第6話 運命の日

 結婚式当日の朝を迎えた。


 城の敷地内にある、小さな教会に神父を呼んで、誓いを立てる。

 真新しい、白い花嫁衣装を着て。


 静かに、雪が降る日だった。



 滞りなく式は終わった。

 いつ呪いが発動するのか、この夜から、悪夢を見るのかな。


 待って、その前に初夜があるのでは?

 其方を愛する事はないって、肉体的な事も含まれるんですか?

 ちょっと今更聞けない、聞きにくいですけど!


 でも白い結婚でも呪いを回避出来なかったなら、それも無意味な気が。


 *


 ──結果として、夜は城内の寝室で新妻として待機してたら、旦那様は普通に現れました。


 あ、ここはスルー無しなのね……。


 そう言えば初夜をスルーすると侮辱だって怒られたって言ってたわ。

 この辺境伯相手に堂々と文句言えた令嬢はかなりガッツがあったのでは?

 と、思ったけど、結局は呪いには勝てなかったらしい。



 ──翌朝。


 何か途中で気絶したので、悪夢は見ませんでした。

 でも一応、妻としての役割は果たせたと思う。

 多分。



「サーシャ……大丈夫か? 医者を呼ぶか?」


 あ、名前呼びになった。「嬢」が取れた。

 正真正銘、妻になったなら、当然か。


「あ、安静にしていれば大丈夫です。鎮痛剤だけいただければ。

あ、それと、咳止め……」


「咳?」

「あ、私ではなく、この城にいた子供が咳をしてて……」


 そう言えば、名前も聞いてないわ、自分でも名乗っていないから。


「では一応、風呂の後から医者を呼ぶ」

「は、はい」


 ち、鎮痛剤と咳止めを貰うだけよ。

 下半身の診察はいらない!

 恥ずかしいから!


 剣と魔法の世界なんだから、治癒魔法が自分で使えたら良かったのに、この世界は既に魔法が使える人が激減していて、私自身も使えない。


 だから実家でも余計無能扱いだった。

 でも実家のやつらも魔法を使えないのだし、自分達の事は棚に上げて私だけコケにするのはおかしいでしょ。


 なお、テオドール様は凄い攻撃魔法の使い手らしい。

 それはとても強くて、絶対にその血を絶やしたくないと、王が執着する程。

 


 旦那様は目の前でガウンを羽織って、お風呂に向かった。

 はっ! 待って、私もお風呂に入りたい……。


「あ、君が先に浴室に入るか?」


 あれ、其方呼びが君に変化した。別にいいけど。


「お、お言葉に甘えて、そうさせていただきたく……」


 ベッドから降りて歩こうとして、カクンと、足元からくず折れそうになる。


「おっと!」


 旦那様が倒れそうな私の体をガシッと支えて下さった。


「歩くのが辛そうなので、抱えていくぞ」


 夫が私の体を軽々と抱えた。


 はっ!! これは……っ、伝説の姫抱っこ!!

 自分がされる日が来るとは!

 恥ずかしい!!


 ──って、待って、このままずんずんと浴室へ向かっているようですけれど!


「え!? あの、まさかこのまま一緒に浴室へ!?」

「いや、浴室に運んだらメイドを呼ぶから安心して欲しい」


 よ、良かった。紳士で。

 一緒にお風呂はハードルが高すぎる。



 私はメイドの手を借りて入浴を済ませた。

 不甲斐ない……。



 ……昨夜の事を、落ち着いて考えてみたら……

 ……旦那様の筋肉質な身体は、かっこよかったな。


 感想、反芻、終わり。

 完!!


 私は詳しい夜の記憶の再生をしないように、ぶるぶると頭を左右に振った。



 * *


 医者に鎮痛剤と咳止めをいくつか貰って、ひとまずなんとかなった。

 咳止めはメイラに預けた。

 喘息の子がいたら、渡しておいて欲しいと。

 メイドネットワーク、よろしく頼んだぞ。



 腰が痛いから城内を探し歩きまわるのが辛いのだ。


 本日は、夜まで刺繍をする。

 一見、貴族の奥様らしいけど、でも切実な背景がある。


 御守り刺繍を枕の下に入れて寝る為に、夜迄に刺繍を完成させたいのだ。

 途中までは結婚式前までにチクチクやってたから、仕上げ。


 刺繍の図柄は悪夢を食べるという獏と、何か強そうな大天使のコラボ刺繍。

 夢の共演。


 ──ふと、枕の下に、天使を敷いていいのか? という疑問が。

 無礼では?


 いっそ私の顔の上にのせ……いや、それじゃ死人だ。

 結局、完成した刺繍入りハンカチは、枕の横に置くことにした。


 * *


 そして、再び緊張の夜を迎えた。


 今夜は大事をとって、何もしないそうだ。

 私がアレの最中、途中で気絶したせいかな。


 ……寝ます。

 悪夢を見ませんように。



 ──翌朝。


「勝った! 獏と大天使の勝利!!」


 思わずガッツポーズで声を上げた。


「……勝ったとは?」

「気絶じゃないけど、昨夜は悪夢を見ませんでしたよ! 私、御守りの刺繍をしたのです!」


「ああ、その天使と謎の生き物の……アリクイ?」

「悪夢を食べる獏という伝説の幻獣です」


 あれ、そう言えばこの世界、リアルのバクも居ない? 

 マレーバクみたいなのとか。


「バクというのは知らんが、悪夢を見なかったなら、良かった」


 旦那様は心底、ホッとした顔をしている。

 やはり良い人なんだな。

 噂の冷血とはなんだったのか……。


 * *


 ──そして、数日は平和に過ごしたかと思ったら、ついに、呪いが発動したのだった。

 その前触れは、ズキズキとした頭痛だった。


 こんな、こんな事が……あるなんて……っ!!

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