第10話 ネイトリー劇場。※

「ハハハハハハ! いやぁ! さっすがボク! 実力だけじゃなくて運もいい! 割に合わない面倒そうな依頼しかなくて、たまたま冒険者ギルド内でウダウダと時間を潰していれば、とんでもない上玉に巡り会えたものだ!」


 冒険者ギルド内の巨大訓練場、その安全性を担保する大規模な魔道機構の制御室。ギルド職員から借り受けた鍵で扉を開けると、内心の興奮を隠そうともせず、ネイトリー・カァスはそう叫んだ。


「ヌフフフフ……! その前にあの眼鏡の新人受付嬢に袖にされかけたのは気に入らないが、まあいまはどうでもいい……! 今回もいつものネイトリー劇場であのふたりをきっちりとカタにハメて……! じゅるる……! そうすれば、アルケミくんのあの極上で豊満な肢体が明日、いや今夜にもこのボクの腕の中に……!」


 人前では見せない、さわやかさとはほど遠い下卑た笑み。歪んだ欲望から漏れ出た口の端のよだれを手の甲でぬぐうと、ネイトリーはいそいそといくつかの魔道端末を起動し、準備を始めた。


 若手ナンバーワン、エース冒険者。確かにそれに見合う高い実力は持っているものの、そのいずれも自称に過ぎず。だが、自他ともに認める異名がネイトリーにはある。


 それが新人喰い。そう。ネイトリー・カァスは、何人もの未来ある新人冒険者のいたいけな少女たちをあの手この手でその入口で摘んできた、最低の下衆男だった。


 特に最も得意とするのが、新人男女ペア相手の、自身がネイトリー劇場と呼ぶそのやり口。


「さぁて! まずは、舞台のお膳立て! 訓練場内の物理ダメージを魔力ダメージに変換する……第二安全結界、解除ぉっ!」


 タタタタンッ! と無意味に強くたたかれた打鍵によって、訓練場全体に施された結界がブゥンと音を立てて消失する。


「ま、演出とはいえ、さすがにバースタくんが死んでしまったら逆効果だからね。かろうじてだが死なずにすむ第一安全結界は解かないであげよう。あとは、そうだなぁ?」


 ギシッと制御室の椅子にふんぞり返りながら、頭のうしろで手を組み、何やら思案し始めるネイトリー。


「あまりくわしくは聞けなかったが、確かあのふたり戦闘用の魔道具を使うということだったかな? ヌフフフフ……! なら、やはり念には念を入れて、今回の対戦相手は……こいつだ!」


 タタタターンッ! とまたも無意味に強くたたかれた打鍵によって、訓練場内に設置された召喚陣に転送される魔物が決定する。


 獰猛なひとつ目の巨人、サイクロプス。


 新人冒険者には手も足も出るはずがない、ベテラン冒険者でもパーティーを組まねばあやうい屈強な魔物。


 時間指定タイマーを設定し、ひととおりの準備を終えたネイトリーは制御室を出ると、今度は興奮のあまりに自らの計略をぶつぶつと吐露しながら、足早に訓練場を目指す。


「ヌフフフフ! これで完璧! まずネイトリー劇場の第一幕は、屈強なサイクロプスになすすべもなくやられるバースタくん! 『あ、安全なはずなのに、なんで……!?』とわけもわからず混乱し、アルケミくんが怯えすくむ! そこに迫るサイクロプス! 『きゃあ!? たすけて!』と叫ぶアルケミくん! そして第二幕! その絶対絶命の窮地に、身体強化をしたこのボクが颯爽と登場し、一刀のもとにあっさりとサイクロプスを斬り伏せる! じゅる……!」


 邪な妄想が高まりすぎたのか、また口の端から漏れたよだれをネイトリーが手の甲でぬぐった。


「そして、第三幕! 恐怖に震えるアルケミくんを『大丈夫かい? ゴメンよ……! 起きてはならない事故が起きたみたいだ……!』『は、はい……! ネイトリーさんのおかげで……!』と優しく抱きとめ! さらには、何の役にも立たなかったバースタくんさえ手持ちの回復薬で治してあげる慈悲深いボク! ま、これはバレないように口止めと証拠隠滅のためだけどね! ヌフフフフ! これでいままで落とせなかった新人の女の子はいないよぉ?」


 身体強化レベル5。ブン、と赤と青と緑の魔力が全身をとりまき、廊下を歩くネイトリーは、さらに足早に加速する。


 バンッ!


「大丈夫かい! たすけに来たよ! アルケミく、っ!?」


 そして、意気揚々と訓練場の扉を開けたと同時、あたりを揺るがすような轟音とともに、それは起こった。


 視界を灼く七色の激しい光。それがおさまったあとにネイトリーの目に映ったのは。


「う、うわ、あ、あ……!?」


「あ、あわわ……!? ど、どど、どうしよぅ……!?」


 寄り添い立ちすくみあわてふためく、無傷のカノンとアルケミと。


「は………………?」


 その足先だけを残して、きれいに消し飛ばされたサイクロプス。


 そして、その向こうにくっきりと青空が見える、訓練場の壁に丸くくり抜かれた――どうあっても隠蔽しようのない大穴だった。

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