第9話 嫉妬と、気合いと。
……あー、マジでおもしろくない。
和気あいあいと話すふたりを横目に見ながら、コップの中の水を俺はおもいきりあおる。
「わ! じゃあネイトリーさんって、火と水と風の適合属性三つに、身体強化レベル5まで使えるんですか!? あたし、そんな人初めて会いました! 冒険者さんって、やっぱりすごいんですね!」
「ハハハ! ま、仮にも若手ナンバーワンのエース冒険者を名乗るには、これくらいはね! ……おっと! 名残り惜しいが、そろそろキミたちの試験の準備に行ってくるよ。なぁに、心配することはない。さっきボクが説明してあげたとおり、建物全体に施された大規模な魔道機構で安全性は十分に担保されているからね」
冒険者ギルド内の歓談スペースのテーブル。俺たちの対面に座るネイトリーがようやく席を立った。
「では、健闘を祈るよ。アルケミくん。ま、バースタくんも、せいぜい彼女の前でカッコいいところを見せてあげてくれたまえ」
「か、彼女なんて……! あたしたち、まだそんな……」
「おや、違ったかな? まあ、万が一の時には、このネイトリー・カァスがキミたちのもとに駆けつけよう! 大船に乗った気分で試験に挑むといい! ではね! ハハハハハハ!」
頬を赤らめるアルケミの肩に馴れ馴れしく手をおいてから、ようやくネイトリーは去っていった。
……やっと行ったか。冒険者登録に、これから行われる俺たちの実力を測る魔物を使う試験の監督官。一応世話になったとはいえ、はっきり言って気に入らない。
アルケミは名前で、男の俺は名字呼びで露骨なその態度。常に薄く笑み細めたその目、けどアルケミの人並みはずれて大きな胸に向けられてるのが丸わかりのそのねちっこい視線。
そして、何より一番気に入らないのが――
「あー、おもしろかったぁ! ためになるお話、いっぱい聞けてよかったね! カノン!」
「……ずいぶんと楽しそうだったな。アルケミ」
「もっちろん! だって、現役若手ナンバーワンの冒険者だよ? いっぱいお話聞いて、これからの研究に役立てないと!」
「は? 研究?」
「うん! そうだよ? 身体強化レベル5が使える人の体感が聞けるなんて、すっごく貴重な経験だし! いろんな魔物との実戦のお話も、これからのあたしとカノンにはすっごく大事だからね!」
――どっちかっていうと、いかに自分が強くてすごいかっていう自慢話と武勇伝って感じだったけどな?
「……く、ふふ、あははは!」
「どうしたの? カノン。何かおかしい?」
「いや、あんたはそういうやつだよな、って思ってさ。よし! じゃあ、そろそろ行くか! アルケミ! 俺たちと、この〈魔砲〉の力を証明しに!」
「あ、うん!」
ガタッと席を立つと、俺は試験会場、冒険者ギルド内の巨大訓練場へと向かってすたすたと歩き出した。アルケミは少し遅れてついてくる。
――俺の柄にもなく、ネイトリーのやつに嫉妬しちまってたみたいだ。けど、ま、そうだよな。
ズボンのポケットに突っ込んだ〈魔砲〉にそっと触れると、冷んやりとした金属の質感が伝わってきた。
――よし。やるぞ……! どんな魔物でも、アルケミがつくったこの〈魔砲〉でパートナーの俺が吹っ飛ばしてやる……!
そして、俺たちは向かった。このときはまだ知らない、思いもよらないあの事件が待ち受ける試験会場へと。
そして――
「ちょっとぐらい妬いてくれても、いいんだけどなぁ……」
――ぽそりとそうつぶやくうしろのアルケミの声も、気合いを入れ直して集中するこのときの俺の耳には、とどいていなかった。
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