第9話 春のピクニックと山賊

「今、領地内で女性を狙った誘拐事件が多いそうです。

なので、奥様もしばらくは外出禁止で」


 ジェイデン卿が朝から私に、領地内の情報をくれているのだが。


「いえ、それでは解決にはならないわ。

誘拐に怯える婦女子の為に、私が囮になるので、誘拐犯を捕まえましょう」


「奥様、なんでわざわざ危険に突っ込もうとするのですか」

「領民を守るのも、私の仕事の一部だと思うのです」


「……」

「せっかく春になったんですよ。皆お外出たいですよ。ピクニック日和ですし」

「全く、奥様と来たら……」


 ジェイデン卿は心配性だなあ。



 * * *


「サーシャがピクニックに行きたがってる?」

「はい、テオドール様。その……春になりましたので」


「確かにようやく冬が終わって、皆、花咲く春を満喫したいだろうが」

「いくらなんでも奥様に囮役は無理ですよね」


「囮役は無理でもピクニックは行かせてやろう。

私は仕事があるから同行出来ないが、誘拐事件が起きてるから、どこに行っても居場所が分かる目印になるお守りは持たせておけ」


「では、魔道具のブレスレットをお渡ししておきます」

「しかしまた、とんでもない事を言い出したものだ。まあ、そうそう事件に遭遇する事は無いだろうがな」



 * * *



 だが、しかし……!!


 山にピクニックへ行ったら、山賊に出くわした。


 木苺や野苺狩りを満喫して楽しんでいたと言うのに、まんまと誘拐された。



 いや、わざとだし! 奴等の根城を探るには、一旦捕まる必要があったし!


「お花摘みに行って来ます」


 トイレの為にね、そう言って、護衛騎士を置いて一人で茂みの奥に来たのよ。

 マジで、これは仕方無かったと思わない?

 男性を連れて行けない場所よ!?


「うっ……ひっく、お母さぁん、怖いよ……お家に帰りたい……」


 人妻っぽい人から、いかにも狙われそうな17、18歳の女性に、10歳くらいの女の子もいる。

 女性は皆、手足を縛られて見張りも多いし、逃げ出せない状態。


 私が今いるここは、おそらく、山賊の隠れた根城。


「うるせえ! 黙ってろ! ガキ! 泣き叫んでも誰も助けになんて来やしねえぞ!」

「ひっ!!」


 ガアン! と、近くにある空の酒樽を蹴飛ばす山賊。

 当然だけど、山賊なのでガラが悪い。


「うえっ、へっへ。今日は、掘り出し物の大当たりだな。

ずいぶんといい服を着たお嬢さんだ、良いとこの娘は高く売れるしな」


 山賊が私のスカートの裾を掴んだ。


「ちょっと、スカートを触らないで!」


 スカートが捲れるじゃないの! このすけべ山賊!

 最近綺麗なお洋服を買って貰ったせいか、目をつけられたようだ。


「ひひひ、気が強いお嬢さんだな」

「髪色は地味だが、顔はずいぶんと綺麗じゃんか。

ちっと、売り飛ばす前に味見と行こうか?」


「バカお前、頭にバレると大変な事になるぞ」


「頭にバレなくても、大変な事になるぞ」

「あ!?」


 ドガッ!!

 山賊相手に炸裂したのはドロップキックだった。


「だ、旦那様!?」


 夫がどこからともなく私のピンチに現れた!

 聞き覚えの有る声がしたと思ったら!


「大丈夫か!? 我が妻」

「んあ!? 妻!? なんだ、中古かよ!」

「中古とはなんだ!!」


 激昂するテオドール様。仕事のはずがどうしてここに?

 いや、今はそんな事よりも……


「ちょっと、お前、死ぬわよ」


 ツッコミをした私の言う通り、


 ドゴオッ!


 私を中古呼ばわりした山賊は旦那様の魔力乗せ全力蹴りで、地面にめり込んで死んだ。


「お前ら! 人質を見て……」

「きゃああ!!」


 声を上げる山賊は最後まで喋れなかった。

 ジェイデン卿が山賊の首を落としたので。


 助けが来たんだけど、流血沙汰に怯える誘拐された一般女性陣。


 私が縛られてなければ目を塞いであげたのだけど。


「旦那様! 縄を切って下さい!」

「ああ、今助けるぞ!」


 サクッと縄による拘束を解かれた。

 女性達の視界を塞いで布を被せる。


 ちょっと遅かったかもしれないけど、そこかしこに倒れた山賊いるし。

 旦那様は騎士達を20人くらい引き連れて来ていた。


「よく、正確な位置が分かりましたね」

「お守りのブレスレットの位置で分かる。魔道具だ」


「このブレスレットが……」


 発信機の役割を……。


「旦那様! 山賊制圧完了しました!」

「こちらも誘拐されていた女性達は確保、保護出来ました!」

「奥様! お花摘みから戻られないので心配しました!」


 どっかから湧いた騎士達、そしてメイラ、心配させてごめん。

 一緒にピクニックに来てくれてたのに、巻き込んでしまった。


「旦那様はお仕事じゃなかったのですか? どうやってここへ?」

「転移スクロールだ、座標がブレスレットを持った君に設定してある。

誘拐犯の捜索も仕事のうちだ」


「……仕事って誘拐犯の捜索だったのですか。

だけど、なんと、贅沢なスクロールの使い方を」


 転移スクロールって凄い高級品なのに。

 日本円に換算すると、転移スクロール使用は一回15万円くらいは飛ぶ。

 貧乏人には贅沢品。


「誘拐犯の根城を叩けたのだし、安い物だ。

だが、もう手持ちのスクロールは使いきったので帰りは行きに麓まで乗って来た馬車と荷馬車と馬になるかな」


「山賊の荷馬車に女性は全員乗りそうか!?」

「ちょっと場所が足らないので、馬に我々騎士と同乗して貰う事になりそうです、徒歩よりは早いと思います!」


「私がピクニックに乗って来た馬車に、女性を何人か乗せてあげて下さい」


 馬の背よりは怖くないだろう。


「馬車を譲って君はどうする気か」

「騎士の馬に同乗させていただきますが」

「じゃあ、私の馬に乗れ」

「は、はい」


 そんな訳で、旦那様とお馬さんに乗って、帰る事に。


「ピクニックは楽しめたか?」

「はい、綺麗なお花畑も見れたし、大変刺激的で有意義なピクニックになりました。山賊も一網打尽でしたし」


「しかし、本当に山賊に攫われるやつがあるか」

「ちゃんと助かったので、良いでは無いですか。助けに来て下さって、ありがとうございました」

「あのな……さっき貞操の危機だっただろう」



 ぶつくさ文句を言われたけれど、馬上にて背中で旦那様の温もりを感じられた。


「ピクニックでは木苺や野苺も摘んだんですよ、帰ったらケーキの飾り付けに使います。一緒に食べましょうね」

「やれやれ、のんきな奥方だ。今度遊びに行くなら山はやめて、公園にしなさい」

「木苺や野苺などの収穫が有るところがいいのですが……」


「全く懲りていない……」


 本当に有意義な日だった。

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