第3話 耳元囁き作戦

「それでは改めて自己紹介しますね。私の名前は日暮優香。メンバーやファンからは『ゆうか』って呼ばれてます」


「えっ、わたしだけ愛称じゃなくて、普通に名前で呼ばれてるですって? それ、自分でも気にしてることなので、あまり触れないでください」


「わたしは小さい頃から、周りの大人たちに可愛いって言われてて、中学に入る頃には、町内一の美少女として名をせてたんです」


「あれ? なんですか、その疑ってるような目は。もしかして、わたしが嘘をついてると思ってるんですか?」


「そんなに疑うのなら、親に聞いてみてください。親が信用できなかったら、友達や学校の先生でもいいです」


「えっ、分かったから、そんなにムキになるなですって?」


「わたしは、ムキになんかなってません! なんでそんなこと言うんですか!」


「あっ、また涙目になってる。ちょっと、勘弁してくださいよ。遠藤さん、ほんとメンタル弱過ぎですって」 


「分かりましたよ。これからは極力、怒らないようにします」


「で、さっきの続きなんですけど、わたしその頃にスカウトされて、今の事務所に入ったんです」


「当初はモデルの仕事が多かったんですけど、事務所がアイドルグループを立ち上げることになって、わたしもその一員に指名されたんです」


「わたし、歌もダンスも苦手だったから、最初は断ったんですけど、事務所に泣きつかれて、仕方なく承諾したんです」


「アイドルになってからは、日々レッスンの連続で、ほんと大変でした」


「でも、おかげで今は、歌もダンスも自信を持てるようになりました」


「えっ、わたしが歌ってるところを見てみたいですって?」


「わかりました。じゃあ、コンサートの映像があるので、今から見せてあげます」


「どうです? わたし、いい顔して歌ってるでしょ?」


「えっ、別人みたいですって? 遠藤さん、それどういう意味ですか?」


「あっ! 別に責めてるわけじゃないので、そんな顔しないでください!」


「えーと、話を戻しますね。現在グループ活動は順調なんですけど、わたし個人としては、少し不満なんですよね」


「えっ、なにが不満かですって? さっきも言いましたけど、人気がゆいゆい一人に集中してるところです」


「わたし、それがどうにかならないかって、ずっと考えてたんです。そしたら、この前ある作戦を思いつきまして」


「えっ、どんな作戦かですって? 今から説明しますから、そんなに慌てないでくださいよ」


「その作戦は握手会の会場でやります。ちなみに、握手会って知ってますか?」


「えっ、知らない? ほんと遠藤さんて、アイドルに興味がないんですね」


「握手会とは、限られた時間内にファンと握手しながら、おしゃべりするイベントなんです。そこでわたしが考えた作戦は、おしゃべりの時間を削って、その分をファンがわたしに言ってほしい言葉を耳元で囁くという、名付けて『耳元囁き作戦』です」


「えっ、実際にやってみないと、その効果がイマイチ分からないですって? 遠藤さん、いい振りするじゃないですか。言われなくても、こっちは最初からそのつもりですよ」


 優香、遠藤の隣に移動し、「じゃあ、設定を決めますね。遠藤さんには、まず高校生の役をやってもらいます。遠藤さん、自分を高校生だと思って、わたしに言ってほしい言葉はありますか?」


「えっ、『勉強がんばってね』ですって。なんか普通過ぎる気もするけど、とりあえずやってみますね」


 優香、遠藤の耳元に口を近づけ「遠藤君、勉強がんばってね」


「あれっ、どうしたんですか、そんなに顔を赤くして?」


「やだあ、遠藤さん、かわ……」


「あっ! わたし、可愛いなんて言ってませんから、怒らないでください!」


「で、どうでした? 効果ありました?」


「えっ、この顔を見れば分かるだろですって? あはは。確かに一目瞭然ですね」


「じゃあ次は、会社員の役をやってもらいます。何か言ってほしい言葉はありますか?」


「えっ、『彼女ができるといいですね』ですか? あはは。それ、遠藤さんの願望が入ってません? まあ別にいいですけどね。じゃあ、いきますよ」


 優香、遠藤の耳元に口を近づけ「遠藤さん、彼女ができるといいですね」


「あれ? 今度は耳まで真っ赤になってるじゃないですか。ほんと、勘弁してくださいよ。こっちはまだまだ練習しないといけないんですからね。じゃあ次は──」


 






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