第20話 彼女(アルケミ)の夢。※

「ガハハハ! お前らなら何かしでかしてくれるたあ思っちゃあいたが、まさかこんなに早く、それも史上最年少での竜退治とはなぁ! よくやった! いやはや、とんでもねえことやらかしてくれたぜ!」


「えへへ……! ありがとうございます! レオルドさん!」

 

「あ、ありがとう……! レオルドさん……!」


 冒険者ギルドの中。ふたたび俺とアルケミが通されたギルドマスター執務室内の応接スペース。


 紅茶と茶菓子が置かれたテーブルをはさんで俺たちの向かいに座る獅子のたてがみを思わせる金髪の強面、ギルドマスターのレオルドが豪快に笑う。


 正直、うれしいような、こそばゆいような妙な気持ちだった。ゼロの俺には、こうして手放しで褒められた経験がほとんどないから。……母さんも早くに亡くしてるし。


「しかもこのギルド現最強冒険者のあのレヴァのやつを助けた上でだっていうからなぁ……。あいつが竜退治に失敗したってのも意外だったが……俺からも礼を言わせてもらう。助かったぜ!」


「あれ? レオルドさんとレヴァさんってお知り合いなんですか? あ、ギルドマスターだから?」


「ああ。それだけじゃなくて、あいつがまだ駆けだしのころからよーく知ってる。昔からあいつは『いつか私は竜を倒す』っていつも目をきらきらさせてたぜ。まあ最近はちょっとまわりを見る余裕をなくしてたみたいだが、何かあったのか昨日は久しぶりにいい表情かおしてた……っと、レヴァのやつの話はこれくらいにして、そろそろ竜の素材の商談に入らせてもらおうか」




 ごくり。


 ――知らず、生唾を飲みこんだ。目の前のテーブルにうず高く積まれた山。俺たちが吹き飛ばした残った竜の上半身、そのほとんどの素材を売って手にした金貨ニ百枚という目のくらむような大金を目の前にして。


 ――う、うそだろ? こ、これだけあれば、母さんが遺した家も修繕リフォームできるし、俺とミニカとアルケミ、贅沢しなけりゃ、いや多少贅沢しても十分に暮らしていけ――


「うん……! これだけあれば、なんとかなるかも……!」


 ――そんな、まるで人生の”あがり”みたいな気分でいた俺の横で、アルケミがポン、と手をたたいた。きらきらとした、やる気に満ちあふれた瞳で。


「ガハハハ! なんだぁ、アルケミの嬢ちゃん? 竜退治なんかじゃあ、ぜんぜん満足してねえようなツラしやがって。いったい今度は何をしでかす気だぁ? 試しに言ってみてくれよ。もしかしたら、力になれるかもしれねえ」


「はい! レオルドさん。このお金であたし、買いたいものがあるんです!」


「か、買いたい……?」


「ものだぁ……?」


 バッと勢いよく、アルケミがソファから立ち上がる。


「はい! あたし、研究所が欲しいんです! この〈魔砲〉をもっとすごくして……! あたしとカノンがこの王国で一番になるために!」


「「はあぁぁぁぁっっ!?」」


 とんでもない”夢”をきらきらとした目で熱く語るアルケミに、驚きのあまりにその場で立ち上がった俺とレオルドの叫びがギルド中にこだました。



◇◇◇



 ――魔道具による空調の行き届いた研究室。カチャカチャと手を休まず動かしながら、錬金魔導技師のコートに身を包んだ複数の男たちがひそひそと話し声を立てる。


「な、なあ……! 聞いたか? あのうわさ……。冒険者ギルドの巨大訓練場の壁に魔道具で大穴を開けたって、若い男と女ふたり組の……!」


「あ、ああ……! しかも女のほうは、追放処置済みのあかしのついた錬金魔道技師のコートを身に着けてるっていう……!」


「あああ……! まだ王都にいたと思ったら、いったい何をやってるんだ……! アルケミのやつ……! こ、こんなこと、モストル博士に知られたら……!」


「アぁルぅケミぃ……?」


「ひっ!? も、モストル博士っ!?」


 ――いつものように、いないはずだった。研究のほとんどを弟子まかせにし、自身はほとんど寄りつかない名ばかりの師。


「あの小娘ぇ……! まだ王都にいたのかぁ……! しかも、あの欠陥〈魔砲〉を使える人材を見つけだしただと……? いまいましいぃ……!」


「あ、あが……!? い、痛い……! 痛いで……す……! 博士ぇ……!」


 幽鬼のようにゆらりといつのまにか室内にあらわれた研究所の長が、うしろから怯える弟子の頭をギリギリとわしづかむ。


「フン……! させん……! させんぞぉ……! 冒険者としてくだらん低俗な人生を歩むなら、百歩譲って目こぼしをしてやってもいいぃ……! だが、貴様の夢ぇ……! 錬金魔道技師としての道はぁ、徹底的にこの儂が閉ざしてやるうぅ……! アぁルケミぃ……! ペぇルぅエクスぅ……!」


「がふがっ!?」


 そのまま机に向けて弟子の顔面を思いきりたたきつけると、きびすを返してバタン! と入口の扉を乱暴に開け、ふたたび出ていった。


「あ、あ、アルケミ……! お、お前が悪いんだぞ……! お前がおとなしくモストル博士に潰されないから……!」


 ――あとに残されたのは、心から師の横暴に恐怖し、震えあがる憐れで無力、そして姑息な弟子たちだけだった。

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