第11話 新人喰いの末路(これから)。

『グオオォォォ……!』


「さ、サイクロプス……!? う、うそだろ、おい!? こんなの、新人冒険者が相手できる魔物じゃ……!?」


「うーん? 何かの事故かも? でも、関係ないよ! あたしの〈魔砲〉をカノンが使えば、どんな魔物だって一発なんだから!」


「あ、アルケミ……!」


「さあ、カノン! これがあたしたちの戦いの始まりだよ! まずは、あいつへ向けて、一発……!」


 ――体の震えが、止まった。


『グオオォォォァ!』


 七色に激しく光るその筒先を、召喚魔法陣からまっすぐにこっちへと突っこんでくるサイクロプスへ向け、すぅ……と一呼吸。


「ぶっぱなしちゃって!」


「うおああああぁぁっ!」


 カチリ。


 気合いの雄叫びとともに、俺は〈魔砲〉の引き金を引いた。あたりを揺るがす轟音とともに真っ正面へと放たれたのは、七色の膨大な魔力の奔流。


 それがおさまったあとに俺が見たのは――


「う、うわ、あ、あ……!?」


「あ、あわわ……!? ど、どど、どうしよぅ……!?」


 ――足先だけを残してきれいに吹き飛ばされたサイクロプスと、その向こうに広がる、くっきりと青空が見えるきれいに丸く巨大訓練場の壁にくり抜かれた――たったいま俺が開けたばかりの大穴だった。


「お、おい!? アルケミ!? どういうことだよ!? 『もーカノンったら、説明聞いてなかったの? この巨大訓練場は物理ダメージを魔力ダメージに変換するから、おもいっきり〈魔砲〉をぶっぱなしても安心だよ!』って聞いたから、俺はあんたを信じてっ!」


「あ、あたしだって知らないもん! ネイトリーさんが確かにそう言ってたんだもん!」


「は、はは、は………!」


 そのとき、あわてふためく俺たちの耳に、乾いたような力のない笑い声と、どしゃっと地面にひざをつく音が聞こえてきた。


「あ、ありえない……! この巨大訓練場にこんな大穴を開けるなんて……!? それこそ、噂に聞く宮廷魔術師数人がかりで放つ大魔術クラスじゃないと……! ハッ? そうか……! これは夢だ……! ハ、ハハ……! なら、早く醒めないと……! ヌフ、ヌフフフフ……!」


「お、おい! ネイトリー! 不気味に笑ってないで答えてくれ! なんであんたが言ってた結界が機能してないんだ!?」


「ね、ネイトリーさん! これは何かの事故ですよね!? あたしたち、まさか弁償なんてさせられませんよね!?」


「ヌ、ヌフフ……! 夢、夢ぇ……! 早く醒めろぉ……!」


 おろおろと俺とアルケミのふたりして左右からそれぞれ必死に肩を揺さぶるも、ネイトリーに反応はなく、虚ろな目で不気味な笑い声を上げながら、口の端からよだれを垂れ流すばかり。


「くそっ! こうなったら……!」


「と、どど、どういうことだぁっ!? これはぁっ!?」


 焦れた俺がネイトリーに向かって平手を振り上げるのと同時、入口のあたりから野太い男の大音声だいおんじょうが聞こえてきた。


 見れば、獅子のたてがみを思わせる雄々しい金髪に、思わず目を逸らしたくなるほどの強面こわもての男がそこにいた。


 冒険者ではなさそうな立派な服に身をつつんではいるものの、その腕や足は丸太のように太く、全身の筋肉の隆起が半端なくて、どう見てもただものじゃない。


「どぉういうことだとぉ、聞いておるんだぁっ!」


「い、いや! 違う! 俺たちは!?」


「あ、あたしたちも、何がなんだかっ!?」


「さっさと答えんかぁぁっ! ネイトリィィィッ!」


 ズカズカと訓練場に踏み込んできたその獅子の鬣を思わせる強面の男は、あわてふためく俺たちを素通りすると、呆けたままだったネイトリーの脳天にその岩のようなこぶしをたたきつけた。


「あ、が……!? う、ううひぃああぁぁぁっ!? ぎ、ぎぎ、ギルマスぅっ!?」


「「ぎ、ギルドマスターっ!?」」


 まるでとんでもない魔物に遭遇でもしたかのようなネイトリーのこの世の終わりを思わせるような悲鳴。そして、きれいに重なった俺とアルケミの驚きの叫びが大穴の開いた訓練場に空高く響き渡った。



◇◇◇◇



「本っ当に申し訳ないっ! あのネイトリーの馬鹿が! 安全結界の一つを解除したばかりかっ! あまつさえ、新人冒険者にサイクロプスをけしかけるなんてっ!」


 通された、質の高そうな調度品が並ぶ執務室の応接スペース。


 ふかふかの革張りのソファに座る俺とアルケミに向けて、獅子の鬣を思わせる強面、窮屈そうに一人がけの豪奢な椅子に座るギルドマスターがテーブルにこすりつける勢いで、深々と頭を下げる。


「そんな……! 顔を上げてください! ギルドマスターさん! あたしたち、ぜんぜん無事だったし、訓練場に大穴を開けた件を不問にしてくれるだけで十分なんですから……!」


「いやっ! そういうわけにはいかんっ! きっちりと埋め合わせはさせてもらうっ! ……ネイトリーの馬鹿の件も含めてな」


 ギルドマスターはガバっと強面を上げると、俺たちに事情を説明し始めた。


 まず、今回の件は重大な犯罪で、かつギルドへの重大な裏切り行為。しかも余罪多数ときて、まったく減刑の余地はない。が、犯人であるネイトリーから冒険者資格を剥奪するつもりはないこと。


「そうしないと、訓練場の壁の修理の金が、全額ギルドからの持ちだしになっちまうからなぁ。ネイトリーの大馬鹿が五体満足でいられるうちに、きっちり絞りとってやらねえと」


 凶悪な笑みを浮かべながら、パシッ! とギルドマスターが岩のようなこぶしをもう片方の手で受けとめる。


「けど、大丈夫なのか? ネイトリーのやつ、隠れてまた悪さしたり、逃げだしたりするんじゃ?」


「ガハハ! そこは安心してくれ! これからネイトリーのクソ馬鹿が担当するのは、実入りはいいが、死ぬほどきっつい案件ばかり! 加えて、あの馬鹿が死ぬほど苦手にしているネイサンのやつと強制的にネイネイコンビを組ませてやったからな! そんな気力、とうてい残らんだろうさ!」


「し、死ぬほど苦手にしてる……? ね、ネイネイコンビ……? ネイサン……?」


「ああ、お前さんたちは新人だから知らないか? かなーり目立つやつなんだが……。そうだなぁ。俺ほどじゃあないが筋骨隆々で、角刈りで、おまけになぜか女言葉の」


「ぶっ……!?」


「お、おい? どうした!?」


「な、なんでもない……! そ、それなら安心だ、ってお、思っただけだ……!」


(うふふ〜ん! 逃がさないわよぉん? ネイトリーちゃあん?)


(や、やめっ!? ネイサ……! ひ、ひ、うひぃぃぃあぁっ!?)


 そんな幻聴さえ聞こえてくるほどにぶるぶると体を震わせながら、俺はそのとき、ネイトリーの末路これからにほんの、ほんの少しだけ、同情したのだった。

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