第12話 ことの顛末と幸せな日々
「お父様、どういう事なの! 支度金でギャンブルだなんて!
負けたあげくに私の毛皮や首飾りまで売る事になったじゃない!」
「うるさいぞジョイナ! 私はカジノで金を倍に増やそうとしたんだ!」
「失敗してるじゃない!」
「あれは元は私の前妻のイリーナの形見だったんだから、私の財産だ!
お前に文句を言われる筋合いはない! 生意気だぞ!」
「私にくれたんでしょ!?」
「貸しただけだ!」
「嘘!」
父と娘の醜い言い争いの最中に、廊下からドカドカという、激しい足音が音が響いた。
そして無遠慮に伯爵家のサロンの扉は開かれた。
「伯爵さまぁ〜〜!! 借りた金は返せってご両親に教わらなかったんですかぁ?」
「お貴族様の通うアカデミーでは、借金は踏み倒すものって教えているんですかぁ?」
「な、なんだ、貴様らは!? 衛兵! 不審者が!」
「ヨネシヤ・フォン・ワーグド伯爵様ぁ……給料未払いじゃあ、衛兵も門番もやる気を失って見捨てますよね〜〜!」
「な、なんだと!?」
「しゃ、借金取り!? 貴方、まさか借金まで!」
後妻の顔は真っ青になったり真っ赤になったりして、忙しい。
娘の方もガラの悪い男達の襲来に怯えている。
「使用人のきゅ、給料分を借りただけだ、もうしばらく待ってくれたら、金の工面が出来る」
ワーグドの領地は天災の影響から田畑が荒れ、税収は減り、事業も失敗したくせに、伯爵の贅沢な暮らしの質を下げたく無い見栄が、伯爵家を没落させていた。
「門番からもう三か月以上給料未払いって聞きましたぁ。
嫁いだ次女の辺境伯家には嫌われていて頼れないって聞きましたが、その金はどこから湧いて来るんですかぁ?」
「ぶ、無礼だぞ、貴様ら、私は伯爵だぞ」
「落ちぶれた伯爵様は、金が無くて兵も動かせないのに、まだお貴族様気分でいるんですかぁ?」
「お、落ちぶれてなど!」
「宝石も絵画も壺も、金目の物も尽きたって聞きました、でも借金は残っているのです」
「い、今はだから出せる物が無い」
「まだあるじゃ無いですかぁ〜〜?」
借金取りは母娘の方を舐めるような目つきで見た。
「ま、まさか、私達のドレスを!?」
「いやよ、お母様!!」
「ドレスごときじゃもう足らないのでぇ、私が金になるお話を持ってきましたぁ、親切でしょう?」
「か、金になる話だって!?」
「先日のパーティーで、お宅のその上のお嬢様、ジョイナ嬢はとある紳士とぶつかりましたね、買ってくれるそうです。母娘揃って!」
「な!? なんですって!? 私は伯爵夫人よ! 買うだなんて!」
「わ、私も伯爵令嬢よ! 犬猫みたいに買える訳ないでしょう!?」
「酒場の女とその娘はぁ〜〜平民なんでぇ、借金のカタに売られるんです。
ね、伯爵様? 売女の一人や二人、どうって事ないでしょ?」
「売女ですって!? 私は酒場で働いていただけで、娼館の娼婦じゃないわ!」
「でも客に誘われて二階に行って、花を売ってたでしょお?」
「………っ!!」
「場所が違うだけですよねぇ」
後妻のイバタは屈辱で拳を握りしめた。
爪が食い込みそうなほどに。
「こ、この二人を、イバタとジョイナを買いたい人物がいる!? それで借金はチャラになるのか?」
「ちょっと! あなた!?」
「お父様!?」
「羽振りの良いお金持ちの貴族の元に行くのですから、ここよりも良い暮らしが出来ますよ。
愛人の座を勝ち取れば良いのですよ、ね、得意でしょ?」
借金取りはいやらしい目つきで母娘の姿を見てそう言い放った。
「……」
「こ、ここよりも良い暮らしが?」
元賎民の母娘の虚栄心は強かったため、心が揺れている。
「お父様、私が最近使用人からバカにされるような態度を取られていたのは、給料未払いのせいだったのね……」
ジョイナは思い出し怒りで、ぶるぶると震え出した。
「イバタ奥様、ジョイナ嬢、こちらのドレスと宝石、先方の旦那様からの贈り物ですよ。
どうです? ここよりも良いと思いませんか?」
借金取りは鞄から豪華なドレスを出した。
「お母様、このドレス、宝石がついてるわ……」
それは胸元が美しいルビーで飾られたドレスだった。
他にもダイヤを散りばめたドレスが有る。
「凄く見事な刺繍やレースも……」
「どうです? 別のお屋敷で一旗上げてみませんか?」
