第25話 封印解除。

 キュッ、キュッ。カツン、カツン。


 簡易照明魔道具が照らす薄闇の中、ふたりの足音だけが響いていた。


 あの日、物件屋の女店主トゥルカから教えられた旧市ゼロ街区にある元魔物合成研究所の建物。その入口からずっとつづくのは、細長い廊下とその両側に並ぶ小部屋。


「あっ……!?」


 そして、となりを歩くアルケミがぎゅっと俺の腕に押しつけた体をこわばらせたとき、俺たちは目的地についた。


 それは、長くつづいた廊下のつきあたりにある別棟へ通じる鉄扉。


「ここか……! 開けるぞ……! アルケミ……!」


「う、うん……! カノン……!」


 ぎゅうっと、しがみつく俺の腕にさらに力が入るのを感じながら、俺は扉を開けた。


「うっ…………!?」


 そして、思わず絶句する。


 ――広く、高く、そして何もない空間。物も、魔道具も、薬品の臭いも、血臭も、死臭も。


 だが、その無機質な広さが――解体される魔物、何に使うのかもわからない巨大な魔道具や器具――かつてここで行われていたおぞましい実験をいやでも俺に想像させた。


「う、ううぅ……!」


 俺よりも錬金魔道技師として知識のあるアルケミの解像度はよほど高いのだろう。生々しい想像でもしてしまったのか、この部屋に入ってからさらに顔色が悪い。


 そんな、口もとをおさえながらもう片手で腕にぎゅうっとしがみつくアルケミを伴って、俺は部屋の中央までやって来た。


 その床に、そこだけ薄く白く輝く複雑な模様が刻まれている。詳細は教えてもらえなかったが、これが以前、命からがらになって物件屋の女店主トゥルカが魔道具で施した封印らしい。


「これ……。聖教会の紋章だよ……。部外者に力を貸すことはけっしてないって聞くのに……。トゥルカさんっていったい何者なんだろ……?」


「さあ。けど、蛇の道は蛇ってやつかもな……!」


 キイィィィッ……!


 首を傾げるアルケミにそう答えながらも、俺は腰の〈魔砲〉を抜き、準備を始める。


 ガシャッ……!


 プレ・チャージ――あの荒れ山で女冒険者レヴァを助け、俺とアルケミが見事竜退治を達成した必殺戦法をここでも採用。


 封印を解除して幽霊魔物たちが湧き出したと同時に、このアルケミが改造して新しい力を得た〈魔砲〉で根こそぎ吹き飛ばす……!


「よし……! 準備はできた……! 始めてくれ……! アルケミ……!」


「う、うん……! わかった……! カノン……!」


 そう告げてアルケミは俺から離れると、トゥルカから預かった封印解除の対の魔道具――白い〈鍵〉のようなものをとりだすと、床の紋章に差しこんだ。


「わぴゃっ!?」


 声を上げてアルケミが俺のほうに跳びのくと同時、床に刻まれた白の紋章が消失し、


『『オオオオオオォォォ……!』』


 獣、巨虫、水棲、粘体、怪鳥、さらには亜人型や分類不明なやつまで、次々と床下や天井から、幽霊魔物たちが這い出して――え!?


「あ、あわ……!? か、カノン……!? ど、どうしよぅ……!?」


(いやぁ〜、見てきたけど、本当にひどいありさまだったよぅ〜! あゃ〜! いくらなんでも多すぎ〜! これ無理〜! って、しかたないから、一つしか手持ちのないとっておきの魔道具で私も建物ごと封印するしかなかったもん〜!)


 ――俺たちは、そのトゥルカの言葉を甘くみていたのかもしれない。


『『オアアオオオオオォォォ……!』』


 その言葉どおりに、無数の幽霊魔物たちがいままさに向かってきていた。


 部屋の、このだだっ広い空間の中心に位置する白い紋章跡の上に立つ俺とアルケミを目指して、から。


 手に持つ〈魔砲〉ひとつしか武器のない、俺たちを目指して。

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