第16話 大小の牙と、初めての錬成。

「えっと、それでお願いって、本当にそんな少しだけでいいんですか……? かわりにレヴァさんの収納魔道具ゆずってもらえるなんて、どう考えてもあたしたちのほうが得してるんですけど……」


「ふふ。気にすることはないよ。アルケミ。命をたすけてもらった対価としては安いくらいさ。それより、本当にありがとう。大小の牙二本を私に快くゆずってくれて」


 行きにアルケミが肩からかけていたカバンのとなりに、もうひとつ見るからに高価そうな、革のような金属のような不思議な材質に複雑な紋様が刻まれたカバンがかけられていた。


 収納魔道具――複雑に編まれた複合属性によってその内部に亜空間を形成した、その所有自体が一流の冒険者や商人のあかしともいえる逸品――いや、さっきレヴァから聞いた受け売りのまんまだけど。


「あとは、この牙を何人もの手を介して数十日がかりで魔力錬成して刃にすれば、いま以上に私は強くなれる。……もう二度とまちがえない。ひとりよがりじゃなく、今度はあの子といっしょに……」


 その小さなレヴァのつぶやきに、アルケミが耳ざとくピクピクーンと反応する。


「ね、ね! レヴァさん、レヴァさん! もしかして……その二本目の小っちゃい牙って、贈りものプレゼントだったりしますっ!?」


「あ、ああ……! そ、そう……だが……?」


 ――いや、近いって!? ずいずいと顔を近づけてつめよるアルケミに、やや引き気味でのけぞりながらレヴァが答える。


「もしかしてもしかしなくても、レヴァさんのすっごく大切な人だったりっ!?」


「あ、ああ……! そう……だ……!」


「っ〜〜! カノンっ!」


 耳まで真っ赤にして、だがそう言いきったレヴァに、ぷるぷると震えながら感極まったような表情で、アルケミがくるりと俺に振り返った。



「お、おい……!? 君たち、何を……!? いくらなんでも無茶だ……! 何人もの手で最低数十日はかかる魔力錬成だぞ……!? 下手すれば、魔力枯渇を起こして……!?」


「レ〜ヴァさん! 大丈夫ですよ! あたしのカノンを信じてください!」


 転がる岩のひとつに座るレヴァがあわてて腰を浮かしかけたのを、うしろからその両肩に手をおいたアルケミがやんわりととどめる。


 その失敗するなんて露ほどにも思っていない赤みがかった茶色の瞳は、まっすぐに俺に向けられていた。


 ――まったく。やるのは俺だってのに、気軽に言ってくれるもんだ。まあ、その信頼に応えてこそのパートナーってもんかもな……!


「うおおおおおおっ!」


 〈魔砲〉に魔力を流すときと同じだ。違うのは、意識してそれを行うこと。左右それぞれに握った大小の牙に、俺はありったけの魔力を流しつづける。


「おおおおおおっ!」


「なっ……!? 膨大な魔力で見る見る牙が磨かれて、どんどん透き通るように……!? まさか、本当に……!? いや、これはっ……!?」


 握る手の中の感触がだんだんとつるりとしたものに変わってきた。けど、まだだ……!


「おおおおおああああっ!」


 そう直感した俺は、さらに両の手から魔力を流しつづける。そして、唐突に。


「おあっ!?」


 ピキピキピキピキ、パキィィィンッ……!


 手の中の両の牙にひびが入り――中から、淡く七色の輝きを放つ、ひとまわり小さな、とても綺麗な”牙”があらわれる。


「真竜……牙……?」


 ハラハラとアルケミがうしろで見守る中、ふらふらと、現実感のないような足どりで俺のもとにたどりついたレヴァに、その七色の輝きを放つ大小の”牙”を預けると。


「っ……!」


 固く、その二本の”牙”を胸に抱いて、立っていられないように、その場にくずれ落ちた。


「お、おい!?」


「れ、レヴァさんっ!?」


「はは……! 今日は、なんて日だ……! 人生すべてを懸けて挑んだ竜退治に失敗したこの日に……!」


つう、とその青く細めた瞳から涙が流れる。


「一生お目にかかることはないと思っていた……! 最高効率の魔力錬成をしたときのみにしか成しえない、物語の中の英雄たちの手にした刃が……! 神代かみよの武器が、この手に入るなんて……! それも、あの子の分もいっしょに……!」


 固く目を閉じ、滂沱ぼうだの涙を流していたレヴァは、やがて立ち上がると宣言した。


「カノン……! アルケミ……! 私、レヴァ・グラムは、いま、ここに誓おう……! ふたりにかけてもらったこの大恩……! 我が弟子とともに生涯をかけて返し抜くと……! 我らが剣を捧げ、常に君たちとともにあると……!」


 差しこむ陽の光に向けて、高々と七色に輝く二本の”牙”を掲げながら、頬を紅潮させ、誇らしげに誓いを立てるレヴァ。


「うんうん……! よかったぁ……! レヴァさんにそんなに喜んでもらえて、あたし、うれしいよぉ……!」


「えっと、これ、うまくいったってことでいいんだよな……?」


 ――この少しあとに知った、単身で竜退治に最も近い英雄。現王都最強冒険者レヴァ・グラムとその愛弟子が剣を捧げるという意味。


 拍手をしながら、だーっともらい泣きをするアルケミも、事態についていけないまま竜の牙を壊したわけじゃないとほっとする俺も、その重さと価値に、当然気づいてはいなかった。


 ――このときは、まだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る