借金取りの男は見せ金のように豪華なドレスを見せつけて、射幸心を煽る。
「仕方ないわね、使用人の給料も払えない夫の元にいても、未来は無いわ。
良いわね、ジョイナ?」
「イバタお母様が行くなら、私も……」
「では、商談成立という事で、伯爵様と、イバタ夫人とジョイナ嬢は契約書にサインを」
男は目を細めて契約書を取り出して、速やかに契約をさせる。
狡猾な男は契約書の細かい記述も読まずに、この女共はアホだなと、思いつつも、元、平民で、名前を書くくらいの学しかなかったのだから、仕方ないとも思った。
愚かな母娘は破滅への契約書に名を、書いてしまった。
この二人が売られる先は、大変なサディストで、美しい女を壊すのが大好きな成金だった。
こうして、見た目しか取り柄の無い二人の女達は、伯爵家を出た。
売られた先が、地獄だとは知らずに。
* * * *
春になっているので、社交シーズンであった。
私達は相変わらず呪いでたまに3日くらい入れ替わるけど、私の性格的にあんまり問題は無かった。
やっぱり実家のクズ親父こと、ヨネシヤはギャンブルで大損してやばかったみたい。
私を売り飛ばした金を元手にギャンブルでお金を増やそうとして失敗。
伯爵ともあろう者がなんて無様な。
でもそもそもあの男は婿養子だった。
汚い商売を手広くしていた成金男爵のドラ息子のヨネシヤは昔、金だけはあったから、不作で伯爵領がピンチの時に金の力で伯爵家の婿養子の座を買い取ったような物だった。
昔は金で苦労した事無かったからお金を大事に使うとか言う考えが無いアホなのかもしれない。
ヨネシヤの実家の成金男爵家は闇で開催してた、違法の奴隷オークション摘発で没落して、今やもう頼れない。
でも今度はワーグド伯爵領も天災で不作になって、困窮。
領主はそれでも贅沢な暮らしが忘れられない。
税率を上げ、領民も疲弊し、恨まれた。
私への酷い扱いでガードラス辺境伯の怒りを買って資金援助も断られ、借金取りに追われて、あろう事か今度は後添えの妻、例の継母のイバタと娘のジョイナを売って行方不明になった。
屋敷でまともな飯が出て来ないからレストランへ行くと言ったっきり消息不明になったそうだ。
困り果てた家令が私に手紙を送って来てこれが発覚。
私はすぐにイリーナお母様、母方の実家の親戚筋の真っ当な人が伯爵領を継げるように、手配をした。
王家にも連絡して話は通った。
私が家にいれば継げたけど、私はもう嫁に出ているので……。
それにしても、あの男は借金のカタに自分の女たるイバタと可愛がっていたはずのジョイナまでを売ったとは……。
二人は自分からより豊かな暮らしを求めて行ったとも推測されているけど。
そもそもこの二人、元は平民なので、守ってくれる味方がいなかった。
*
「え、旅行ですか?」
「ああ、式が地味だったし、せっかく春になったし、色んな所で花も咲いている」
「行きたいです、他所の土地にはきっと美味しい特産物とかもありますよね」
「あ、ああ、美味しい果物の特産物とかもあったはず」
* * *
私は実家の奴らに奪われ無いように隠しておいた母の形見の指輪を身に着けた。
御守りのように、これからは着けておこう。
もう実家の者達が見つけて奪いに来る事もないだろうし。
旅先のオーシャンビューの南国風レストランにてお食事。
「この果物甘くて、美味しいですね」
マンゴーに似たフルーツを食べている。
「気にいったなら、何よりだ」
「魚料理も新鮮で美味しかったし」
「……ん?」
赤いハイビスカスに似たお花を持った小さい女の子が現れた。
「え? 私にくれるの? ありがとう」
レストランのサービスなのか、あの女の子の純粋な好意なのか分からないけど、気分が良かったので、私は女の子にお礼に銀貨を一枚あげた。
「その花は髪に飾る用か?」
「分かりませんが、飾ってくださいますか?」
よほど浮かれてるカップルしかこんな事はしないだろうけど、新婚旅行なら、許される気がした。
「よし……」
旦那様は大きなゴツい手で、私の髪に赤い花を飾ってくれた。
私はかなり照れくさかったけど、嬉しかった。
旦那様は新婚旅行先でオークションにも連れて行って下さった。
「わあ、こんな格式高いオークションとか、初めてです」
大人っぽい!
