第13話 挑むには死を以て、その生のすべてを懸けて。※

 ――レヴァ・グラム。それが私の、人生を竜退治に懸けた、女の名だ。



『グルゥオオオアアァァッ……!』


 荒れ山の中腹の洞穴の中。ぽっかりと空いた天井から、陽の光が降りそそぐ。


 女としての人生をほとんどすべて捨てた私。けれどそれだけはゆずらなかった、女手ひとつで育ててくれた敬愛する母と同じ、長く伸ばした艶やかな銀の糸のような髪をそよ風が撫ぜる。


「身体強化レベル8――【疾風はやて】。さあ、行くぞ……竜よ!」


 その指の一本で私の大きさと同等以上。こうして相対するだけで前垂れの下のピッタリと体にフィットした装束ごしに、ひしひしと感じるその圧力。


 タッ!


 適性を持つ五属性のうち、とりわけ風の魔力を色濃く全身にまとわせると、その比べるのも馬鹿らしくなる巨躯に向けて、私は文字どおり疾風のごとく駆けた。


 手には、代替わりをしつづけてきた半生をともに駆け抜けてきた相棒――いまはミスリル製となった、数えきれない細かな傷が刻まれた大剣を提げて。


「はあああああっ!」


『グルウオオオアアアアッ!』


 ――挑むには死を以て。


 もはや顔すらもおぼろげだが、冒険者だったという死んだ父の血もあったのかもしれない。


 幼いころからの、憧れだった。寝物語に母にせがんだのは、きらびやかな姫と王子の話ではなく、いつも決まって竜退治の勇者たちの物語。ワクワクして眠れなくなったまま、目を閉じて思う……いつか、私も。



『グルウオアッ! アッ、アッ、アアッ!』


「くっ!? 身体強化レベル8――【流水】!」


 くらえば一撃で必死であろう猛攻。体中に細かな傷を刻まれ、怒りのままに暴れ狂う竜の爪と牙と尻尾を、水の魔力を色濃くまとわせた、とらえどころのないしなやかな動きでなんとかかわす。



 ――だから私は、当然のように冒険者になった。その身を鍛え、技を鍛え、刃を、魔力を鍛え、理解し、ただただ己を研ぎ澄ましつづける。……竜退治の勇者のように。


(ごめん。レヴァ。もう、ついていけない)


 いくつもの出会いと、別れがあった。同じ時期に冒険者になった、年もほど近い親友だった少女が引退するその最後に会ったときに向けてきたのは、どこか憐れみと畏怖をたたえた瞳。



『グルウガアアァァッ!』


「くっ!? かわせな……!? 身体強化レベル8――【金剛】!」


 指の一本を断ち切ったあとのわずかな隙。一瞬だけ緩んでしまった私を寸分たがわずその尾が打ちすえる。


「が……はっ……!」


 土の魔力を色濃くまとい、刃を盾に最大限にその身を強化した私は、壁にたたきつけられ血を吐きながらも、なんとかその五体を保つことができた。


(ひさしぶり。レヴァ。……白状するけどさ。俺、あのころ、お前のこと好きだったんだぜ?)


 世間一般の適齢期を過ぎた少しあと。かつてともに数々の冒険を繰り広げた、久方ぶりに酒場で会ったその男は、そう照れくさそうに笑って、ロケットの中に入れた妻と子の肖像画を見せてくれた。


 ――そして、いま。


(あの、いっしょに……いえ、がんばってください……! レヴァ師匠……! ボク、ずっと祈って待っていますから……!)


 すがるような、何かを必死に押し殺したような瞳。こんな私を慕い、師事してくれた弟子をおいて、それでも私はいまここに立っている。


「身体強化レベル8――【疾風】、【烈火】! はあああああっ!」


『グルウオオオアアアアッ!?』


 それはまさしく、いままでの私の人生すべてを懸けた一撃。風の魔力をまとい疾風のごとく肉薄し、跳び斬り上げた刃に、さらに烈しい火の魔力を上乗せする。


 パキィ、ィィンッ……!


 ――ひどく、乾いた音だった。その硬い竜鱗を削ぎ、その首の半ばまで食いこみかけた相棒が、だが私のすべてを懸けた一撃に耐えきれず、無惨に砕け散る。


『グルグガアアァァッ!』


 



「身体……強……化……レベル……8……回……生……!」


 ――何秒だろうか。完全に飛んでいた意識。もう動くこともできないほどにズキズキと痛む体。それでも、あきらめることだけはしたくないと、私は残されたわずかな魔力を燃やしつくす。


 身体強化レベル8――【回生】。私が適性を持つ五属性最後のひとつ、癒し。


『グルゥオオオアアァァッ……!』


 時間をかければ、なんとか人並みに動ける……逃げられるくらいには回復するそれを、だが竜が待ってくれるはずもなかった。


『ガアアッ! グルオアアッ!』


 いまのいままで死んだと思っていた鬱陶しい羽虫、私をひねり潰そうと獣の本性をあらわし、奇声を上げて地響きとともに向かってくる。


(うん。なかなか美味いじゃないか、これ)


(わあ……! ありがとうございます……! レヴァ師匠……! ボク、昔から料理が好きで……! えへへ……!)


「……死に、たく」


『グ!? ググルウオオアアガガガガァァッ!?』


 ――そのとき。涙でにじむ視界の中、轟音とともに横合いから激しい光が放たれた。直後、私の目の前で竜の下半身が丸ごと消失する。


『グガグゴググルッ!? グガアアァァッ!?』


 衝撃で吹き飛ばされ、何が起こったのかもわからず、びちびちと残った胸から上の体を奇声を上げてのたうちまわらせる竜。


「はあっ……! はあっ……! はあっ……!」


「よ、よかったぁ……! まにあったぁ……!」


 呆然と私が洞穴の入口に目を向ければ、荒く息を上げ、光る何かの筒先を向ける少年と、すぐそばに寄り添う少女が、安堵したようにこっちをじっと見つめているところだった。

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