第17話 目を見れば、わかるよ?
じゃり。
「……待たせたな。ティル」
暖かな午後の陽射しが降りそそぐ王都新市街区の中央広場、その真ん中に位置する大きな噴水。
その隅でじっとうつむき、猫の耳のようにつきでたフードを頭からすっぽりとかぶり、祈るようにその手を顔の前で組んでいたダボダボの上着に身をつつんでいた小動物のような
「れ、レヴァししょ……! 師匠……! ボク、ボク……! う、う……うわあぁぁぁっ……!」
そして人目はばからずにひっしとレヴァの体に飛びつくように抱きついた。その拍子にふぁさっとフードがめくれ、短めの紫の髪と緊張の糸が切れたようにくしゃくしゃになったそのあどけない顔があらわになる。
「すまない。心配をかけたな……」
「いいんです……! こうして、ボクのところにもどってくれれば、それだけで……! おかえりなさい……! 師匠……!」
「ああ。ただいま。ティル……」
レヴァは目を細め、震えるそんな弟子の背と髪をそっとやさしくなぜていた。
「ぐすっ……! よかったねぇ……! レヴァさん……!」
そして、俺はそんな感動の場面を少し離れた場所でじっと見守っているのだった。となりでうんうん、ともらい泣きしまくってるアルケミといっしょに。
「ふたりとも、今回は本当に世話になった。これから先、助力が必要なときはいつでも頼ってくれ。先ほど誓ったとおり、我らが剣は常に君たちとともにある」
「あの……! レヴァ師匠の弟子、ティル・フィーグです……! カノンさん、アルケミさん……! 師匠をたすけてくれて、本当にありがとうございました……! 身体強化レベルもまだ6が限界で、師匠に比べればぜんぜんですけど、ボクも精いっぱいがんばりますから……!」
そう言って、頬を赤らめはにかむように、両手を前でそろえてぎゅっと握りながら、レヴァの弟子ティルは上目づかいに俺を見上げた。
――うわ。アルケミとタイプはぜんぜん違うけど、この子もめちゃくちゃかわいいな。ダボダボの上着とスパッツ? っていうんだっけ、からすらりと伸びた脚がまぶしいし。
守ってあげたくなるっていうか、レヴァが大切に思ってるってのもよくわかる。……まあ、この子のほうが俺よりぜんぜん強いんだけど。
――ん? つーかレベル6って、ネイトリーのやつ負けてんじゃねーか。なにが若手ナンバーワン冒険者だよ。にしても。
「けど、それにしても意外だな?
「カノン……」
「カノン……。君は……」
内心でぜんぜん関係ないネイトリーのことなんか考えていたせいだろうか、つい不用意に口に出してしまったその一言に、となりのアルケミと正面のレヴァから、いっせいにじっとりと残念なものを見るような視線を向けられる。
そして、さらなる衝撃は、斜め前からやってきた。
「あの……ボク……男……です……」
紫の瞳を涙目にしてダボダボの上着のすそをぎゅうっと握りながら、どう見ても女の子なティルはそう答えた。ぷるぷると絞りだすように。
――え? え……? え………? え……………?
「ええええええっっ!?」
そして、たっぷり十秒くらいかけてその言葉の意味を理解した俺の絶叫があたりに響き渡った。
「あの……ごめんなさい……! 誤解させちゃって……」
「ううん、ティルくんは悪くないよ! カノンがにぶいだけなんだから! なんかすっかり鼻の下のばしちゃってたし……!」
「いや、うかつだったな。最近は修行ばかりで新しい知己を得ることが久しくなかったから、私も忘れていたよ。ティルがこういう誤解を受けることがあることを」
「っていうと、前にも何かあったんですか? レヴァさん」
「ああ。何度かな。というより、そもそもこの噴水前でガラの悪そうな男たちにからまれていたのを助けたのが私とティルの出会いなんだ」
「は、はい……! あのときの師匠は、ボクの救世主さまでした……! とってもとっても、カッコよかったです……! えへへ……!」
――いや、もうそのエピソードが完全に女の子だけどな!? 顔を赤らめてはしゃぐその仕草も完全に女の子だけどな!?
もう、そうツッコミを入れる気力もなくした俺は、三人のやりとりをただ力なく眺めていたのだった。
◇◇◇◇
「それにしても、よくわかったな? アルケミ。ティルのやつ、見た目といい仕草といい、完全に女の子みたいなのに」
レヴァとティルの師弟と別れた夕暮れの帰り道。ふと、となりを歩くアルケミに俺はそう尋ねてみる。
「あはは! 本当にカノンはにぶいなあ。あたしなんて、目を見たらすぐにわかったよ?」
「目? う、うーん? そういうもんか……?」
あんなに見ため完全に女の子なのに? やっぱり男の俺の目からはわからない何かがあるってことか? うーん?
「……わかるよ? だって、レヴァさんを見つめるティルくんの目がカノンを見つめるあたしとおんなじだったから」
――なんてがらにもなくもの思いにふけるこのときの俺は、すぐとなりを歩くその見上げる潤んだ瞳にも、小さなつぶやきにもまったく気づいていなかった。
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