「そうか」
「──え、あの、青い宝石の首飾り……」
「ん? あれが欲しいのか?」
私は旦那様の耳元で囁いた。
「私が姉に奪われたお母様の形見の首飾りがこんな所に流れついて……あの、お金、貸していただけませんか? あんまり高くなれば諦めますが……」
「私が落とすから、心配するな」
「古いデザインですが、物は良いです、元伯爵夫人のサファイアの首飾り。
300ゴールドから!」
「400!」
「500!」
「550ゴールド!」
旦那様が入札のミニ看板を上げた。
「1000ゴールド」
旦那様! 刻まずにいきなり千ゴールドって!!
チッという舌打ちが聞こえた。
競り合ってる相手かな。
「57番様、1000ゴールド出ました! それ以上の方は……いま……せんね、1000ゴールドでハンマープライス!!」
「な、なんで600ゴールドって言わないんですか? 細かく刻みましょうよ」
「急に価格を跳ね上げて戦意を挫くのだ」
「そうかもしれませんが……大金を使わせてしまって、申し訳ありません」
「其方の母君の形見の品なら安い物だ」
「……あ、ありがとうございます」
私は母の形見の首飾りを取り返した。
* *
私達は景色の良い、海辺のホテルに来た。
波音を聞きながら、旦那様とバルコニーから海を見ていた。
「その、君は……嘘についてどう思う?」
「嘘……ですか。優しい嘘ならずっと吐いてればいいと、思います」
「図らずも、やっぱり無かった事にしたい、嘘になってしまった場合などは?」
「謝って、あれは嘘だったと正直に言って、相手の好感度がそれでも地に落ちなかったら、許して貰える事もあるのでは? 内容にもよるでしょうけど」
「……」
旦那様は自分の眉間を押さえて俯いている。
「頭でも痛いのですか?」
「すまなかった」
「何がですか?」
「君を……愛する事は無いと言ったが、あれは……嘘だ!
嘘に……なってしまった!
こんな年上過ぎるおじさんに思われても迷惑かもしれないが……」
「それは、つまり……」
「愛して、しまった。君を……」
「私を、愛していると?」
「ああ……」
「こんな、旦那様の体でクズな父親に踵落としキメるような女を、好きになったと言うのですか?」
「俺の体を上手に使っていて、感心したよ。
俺は儚い女性より、強い女性の方が安心出来る。
最初に見た君は、いかにも線は細いし、華奢で繊細で、強い風が吹けば飛んで行きそうな風情の女性だと思ったものだが……」
「いくらなんでも風が吹けば飛ぶは言い過ぎでは……」
私は紙か木の葉か。
「とにかく、君の見かけによらない、強い生命力に感心して、好きになってしまった!!」
──な、なるほど!
呪いのせいで儚く亡くなっていった歴代の妻の事を思えば、図太い精神の女が良くなるのは分かる気はする。
「わ、分かりました。あの嘘は許します。どうせ、既に私はあなたの妻ですから……仲良く生きていきましょうね」
私はそう言いつつも、急に照れくさくなって、くるりと背を向けた。
すると、後ろから、抱きしめられた。
背中が……温かい……。
これは……伝説の……バックハグ!!
