついたように回らない頭で、俺は必死に言葉を組み立てる。


「まだあんたの下で——」


 俺が言っている途中で銃声が鳴った。


「とりあえず乗りなさい。それ以外の選択肢はないわ」


 もう一度銃声がして、彼女の言葉をかき消す。確かに選択肢はなかった。俺は腕を持ち上げて、彼女の手を掴む。

 力はもう入らなかった。彼女にマーチの助手席へと引き入れられた。


「ドア、頼んだわよ」

 彼女は言い終える前に、アクセルを踏み込んだ。ドアは電柱にぶつかって閉じた。後ろでは銃弾が続いていた。黒服からは遠ざかっているが、華幇の縄張りにいる限り安心はできなかった。


「その先の交差点を右へ曲がってくれ」

「どうして?」


 彼女は尋ねるが、ブレーキを踏む様子はなかった。


「すぐに部隊杉並の縄張りに入る。華幇だってさすがに別の縄張りでドンパチはしない」


 彼女はスピードを落とすことなく交差点に進入して、タイヤを滑らせて右折した。もう何で気分が悪いのかわからなくなっていた。


「これ——」


 彼女がグローブボックスからケーブルを取り出して俺に渡してきた。生電端子用のコネクタが見えた。


「——挿し込めば痛覚が遮断されるわ」

「俺の端子は壊れているんだ」


 呆れた、と彼女は言ってため息をついた。そして後部座席からタオルとトカレフを取って渡した。

 二、三の交差点を抜けると、道路標識の数字が字喃になった。車は部隊杉並の支配する土地に入ったということだ。振り返ったが、華幇の追手はついて来ていないようだった。

 しかし、しばらくすると、突然車内が眩い光に照らされた。だが彼女はブレーキを踏む様子がない。

 目が慣れて、光が対向車のヘッドライトだとわかった。対向車線を走るのは黒のサバーバンだった。この街では自動車自体が珍しかった。その中でも珍しい車種だった。

 この街でこの種の車が珍しいのは、それを好む者が少ないからだ。したがって、この街でサバーバンに乗るような者は大体予想がつく。


「止めてくれ」


 俺は彼女の左腕を掴む。空いた手でトカレフを握り直す。

 マーチはスピードを落とすことなく、街を抜けていく。


「止めてくれ」


 俺は繰り返し言った。だが阪本がマーチを止める気配はなかった。

 サバーバンはふてぶてしく旧東京の細い道をこちらに近づいて来る。

後部座席に座る人物が見えた。アイツだった。五年ぶりの再会だった。だがこみあげてくるのは怒りの感情だけだった。


「おい——」


声を荒げたが、途中で阪本に胸倉をつかまれる。彼女の視線は前を向いていた。そのまま俺は背もたれに押さえつけられた。


「今のあなたに何ができるの?」


下を向く。彼女の腕は、ティーンエイジャーと思えるほど華奢だった。


「約束するわ。きっとあなたに仇を取らせてあげる。だから私についてきてちょうだい」


 いつの間にか運転席の彼女は俺の方を向いていた。

 サバーバンはマーチのずっと後ろを走っていた。そうしている間にも二台は順調に遠ざかっていく。

 俺は拳銃をダッシュボードに置く。


「安全運転でお願いしますよ、姐さん」


 彼女に右手を差し出す。


「私は雇用主なのよ。社長と呼びなさい」


彼女は前を向いたまま、俺の右手を握る。

マーチは進路を変えた。フロントガラスからは、旧東京の避難区域を囲う防蝕壁が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る