第21話 竜(ドラゴン)ステーキ。

「アルおねえちゃん、アルおねえちゃん! 焼けたですか? もう焼けたですか? じゅる……! はやく、はやく……! う〜! もうまちきれないですぅ〜!」


「ふっふっふ……! ミニカちゃん? あせっちゃだめだよ〜? 仕上げにレオルドさんに教えてもらったレシピでつくったこのソースをかけて、っと……!」


 その瞬間、鉄板の上に寝かされた霜の降ったぶ厚い肉がじゅわぁっ……! と小気味よい音とかぐわしいにおいを立てた。


「はい! これで完成だよ! それじゃあテーブルの上に食器並べて! カノン、ミニカちゃん、サビーくんも! これが竜退治の経験者レオルドさんに教えてもらった、あたし特製! ドラゴンステーキだよ!」


 ――サクッ。ぷるっ。とろっ。はむっ。


『『っ…………!?』』


 ――フォークで運ぶと同時に、口の中に広がる甘みととろける脂。その瞬間、俺たち四人はいっせいに言葉を失った。


 がっ! もぐっ! はむっ! ずずっ! もちゅもちゅっ!


 そして、そのまま口に運ぶ手をいっさい止めず、一言も口にしないまま夢中で食事を終えた俺たちは――


『『ふぅぅぅぅ……!』』


 ――そろってなんとも言えない満ち足りた笑みを浮かべ、感嘆の息を吐いたのだった。



◇◇◇◇


「はあ……。どらごんがあんなにおいしいなんて……。これならミニカ、毎日どらごんでもぜんぜんかまわないですぅ……」


「あはは! さすがに毎日は無理かなぁ。でも、またそのうちに狩ってきてあげるね。ね、カノン?」


「あ、ああ……!」


 ふわり、とあまい、いいにおいが漂ってきた。目の前には、湯上がりでラフな格好をしたアルケミと寝巻パジャマ姿のミニカ。


『超うまかったっす! オイラで役に立つことなら、またいつでも呼んでくださいっす! カノンのアニキ!』


 と言い残し、弟分のサビーはステーキをたいらげると満足げな笑顔ですぐに帰っていった。


 で、いまこの家には、今日からいっしょに暮らすことになる三人だけ。


 アルケミはもう何度かこの家に泊まったことはあるけど、やっぱりそれは特別で、さっきから俺は胸のドキドキが止まらなかった。


「あ、そうなのです! 今日からこの家でくらすアルおねえちゃんのために、ミニカがお部屋を用意したので、案内するです!」


 アルケミの手を引っぱって、とてとてとミニカが家の中を動きまわる。


「ここ、って……?」


「はい……。おにいちゃんとミニカの、おかあさんのお部屋なのです……」


 ――その部屋は、まるで時が止まったかのようだった。ミニカの手で年月とともに積もったほこりはしっかりと落とされているものの、時計、鏡台、書き物机、クローゼット。いまや年代ものと言っていい主を失った家具の数々。


 もちろん魔道具なんてひとつもない。新しいものと言えば、今日ミニカが交換したベッドのシーツくらいで、まさにすべての時が止まった部屋。


「カノンと、ミニカちゃんの……」


 ――そしていま、新たな主がその部屋に足を踏み入れ、止まっていた時が動きだす。


 そっと、アルケミが時計の、鏡台の、書き物机の、クローゼットのをひとつひとつを確かめるように、愛おしむようになでる。


 そして、くるりと振りかえり、笑顔でこう告げた。


「ミニカちゃん……! ありがとう……! あたし、このお部屋、とっっても気にいったよ……!」


 たっ。ぎゅうっ。


「だったら、ミニカはがんばったごほうびがほしいのです……」


「み、ミニカちゃん……?」


 飛びついてやわらかな胸に頬をうずめるミニカがばっとアルケミの顔を見上げる。


「アルおねえちゃん……。今日はいっしょに、ねてくれないですか……? おかあさんの、ベッドで……」


 潤んだ瞳で、震えた声で告げられたそのお願いにアルケミは、


「うん……! もちろんだよ……! ミニカちゃん……!」


 ぎゅうっとミニカの小さな体を抱きしめ、愛おしむように頬ずりをしながらそう答えた。


「じゃあ、あたしたち、もう寝るね? えっと、あらためて、今日からよろしく! おやすみ、カノン!」


「おやすみなさいです……。おにいちゃん……」


「ああ。おやすみ。ふたりとも」


 ――笑顔で告げるふたりにそう返しながらも、俺はいつかの光景を幻視していた。


(あらあら。まだまだミニカはあまえんぼうね……。うふふ、カノンもくる?)


「母さん……」


 俺とミニカとアルケミの――家族同然のパートナーとの三人での新たな生活は、こうして始まったのだった。

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