少女漫画とかだと、割と見たシーンだったけど、実際にやられる側になるなんて!
しばらく波音を聞きながら、私は旦那様にぎゅっと抱きしめられていた。
どうすればいいのか分からずに、フリーズしていたとも言える。
翌朝も美味しいフルーツや、美味しい海産物もお肉も食べられたし、海に船で出たら、イルカ達が泳いでいる所も見られた。
わー! 千載一遇!!
「あまり船から身を乗り出すなよ、危ないから」
「はーい!」
船から降りたら海鳥にパンクズをあげたり、とても楽しい!
良い思い出の出来た新婚旅行になった。
ちゃんと、私が旦那様に愛されていた事も分かったしね!
それから、実は両思いだと分かった後から、呪いの入れ替わりが無くなった。
呪いに打ち勝った!? 愛の力!?
私的には別に入れ替わりがあっても構わなかったけど、旦那様は心底ほっとしていた。
*
──旅行から帰ってから、しばらく前に私にも魔力はあったという事が判明してたので、旦那様が魔法鑑定師を呼んでくれた。
どんな魔法が使えるのかと思ったら、身体強化とパートナーの魔力増幅効果があるとの事だった。
攻撃魔法とは違うみたい。
でも旦那様の魔力にブーストをかけたり、消耗した時に譲渡が可能みたいで良かった。
急場では役に立てそう。
何事もないのが一番だけど。
* *
そう言えば喘息で冬に辛そうだった少女は引っ越しをさせる事にした。
出入りの商人のツテで住まいを見つけてもらって、両親ともども、旅行で行った南国の暖かい地に。
そこに仕事も用意し、移住して貰ったのだ。
この地よりもきっと過ごしやすいから、健やかに過ごしていけるだろう。
仕事内容は神殿の転移陣経由で南国のフルーツなどの特産品をこのガードラスの地に輸入輸出をする商売だ。
私も美味しいものを食べられるし、一石二鳥。
* *
ここからは、とあるパーティーの裏庭で聞いた噂話。
イバタとジョイナの母娘はパーティーでお酒をかけてしまった成金貴族に買われたそうだ。
大変なサディストで、館へ出入りの業者によると、母親は一年間は姿を見たが、その後は見て無い、娘の方は二年過ぎたあたりから見て無いらしい。
気にいった女を愛人として買っては、乱暴な扱いで 1、2年で死なせてしまうという話だった。
怖すぎる。
結局伯爵領は亡くなったお母様の親戚が継ぐ事になったけど、ヨネシヤが領主をやるよりお母様の親戚が領主やってくれた方が領民にとってもいいだろう。
まともな内政をしてくれるはず。
伯爵領の領主が替わったから、立て直しの物資や資金援助もしてくれると、旦那様は言ってくれた。ありがたい話です。
領民には何の罪も無いから。
* * *
数年が経って子供が産まれた、最初は女の子、その二年後には、男の子が産まれた。
二人の子宝にも恵まれて、今は本当に幸せな結婚生活を送っている。
風渡るガゼボのベンチに座り、まだ赤ちゃんの息子を抱く私。
愛らしい幼い娘は私の隣に座っている。
私が子供達の頬にキスをすると、娘からも返って来る。
息子ももう少し大きくなったら、きっと返してくれるだろう。
それまでは、
「息子の代わりに私が返そう」
などと言って、ガゼボの正面側のベンチに座っていた旦那様が立ち上がり、キスして来る。……唇に……。
「息子へのキスのお返しは、口にじゃないと思うのですが」
「私の分も混ぜたらそうなってしまった」
旦那様のおかしな言い訳に、思わず笑ってしまった。
「本日のガードラスも平和でありますな」
「そうですね、ジェイデン卿。とても良い事です」
近くでジェイデン卿とメイラの声が聞こえた。
初夏の日差しの中、青い空を見上げた。
──大好きな人達に囲まれて、私はガードラスの地で、幸せになれた。
──ああ、神様……ありがとうございます。
【完結】異世界で急に前世の記憶が蘇った私、生贄みたいに嫁がされたんだけど! 凪 @nagi228
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